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Teenage Walk  作者: hiro2001
8/19

Section 2 -Part.1-

「『テイク・オン・ミー』ついに一位になったね」

 それは十月も半ばを過ぎた、涼しいというよりはむしろ寒い日だった。秋は街角の至る所にその影を落とし、いつものように静まり返った店内にも密かに忍び込んでいるような気がした。午後も八時を過ぎ、「マイアミ・バイスのテーマ」を聴きながら武史と下らない話をしている時に千雪は現れた。そして彼女は、新譜のコーナーには向かわずにカウンターの前に立って嬉しそうに言ったのだ。僕らは以前から非公式にアーハを応援していて、「テイク・オン・ミー」がビルボードチャートをランクアップするたびに、その喜びを自分たちのことのように共有した。最初の頃はぎこちなかった二人の関係もそれに比例して親密さを増し、千雪の顔には以前とは比較にならないほどの感情の起伏が現れるようになっていた。

「ああ、ちょっとやきもきしたけどな」

「お二人さん、相変わらず仲がいいな。本当に羨ましいぜ」

 最近では決まり文句になっていた、武史の温かい冷やかしのとおり、僕らは自他ともに認めるほど仲良くなっていたが、少なくとも僕にとって、千雪の存在は価値観の合う友達の範囲を逸脱していなかった。叶わないことながら、僕は未だに未央に想いが残っていたし、それと千雪に対するものとは、気持ちの次元が明らかに違っていたからだ。その意味で僕は、女としての千雪を見ていなかったのかもしれなかった。

 程なく、相変わらずの恩着せがましい武史の計らいで店を上がった僕は、ひと足早く駅前の喫茶店で待つ千雪のもとへ向かった。千雪とは週に一、二度会っていたが、秋の深まりとともに寒さを増した河原とは既に別れを告げていた。店の入口から中を覗くと、すぐ傍の席に彼女は座っていた。テーブルには飲み残しのコーヒーカップが横たわり、千雪は正面に座った僕のために店員を呼んでコーヒーを頼んでくれた。

「ねえ、『テイク・オン・ミー』って、一体どういう内容の曲だと思う?」

 いきなりの千雪の質問は、僕の解答能力をかなり超えたものだった。洋楽を好んで聴いてはいたが英語が苦手だったこともあり、曲ばかりで歌詞のことなど考えてもいなかったからだ。

「さあ、わからないな」

「私にもよくわからないんだけど」

「何だ、それじゃ同じじゃないか」

「聴いていると思い出すの。アーハのボーカル、何となく私の弟に似てるの」

「へえ、弟がいたんだ」

「もう死んじゃったけど」

 運ばれてきたコーヒーに、でも僕は口をつけることができなかった。一ヶ月前に未央から放たれたその重い言葉が、時空を越えて再び目の前に提示されていた。

「死んだって、どうして?」

「学校でいじめに遭ったの。中学二年生だったんだけど」

 千雪は淡々と話していた。その内容も一ヶ月前と同じだった。僕はもはや何も言えなかった。ポール・ヤングの「エブリタイム・ユー・ゴー・アウェイ」だけが、店内に響く音の全てだった。

「私、尚くんと死んだ弟を重ねて見ているのかもしれない」

「俺とも似ていたの?」

「どうかな? 雰囲気や仕草なんかは似ているかも。今思えば、だから尚くんには心を許せたのかもしれない」

 一人っ子の僕にとって兄弟の存在がどういうものか、そして弟として見られている現実が何を意味するのかはよくわからなかった。男として見られていないことは明らかだったが、その先にある千雪の微妙な想いは不透明だった。でも僕はそれでよかった。今の気持ちが居心地のいいものならば、それ以上何の問題もないはずだったからだ。


「おい、何ぼおっとしてるんだよ」

 最近考え込んでばかりいる僕に、武史はいつも同じ言葉を放って笑った。十一月に入ったばかりのその祝日は、過去の晴天率がナンバーワンであるにもかかわらず、その期待を見事に裏切った雨模様だった。昼間のうちはそれなりだった客足も夜にはめっきりと遠のき、僕らは来週にもチャートのナンバーワンになるに違いないスターシップの「ウィ・ビルト・ディス・シティ」をかけながらあてのないひと時を過ごしていた。

「この頃の尚希、ちょっと変だぞ。何かあったのか?」

「人が人を好きになるって、どういうことなんだろう?」

「えっ?」

「だから、男が女を好きになるって、どういう意味なんだろう?」

 僕の哲学的な質問が余程意外だったらしく、武史は目を大きく見開いたままこちらを見ていたが、やがて得心したらしくいつもの人懐こい表情に戻って答えた。

「そんなの簡単だぜ。その子を見て、ああ、あの子いいな、付き合いたいな、やりたいなって、そういう気持ちが起きた時が好きになったっていうことだろ」

「そうじゃなくてさ、もっとこう理性的に説明できないかな?」

「理性も何もどうでもいいことだろ。お前は少し考えすぎるんだ。理屈じゃないんだよ。もっとこう直感的なもの……ピピッとくるインスピレーションだよ」

「まあ、そうかもしれないけど」

「尚希は千雪ちゃんに対して感じないのか?」

「そういう武史はどうなんだよ?」

「俺は……もちろん感じたさ。だから未央と付き合ってるんだ」

 武史は頭の中で未央とのことを確認しているようだったが、少なくとも僕は千雪に対して感じたことはなかった。僕が感じたのはむしろ、同じ考え方を持つ同胞意識に近いものだった。

「たまたま女だったに過ぎないのかもな」

「えっ?」

「千雪のことだよ。一緒にいると落ち着くし、何でも話せてわかり合えるけど、やっぱり友達に過ぎないんだろうな」

 武史は僕の語った内容を真剣に考えているようだった。でも、根本的な部分で二人の見解に差があるのは明らかで、最終的に武史は理解を放棄した。もっとも最初から、僕もわかってほしいとは思っていなかった。

「まあ、そんなに深く考えるな。そうだ、今度四人でどこかに遊びに行くか? もちろん、基本的に別行動っていうことでさ。二人で一日を過ごしてみれば、いろいろとわかってくることもあるんじゃないか?」

 武史の誘いは望むところだった。僕もある一日を千雪と二人で共有してみたかった。いつもの会話以外の何気ない仕草や行動を見てみたかった。僕がまだ知らない彼女を感じたかった。そうすることで、自ら迷い込んだ混迷の森を抜け出せるような気がしたからだ。

 でも結局のところ、僕ら四人が遊びに行くことはなかった。僕と千雪のほうは全く大丈夫だったのだが、武史と未央のほうにかなりの問題があるようだった。武史からその話が出たのはそれきりで、シフトの関係から三人でバイトをすることはなかったものの、一緒に仕事をした時のそれぞれの陰鬱な表情や態度から、二人の間に何かあったことは容易に想像がついた。僕は、自分の気持ちのためにも状況を把握したかったが、直接訊くことがどうにも躊躇われた。ただ一度、抽象的ではあったが未央の口から語られたあの時以外には。

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