Section 1 -Part.6-
翌日は朝から雨が降り続いていた。僕は原宿以来、初めて未央と二人でバイトのシフトに入っていて、窓の外を行き交う傘の群れをぼんやりと眺めていた。午後七時を過ぎた店内に相変わらず客の姿はなかった。
「雨が降ると何か憂鬱よね」
「そうだな」
それは二時間が経って二人が初めて交わした会話だった。カウンターの前で並ぶ僕らの間には透明な壁が横たわっていて、お互いの心のやり取りを明らかに阻害していた。僕らは再び黙り込み、居たたまれなくなった僕は未央から離れると、整理する必要のない陳列棚をむやみにいじった。店内には、ホイットニー・ヒューストンのアルバムからのセカンドシングルで、チャート急上昇中の「セイビング・オール・マイ・ラブ・フォー・ユー」がかかり、僕はその切ない歌声と自分の気持ちを重ねながら無意味な作業を続けた。
「ねえ、ジュースでも飲まない?」
歌が終わったところで未央に声をかけられた僕は、それを拒む理由もなくゆっくりと頷いた。未央は、店を出てすぐ横にある自動販売機でコーヒーとグレープフルーツジュースを買うとカウンターの上に置き、手招きをしながら僕を呼び寄せた。
「私ね、雨が降るといつも思い出すの」
再びカウンターの前で並んだ未央が、淡いピンクのハンカチで服についた雨粒を落としながら話し始めた。でも、ポニーテールの髪の上にまだ何粒かの水滴が残されているのを僕は見逃さなかった。
「何を?」
「同級生が死んだ夜の雨」
未央は缶ジュースのプルタブを開けると、でもそれには口をつけずに押し黙った。僕はただ話の続きを待つしかなかった。
「中学二年生になったばかりの頃、クラスに無口で大人しい男の子がいたの。教室の最前列に座っていて、休み時間もいつも一人だった。でもね、別に勉強しているわけじゃないの。ただじっと座ってるの。偶然隣に座ってたせいもあって余計に気味が悪かったわ」
未央はようやくジュースを一口飲んで、さらに話を進めた。
「最初は興味本位だったの。どんな反応をするだろうなって。机の上に落書きしたり、教科書やノートを隠したり……。その子何も言わなかった。ただ黙ってるの。だから私、逆に怖くなってやめたんだけど、そのうちにクラスのみんなが悪乗りして、どんどんエスカレートしていったの。最後のほうは、口では言えないくらいにひどかった」
そこまで来て、僕もようやくコーヒーを飲むことができた。でもそこで一息ついているわけにはいかなかった。
「夏休みが終わっても、その子は学校に出てこなかったの。でも私は、まだはっきりと感じていなかった。確かに始めたのは私だったけど、みんなのほうがいけないんだって思ってたの。半月後にその子が飛び降りるまでは」
僕の言葉は失われていた。既に音楽のない店内は見事なまでに静まり返っていた。
「家に連絡があった夜も、今日と同じに雨が降ってた。時期的にも今頃よね。後悔なんて生易しいものじゃなかった。体中が切り刻まれた感覚だった。雨に打たれて死んでしまいたいと思った」
未央の口から放たれた、「死」という言葉だけが一人歩きしていた。他人の死、そして自分の死……。その響きは僕が今まで感じたことのない重さに満ちていた。
「それから私へのいじめが始まったの。クラスのみんなから私が悪いって言われて。仕方ないよね。原因は全部私にあるんだから」
それが話の終わりだった。未央の最後の言葉が空中に吸い込まれた後、店内は再び完全な静寂に包まれた。
「ごめんなさい、何か暗い話になっちゃって。でもまだ一年しか経ってないから」
未央の目からとめどなく溢れ出た涙が頬を伝い、次々と床にこぼれ落ちた。僕はとっさに彼女の肩を抱きかかえると、小刻みに震える背中をゆっくりと撫でながら、やがてその体全体を優しく抱き締めた。
「未央だけが悪いんじゃないよ」
それだけしか言えなかった。でもそれが全てだった。未央の涙と吐息で、僕の胸のあたりはしっとりと濡れた。彼女は声を出さなかった。ただ自分を責めるように音もなく泣き続けるだけだった。