エピローグ
駐車場を出て程なく、カーステレオから千雪の作ったCDが流れ始めた。それは十年前の五月から、僕らが初めて出会った時からの一年間を示す時のアルバムだった。どの曲も、彼女との思い出と深く結びついていた。レンタルショップで初めて彼女を見つけた時に流れていた「ドント・ユー」、初めて声をかけた時の「サマー・オブ・シックスティナイン」、二人でビルボードチャートの一位を喜び合った「テイク・オン・ミー」、そしてクリスマスイブの夜に抱き合った時の「セイ・ユー・セイ・ミー」……。
気がつくと泣いていた。視界はとめどなく溢れ出る涙に霞んで見えなくなり、まともに運転することもままならなかった。でも僕は休むことなく車を走らせ続けた。そうしているうちは、セピア色に輝く二人だけの世界に浸ることができたからだ。
でも、曲が最後の「ティーンエイジ・ウォーク」にさしかかった時にようやく涙はなくなり、僕は次第に頬を緩ませて笑い始めていた。そう、僕は変わることを求められているのだ。数々の試練を乗り越えて自分を愛せるようになった、そしてこれほどまでに僕を求めてくれた千雪に応えなければならなかった。自分を愛する努力をすることで、本気で千雪を愛さなければならなかった。だから僕は大空に羽ばたかなければならなかった。かつて千雪がそうしたように、自分だけの翼でささやかな箱庭から飛び立たなければいけないのだ。
もう泣くまいと決心していた。今度は僕が千雪に追いつく番だった。僕が僕であるために、そして何より一瞬の積み重ねの果てにある二人だけの永遠を手に入れるために。たとえそれが無限の荒野に通じていたとしても構わなかった。何故なら、その先には必ず緑のオアシスが僕らを温かく迎えてくれるはずだからだ。
ふと仰ぎ見た青空は僕を大らかに包み込み、そこに光り輝く太陽が頬を伝う涙の跡をすっかり乾かしてくれていた。