表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Teenage Walk  作者: hiro2001
18/19

Section 4 -Part.2-

「弟? 千雪は一人っ子のはずだけど」

「そうです、姉さんに弟はいません。いや、この言い方がいけないですね。正確には弟分です」

 男は僕よりも数センチ背が高かった。僕らは腰を落ち着けて話ができるように波打ち際から遠ざかると、海岸通りから砂浜に降りる石段に並んで座った。千雪に渡すはずだった缶ジュースを差し出すと、男は夏の青空のように清々しい笑顔を見せながら軽く頭を下げた。

「千雪さんには本当によくしてもらいました。音楽関係の仕事がしたくて、高校を卒業してすぐにアメリカに行ったものの、どうしていいかわからずに途方に暮れていた僕を助けてくれたんです」

「音楽関係の仕事って?」

「はい、プロデューサーになりたかったんです。それで、とにかく向こうで勉強したい一心だったんですが具体的なあてもなくて。そんな時、あるレコード会社で働いていた千雪さんに遭ったんです」

「千雪がレコード会社で?」

「その方面では結構名の知れたプロデューサーでした。有名なアーチストの作品も数々手がけていたんです。だから、彼女のほうから一緒にやらないかって声をかけてもらった時は本当に嬉しかったんです。彼女の下で仕事ができるなんて光栄でした」

 男は缶ジュースのプルタブを開けてひと口飲んだ後、瞳を真正面に向けて水平線の彼方を見ていた。そこに千雪の影を追っていたのかどうかはわからなかったが、弟として姉をいたわる真摯な想いが少しずつ僕の胸に伝わってきた。

「尚希さんの話もよく聞きました。私にとってとても大切な人だって、遠い目をしながら懐かしそうに語る横顔が印象的で、それであなたに興味を持ったんです」

「それで、千雪の代わりにわざわざ会いにきてくれたの?」

「それもあります。でも本当の目的はこれを渡すことにあります」

 男はあらかじめ手に持っていた正方形のものを僕に差し出した。それは、薄いブルーの包み紙に覆われていて中身はわからなかったが奇妙な存在感があった。

「これは?」

「姉さんから、千雪さんから託されました。CDです」

「どうして千雪自身が会いに来ないんだろう?」

「来られないからです」

「えっ?」

「先月末に交通事故に遭って入院中だからです」

 その言葉はメデューサが唱えた呪文のように僕を石化させた。交通事故? 入院中? 何かを言わなければ、いや動かなければならないはずだったが、頭の中は逆に真っ白になり、ただ横に座る男を眺めるだけの時が流れた。

「千雪は、その病院はどこに?」

「行っても無駄でしょう。こう言っては酷かもしれませんが、彼女には意識がありません。そして、おそらく永久に戻らないだろうと医者も言ってました」

「どうしてそんなことに」

「それを作るためです。作っている途中である大切な曲の音源がないことに気づいて、彼女その曲を探しに行ったんです。それで、横断歩道を青信号で渡っていたところを車にはねられて……」

 千雪の父親の話を思い出していた。娘のために、ただケーキに立てるロウソクを買うためだけに外に出て事故に遭った彼女の父親と千雪が重なって見えた。彼女も僕のために、ただこのCDに足りない一曲を探すためだけに理不尽な憂き目に遭ってしまったのだ。

「その曲って何だったの?」

「渡辺美里の『ティーンエイジ・ウォーク』でした。他の曲は全て洋楽だったんですが、その曲だけ邦楽だったんで用意し忘れていたんです」

「でもそれじゃ、これは未完成なの?」

「いえ、彼女の意思を受け継いで僕が作り上げました。だからその意味ではCDは完成しています」

 僕は手元にあった正方形の物体の包み紙を外すと、透明なケースの向こうにある白くて丸いCDを眺めた。そこには千雪の文字で、『For Naoki With Love』と書かれていた。

「じゃあ、俺はこれで」

 その声に目を上げると、既に立ち上がっていた男がこちらを哀しげに見下ろしていた。同情されていることがわかった僕は、それを振り払うように訊くべくして訊かなかった質問を口にした。

「そうだ、君の名前を訊いてなかったよね」

「姉さんからは、尚くんって呼ばれてました。それ以上のことは、もういいですよね」

 ここに至って僕ははっきりと千雪の切なる想いを体感していた。彼女は自分を好きになれたのだ。そのうえで僕を正式に求めていたのだ。愛してくれたのだ。そう思うと、いやだからこそ訊きたかった。尚くんと呼ばれたこの男にはっきりと尋ねたかった。

「千雪は、そんな彼女は幸せだったのかな?」

「そうだったと思います。だってそのCDを作っていた時の彼女、小学生みたいに無邪気にはしゃいでたから」

 こちらに軽く会釈をした後、次第に遠くなっていく男の後ろ姿を見ながら、僕は千雪との間に広がる世界を求め、確認するために急いで自分の車に戻った。そこに自分のために買った缶ジュースを置き去りにしたままで。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ