Section 3 -Part.3-
「私自信がなかったの。尚くんに対する気持ちに確信が持てなかったの。私の想いが、クリスマスイブに感じたあの心の震えが何だったのか、あなたのことが本当に好きなのか、自分でもうまく掴めなかった」
千雪の放つ言葉には誠意があった。できるだけ正直に話そうとする真摯な姿勢が僕の胸にダイレクトに響いてきた。
「だからアメリカに行ったの」
「えっ」
でもその単語だけは異様だった。千雪がどこか遠い場所に行ったことには感づいていたが、まさかそれが異国の地であったことはさすがに僕の思いの外だった。
「箱庭みたいに小さな自分の世界を離れて、全く新しい未知の場所に行けば、少しは自分のことが好きになれるかもしれないって」
自分を試すために新天地に赴いた千雪の想いが痛いほどに理解できた。だから言ってほしかった。アメリカ行きのことではなく、窮屈な箱庭でもがいていた彼女の苦しみや辛さを僕に伝えてほしかったのだ。
「三ヶ月はあっという間だった。向こうで様々な人と出会って、たくさん遊んで。もちろん嫌な思いもしたけど、でもいろいろなことを経験したことで何かが変わったの。吹っ切れたというか重荷が取れたというか、とにかく私を縛っていた見えない鎖から解放されたの。鳥が大空に羽ばたくみたいに」
「千雪がいなくなって、俺ずいぶん悩んだんだ。自分のどこがいけなかったのかも真剣に考えた。だから言ってほしかったんだ。力になりたかったんだ」
「黙って勝手なことをしてごめんなさい。でも私わかったから。まだ完全に自分が好きになりきれてないけど、少なくともこのことだけはわかったの。私はあなたを必要としてるって。どうしようもなく宿命的に」
千雪は、いつになく真剣な表情でこちらを見つめてきた。その瞳の奥にある意志の強さが、僕に自分の気持ちを伝えさせる原動力となった。
「本気で誰かを愛することから、自分のことを好きになってもいいんじゃないかな」
「えっ」
「俺も自分のことが大嫌いだった。臆病で弱い自分にうんざりしてた。でも、千雪と出会えたことで変われたんだ。諦めずに未央に自分の気持ちを伝えられたし、うまくいかなかったけど、こんな自分って結構いいなって思ったんだ。本気で人を好きになったから、千雪を好きになったから今の俺があるんだ」
千雪の瞳を通して心に訴えかけていた。そう、僕はどうしようもなく彼女のことが好きだったのだ。宿命的に、根源的にその存在を求めていたのだ。
「先のことはわからないけど、今この一瞬の積み重ねが永遠なら、俺は千雪と一緒にずっと歩いていきたい。たとえその先に無限の荒野が広がっていたとしても決して後悔しない。いや後悔したっていい。とにかく好きなんだ。どうしようもなく、お前のことが好きなんだ」
そこからの時間の流れは抗いようのないものだった。僕らは惹き寄せられるようにお互いの唇を求め合い、気が遠くなるほどに強く抱き合った。彼女の口からはほのかにレモンの香りがした。もっともそれが、少し前に食べたキャンディーのせいかどうかなどどうでもよかった。僕はただ、そんな甘酸っぱい二人だけの世界に浸りたかったのだ。いつまでも、どこまでも二人で行けることを、そして二人がひとつになれることを信じて。