Section 3 -Part.2-
翌日、僕と千雪は駅前で午前九時に待ち合わせると、普段は乗らない南向きの電車のシートに並んで座った。親の手前学校に行くふりをして制服姿で出てきたが、結局のところ学校をさぼった事実は拭いようがなく、僕は平日の午前中に電車の中にいる不自然さを感じながらも、隣に座る千雪の姿に目を奪われていた。この五ヶ月の間に彼女が変貌を遂げたことは誰の目にも明らかだった。昨日は久しぶりだったこともあって外見ばかりが目についたが、今日改めて話をしてみると内面の変化も相当なものだった。一言で言うなら、心の扉が外に向かって大きく開放された印象だったが、その原因が何なのかは依然謎のままだった。肝心なことになると千雪は口を閉ざし、それはまた後でと先延ばしにするだけだった。僕はかすかな苛立ちを感じながらも、ともかくそんな夏の日差しのように眩しく輝く千雪に会えた喜びに胸が高鳴っていた。
千雪が僕を誘ったのは、未だ人気のまばらな海だった。鄙びた駅を降りてものの数分もしないうちにその広大な姿が目に飛び込んできた。うっすらとした雲に覆われていたものの時折顔を覗かせる太陽は強く輝き、沖で戯れるサーファーたちとともに僕らをも照らし続けていた。紫外線が強いせいか肌がちくちくと痛んだが、程なくそれも吹き抜ける潮風の優しさに掻き消されていった。
「ここに来たの、久しぶり」
「前にも来たことあるのか?」
「ずっと昔、私のおばあちゃんの家があったの」
千雪は遠く水平線を見るように目を細めた。その間に懐かしく過去を遡っていたのかもしれなかった。彼女の髪がかすかになびき、そこからほのかなライムの香りがした。
「詳しく話してくれないか?」
その言葉が千雪に届いているのかどうかわからなかったが、いずれにしても僕は、この五ヶ月の間に彼女に起こった出来事を、何より彼女の真の想いを訊かなければならなかった。そうしないことには、物事は何も前には進まないのだから。
「その前に音楽聴かない?」
それは唐突な千雪の提案だった。僕は自分の問いかけが逸らかされたことも忘れて、彼女が薄いベージュのバッグから銀色のウォークマンを出す姿をぼんやりと眺めていた。
「さあ、尚くんはこっちよ」
千雪は無邪気に微笑みながら、こちらに向かってヘッドフォンの片方を差し出した。無造作に受け取って耳にあてると、程なくそこから聞き覚えのあるメロディーが静かに流れ出した。
「これは渡辺美里」
「そう、『ティーンエイジ・ウォーク』よ。私、この曲が大好きなの。特にほら、ここのフレーズが」
波の音に掻き消されてよく聞き取れなかったが、もちろん僕はこの新曲をよく知っていた。歌えと言われたらフルコーラス歌えるほどに好きだった。
「本当にこの歌のとおりよね。自分も愛せずに、本気で誰かを愛することなんてできないのよ」
それが千雪の話の始まりだった。僕はヘッドフォンを外して彼女の口から発せられる次の言葉をじっと待った。
「私は今まで、本気で人を好きになったことがなかった。思えば父親さえも好きになれなかったのかもしれない。でも当然よね。誰かを好きになる前に、何より自分自身が大嫌いだったんだから」
千雪は再び彼方に広がる水平線を眺めた。サーファーたちが波にのまれるたびに上がる水しぶきが太陽の光に反射してきらきらと輝いていた。