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Teenage Walk  作者: hiro2001
12/19

Section 2 -Part.5-

 何かに見つめられているような気がして目を開けた。丸みを帯びた千雪の肩越しには、窓越しの弓張月が孤独な姿を見せていた。聖夜の静寂と闇が部屋中を包み込んでいた。彼女の規則的な息遣いだけが僕の胸に響いていた。

「ケーキ食べようか?」

 眠っていないことを確認するために放った僕の言葉に千雪はわずかに頷くと、二人だけの小宇宙から解き放たれたように立ち上がって台所に向かった。

「つけないで」

 明かりをつけようと部屋の壁にあるスイッチに手をかけた瞬間、ささやくような、でも強い口調で放たれた千雪の声が耳に入ってきた。

「このままでいたいの。明かりをつけたら、その瞬間にこの世界が壊れてしまうような気がするの」

 切実に訴えかける千雪に、僕は返す言葉を失っていた。彼女にとって今のこの瞬間は儚く、でもかけがえのない一瞬なのだ。一瞬の延長に永遠があるのなら、たとえ何も見えなかったとしても僕は、彼女とともに暗闇の中から永遠を探し出したかった。

 とはいえ、全くの手探り状態ではまともにケーキが切れるはずもなく、僕はその中央に余っていた一本のロウソクを立てると、二人の間に希望の光を見出すようにそっと火をつけた。

「このロウソクの火がいつまでもあるといいのにね」

 もちろん僕にも、何より千雪本人もそれがやがて儚く消えてしまう運命にあることはわかっているはずだった。二人を繋ぐ糸が明日をも知れない状況であるように、人の一生に絶望的な終わりがあるように。でもだからこそ、僕らは懸命に生き続けるのだ。限りある命を精一杯燃やし続けるのだ。一瞬を大切に生きることが永遠を可能にし、千雪との絆をより強固なものにしていくのだ。

「でも、いつか消えてしまうからいいんだよ。限りがあるからこそ強く光り輝くんだ」

「そうね、そうかもね。哀しいけど」

 千雪が呟いた言葉の意味を、僕はそれほど深く考えてはいなかった。彼女の心の底辺にあるものを受けとめようとしていなかった。そう、僕は訊くべきだったのだ。彼女の哀しみの真意を、その脆くて危うい心の有り様を残さずに。

 程なく僕らは、どちらからともなくケーキを食べ始めた。それは二人の関係を確認するための儀式のようにも思えたが、一方で千雪が本当に望んでいるものが何なのか、彼女が僕に何を求めているのかについて思いを巡らせていた。自分が彼女に対してしてあげられることの全てを見出そうとした。でも、その試みは虚しく宙を彷徨うだけだった。結局のところ、僕は彼女の中に深く入り込んでいなかったのだ。底なし沼に入り込むことを恐れていたのだ。臆病な僕はただ、目の前にあるロウソクの火がいつまでも消えないことを祈るしかなかった。


 翌日の空はすっきりとした青だった。昼からシフトに入っていた僕は、昨日のバイトをさぼったことを武史にまず謝ろうと覚悟を決めて店に入ったが、意外にもそこにいたのは武史ではなく店長だった。武史は四時間遅れるらしく、店長はぶつぶつと文句を言っていたが、不思議なことに僕が怒られることはなかった。

「親の具合が悪くなったから休むみたいですって、言っておいたんだ。まあ、困った時はお互いさまだからな」

 窓の外は既に夕暮れの気配だった。武史は片目を閉じて悪戯っぽい笑みを浮かべると、恩着せがましく缶コーヒーをおごることを僕に約束させ、今日はクリスマスだからと、ビルボードチャートを全く無視してワムの「ラスト・クリスマス」をターンテーブルの上にのせて針を落とした。

「で、どうだったんだ?」

「どうって、何がだよ?」

「決まってるだろ。千雪ちゃんとのクリスマスイブ、しっかり楽しんだのか? そのためにわざわざ店長に嘘ついて誤魔化してやったんだからな」

 僕は、夕べの出来事を要領よく説明できる言葉を持ち合わせていなかった。おそらく武史は、僕に簡潔でわかりやすい答えを求めていた。うまくいったのか、あるいは駄目だったのか。でもそのどちらでもないように思えた僕には、武史の期待に沿うような一言を口から出すことができなかった。

「まあ、いろいろと難しいからな」

「ってことは、駄目だったのか」

「いや、そうでもない」

「じゃあ、一体何なんだよ? 全くイライラするな」

「何だよ。そう言う武史はどうだったんだよ。昨日の夜は未央と一緒だったんだろ? 今日だって四時間も遅れてきて、全く幸せでいいよな」

「そう見えるか?」

「えっ」

「お前には、俺が本当に幸せそうに見えるか?」

 僕に問い正した時と比べて、武史のトーンは明らかに下がっていた。一週間前に僕の前で寂しそうな姿を見せた未央が鮮明に蘇ってきた。二人がうまくいっていないことは疑いようがなかったが、かといって武史の口から直接聞き出すことを僕は躊躇った。心のバランスを崩した未央の存在によって、自分の気持ちが混乱することが何よりも怖かったからだ。

「やめよう、この話は。尚希の言うとおり、いろいろと難しいからな」

 でも、話は核心に触れられる前に強引に切り上げられ、武史はカウンターから離れて陳列棚に並んだレコードの整理を始めた。僕にとっての一九八五年は、そうして自分自身や周囲に混迷の種を抱えながら終わろうとしていた。その先に何があるのかはわからなかった。ただ、たとえ行き着く先に無限の荒野が広がっていたとしても歩き続けなければならない過酷な現実だけがそこにあるような気がしていた。

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