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Teenage Walk  作者: hiro2001
11/19

Section 2 -Part.4-

「それが全ての終わりで始まりだった。高校には入ったけど、一ヶ月ももたなかった。周りの人たちの存在が急に薄くなっていった。何が正しくて何が間違っているのか、何を信じていけばいいのかがわからなくなった」

 そこまでを言うと、千雪は肩から僕の腕をゆっくりと外して立ち上がり、台所の隅から雑巾を出してきて床を拭き始めた。自分の過去を拭い去るかのような手の動きに、僕の胸はやるせなく痛んだ。

「そんな私を救ってくれたのが音楽だった。一日中部屋で、FMから流れる曲を聴いていた。洋楽が中心だったから、歌詞の意味はよくわからなかったけど、体の中を通り抜けていくいろいろなメロディーが心の扉を少しずつ開放してくれた。このままじゃいけない、このままじゃいけないって……。気がついたら勉強を始めてた。取りあえずは高校に行こうって。他にやりたいこともなかったから」

 床を拭き終わった千雪は雑巾を元の場所に戻すと、再び僕の目の前に小さく正座した。コーヒーをこぼした部分は既に明るさを取り戻していたが、彼女はまだ暗い過去の世界に身を置いていた。ただ何気なく聴いていた僕に比べて、彼女の音楽に対する想いの深さと重さに打ちのめされた。

「一年間勉強して、それで何とか今の高校に入ったの。回り道をしちゃったけど、友達もうまくできないけど、でも仕方ないよね。結果はどうあれ、それが私の人生なんだから」

「弟がいるなんて、どうしてそんな嘘をついたんだ?」

 僕はもう一度同じ質問を試みた。今度は答えてくれるであろう妙な確信があった。

「何でだろう、自分でもよくわからない。ただ、時々ふと思うことがあるの。弟がいたらどんなにいいだろうなって。私にはもう家族と呼べる人もいないし、せめて血の繋がった兄弟がいてくれたらなって、頭の中で勝手に作り出していたのね。もっとも、空想とはいえ死なせちゃったのはよくなかったけど」

 千雪はほのかに寂しげな笑顔を浮かべた後、つきものが取れたようにうなだれた。彼女は全てを話してくれた。でも僕には、それを聞くことの他にしてあげられることが何もなかった。自分の無力さだけが胸に重くのしかかってきていた。

「音楽でも聴こうか?」

 それしか言葉が思い当たらなかった。でも、二人の共通項である音楽を聴けば、千雪の重荷を少しでも背負ってあげられるような気がしていた。

 千雪は軽く頷くと、クローゼットのドアを開けてコンポの電源を入れた。程なくFMらしい軽いDJの声が聞こえ、無意味なコメントの後でバンド・エイドの「ドウ・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマス」が流れ出した。その時になって、ようやく僕にも今日の存在する意味を認識できるようになっていた。

「俺、ケーキ買ってくるよ。ロウソクがたくさんついてるやつを。せっかくだから、クリスマスやろうよ」

「……ちゃんと帰ってきてね」

 足早に外に出て行こうとする僕の背後から、千雪の小さな声が響いてきた。突然胸に熱いものが込み上げてきて、僕は彼女に答えてあげられないままに後ろ手でドアを閉めた。

 駅に着くと、周囲の華やかなイルミネーションと、楽しそうに屈託のない笑みを浮かべる二人連れや家族連れがやけに目についた。千雪の部屋とあまりに対照的な光景に、僕は世の中にある不条理や理不尽さに怒りすら覚えたが、ケーキを媒介にその一部でも運んでいけたらと、有名な専門店で二人では持て余すほどの大きなクリスマスケーキを買った。

 ロウソクの存在を確認してから急いで千雪のもとへ戻ると、部屋の音楽はライオネル・リッチーの「セイ・ユー・セイ・ミー」に変わっていた。それ以外には物音ひとつなく、華やかではないものの二人だけの聖夜に相応しい厳かな雰囲気が漂っていた。

「わあ、大きいね」

 僕がケーキにロウソクを立てている間、千雪は目を大きく見開きながら小学生のように無邪気な声を上げた。

「ロウソクに火をつけるよ。電気を消して」

 千雪は何度も頷くと部屋の隅にある電気のスイッチを切った。周囲には何もなくなり、僕は無防備な状況に少し怖さを覚えたが、程なく千雪が隣に腰を下ろしたことでその不安は解消された。

「さあ、千雪が火を消すんだ。これからの明るい人生を願って」

「そして、二人のこれからを願って」

 千雪は思いきり息を吸い込むと、ケーキの上に円形に並べられた十本の明かりを次々に吹き消していった。

「二人のこれからって、どういう……」

 千雪の唇が触れたことによって、僕の疑問は完全な言葉にならなかった。僕らは初めからそうであったかのように唇を求め合い、口内の隅々にまで舌を這わせ合った。暗闇の中で、お互いの体を見失わないように強く抱き合った。波打つように高鳴る千雪の胸の鼓動が自分の鼓動と共鳴するのを感じながら、やがて僕は時間の感覚を失った。目の前にあるはずのケーキの姿さえ僕には映っていなかった。

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