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(51) 馴染[なじ]みたい…

 村越は裕福がゆえに気苦労が絶えなかった。

「あっ! おはようございます」

「おはようございます」

 勤務日で村越が自動開閉門を開けようと、戸外のボタンを押したときのことである。表の舗道で冗談にも美人とは言えないご近所の中年主婦、戸神佐知江と池島妙子が挨拶をしていた。まあ、それはいいとしても…と村越は思いながら見ていた。どうせ、無視シカトだろ! と少しいかり気分で思ったが、案の定、二人は村越の姿に気づくと無視し、避けるように家内へ引っ込んだ。その素早さといったら、尋常のものではなく、あたかも、素早い独楽こまネズミのようであった。いつものことだから、さほど腹立たしくもなかったが、村越にすれば朝からどうも気分がよくない。それでも、かろうじて怒りを鎮め、村越は車を発進した。今朝、お抱え運転手の寺崎が気分が悪くなった・・と電話してきたからで、そのときは仕方ないな…と思った。すぐに他の運転手を回してくれ! と実家へ連絡を入れると、悪いときに悪いことは重なるもので、五人いる常駐運転手の誰もにきがないという。村越にとって会社など、どうという所ではなく休めばよかったのだが、生憎あいにく、経済団体主催の親交ゴルフコンペがあり、父親に頼まれてそうもいかなかったのである。で仕方なく村越は、「今日だけだぞっ!」と、誰に言うでなく大声を発し、ハンドルを握る人になったのである。内心、村越はご近所と馴染なじみたい…とは思っていた。だが、相手国が好戦的では村越としても厳戒体制でのぞまねばならなかった。まるで、今朝のテレビに映っていた地中海だな…と、運転しながら村越は、ぶつくさ思った。道の途中で、いつもなら見える景観が消え、霧がにわかに出てきて、車の視界をさえぎった。村越はおやっ? と思った。霧が出ることなど、天気予報は言っていなかったからである。村越はヘッドライトを点灯させ、自転車並みの速度で走った。10分ばかり走り、会社まで残り半ばというところで霧は急に消えた。村越はやれやれ…と思った。しかし、その安堵あんど感は一時いっときのことだった。

 会社へ着いたとき、驚愕きょうがくの光景を村越は目にした。エントランスに座って笑顔で出迎えてくれるはずの若い美人受付嬢の二人がいなかった。いや、いることはいたのだが、それは村越が今朝見た不美人の中年主婦、戸神佐知江と池島妙子の顔をした受付嬢だった。村越は瞬間、Oh! My God! これは夢だ…と思った。だが、夢とは思えない現実感が村越の感覚にはあった。二人は当然のように、村越を笑顔ではなく無視して視線を机上へ伏せた。

「おはよう!」

 社内で村越の方から声をかけるなどということは前代未聞の珍事だった。それが、現実に起こっていた。村越に馴染みたい…と思う深層心理が働いたのである。その瞬間、戸神と池島の顔が消え、いつもの若い美人受付嬢の笑顔に変化した。村越は目をこすった。

「おはようございます。…社長、どうかされました?」

 愛想よい笑顔で受付嬢がたずねた。

「いや、なんでもない…」

 村越が社長室へ入り椅子へ座った途端、辺りは霧に閉ざされた。村越が、なんだ! と立ち上がると、不思議にも霧は一瞬で消えた。そこは出かける前の村越の自宅だった。村越は、ゾクッ! と寒気を覚えた。腕を見れば出たときの時間だった。まあ、仕方がない…と、村越は戸外へ出て、自動開閉門のボタンを押した。表の舗道では、戸神佐知江と池島妙子が挨拶をしていた。この光景は今朝あったはずだ…と村越は思った。そのとき、二人は村越の姿に気づいた。

「おはようございます! 村越さん」

 何かが違っていた。

「あっ! おはようございます!」

 村越は思わず笑顔で返し、馴染んでいた。


                  THE END

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