(40) クロスバー
城崎要は、また司法試験を落ちた。今年はそんなに出来が悪いとも思えず、城崎にはある程度の自信があった。しかし、大きく貼り付けられた合格掲示板の掲示用紙の上に自分の番号は見つからなかった。自信ある人生の踏み越しだったが、クロスバーは惜しくも城崎の上へ落ちていた。
熊代佳彦は棋士を目指していた。しかし、プロへの道はそう甘くなかった。ついに今年、奨励会・三段リーグを26歳の年齢制限により退会した。自信ある人生の踏み越しだったが、クロスバーは惜しくも熊代の上へ落ちていた。
須藤真一はプロ作家になるべく日々、机に向かい直木賞への筆を進めていた。しかし、雑誌に掲載された自信作は、最終選考に残ったものの選からは外れた。自信ある人生の踏み越しだったが、クロスバーは惜しくも須藤の上へ落ちていた。
城崎は、めげなかった。開き直って作戦を変えた。試験勉強の方法を違った角度から180度、転換したのだ。その結果、翌年受けた合格掲示板の掲示用紙の上には自分の番号があった。城崎は、やった! と思った。クロスバーは揺れたが、城崎の上へは落ちなかった。
熊代は、めげなかった。棋士への道を諦めきれないでいた。開き直って作戦を変えた。翌年、嘆願書を連盟に出し、アマチュア選手プロ編入試験を受けたのだ。年齢的に彼の場合、その方法しかなかった。その結果、六番勝負にて3連勝し、見事、プロ入りが決定した。憧れのプロ4段となったのだ。熊代は、やった! と思った。クロスバーは揺れたが、熊代の上へは落ちなかった。
須藤は、めげなかった。プロ作家になりたかった。開き直って作戦を変えた。実績をつけようと思った。種々の受賞実績が直木賞への目に見えない主張になることは分かっていた。翌年、本屋大賞に応募し、大賞を射止めた。そして、その余波をかって直木賞最終選考に、またもや名を連ね、受賞が決定した。須藤は、やった! と思った。クロスバーは揺れたが、須藤の上へは落ちなかった。
その後も三人の人生には紆余曲折があった。しかしその都度、三人は、めげなかった。人生を終えたとき、三人は人生のクロスバーを越えていた。
THE END




