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(36) …な気分

 ある夕刻、大畑はシャワーを浴び、目を閉じることで風呂に入ったような気分を味わった。日射しも弱まり、大畑は少し肌寒さを感じた。

 次の日の同時刻、大畑は風呂を沸かし、浴槽にとっぷりとかって目を閉じた。すると、目を閉じることで、温泉に入ったような気分になった。思い描く脳裡の映像は岩肌の露天風呂にゆったりと浸かり、紅とオレンジに映える夕空と海をながめている景観だった。こりゃ、いい…と刹那、大畑は思った。目を閉じることで景観が一変するのだ。結果、現実では達成できない種々の…な気分が味わえるという寸法だ。そういや、ビートルズの♪イマジン♪という曲があった…と大畑は思った。…な気分、これは今、流行はやりのタブレット型端末など目じゃないぞ! と思えた。パスカルによれば、そもそも人間は考える葦だ…と大畑は巡った。それが、いつの間にかコンピューターの人工知能に考えさせ、自らは考えることをやめてしまっている。そればかりか今や、自動車の運転まで人工知能に任せようとしているのだ。これは明らかに人間の退化の始まりだ。千年後、もし地球が存在していて人類もまた生存していたなら、恐らく頭脳は退化し、今の…な気分は味わえないかも知れない。いや、それどころか、人工知能の機械なしでは生存できない情けない生物になり下がっている可能性も皆無とは言えないだろう。大畑は目を開けるとジャブッ! と浴槽の湯を両手で顔へかけた。知らないうちに浸かってから数十分が経過していた。やや逆上のぼせている身体を冷やそうと大畑は浴槽から勢いよく飛び出た。そして、シャワーの冷水を頭に流し、ようやく落ちついた。

 風呂上がりでグラスのワインを傾けながらチーズを頬張り、大畑は目を閉じた。豪邸の優雅な暮らしの中に大畑はいた。家族に笑顔で囲まれていた。幸せな気分がした。溜息をついて大畑は目を開けた。その瞬間、大畑は驚いた。目の前には脳裡に描いた笑う家族がいて、豪邸の中で大畑を囲んでいた。


              THE END

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