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(6) ストップウオッチ

 陸上部コーチの末松教諭はグラウンドを周回して戻った生徒の高輪進に声をかけた。

「よし! 1分50秒02だ。コンマ04早くなったぞ。フゥ~、暑くなってきたな。今日は、これまでだ! 隣の北洋商業みたいに熱中症で倒れられたら、ことだからな」

「…はい! …」

 進は荒い息を鎮めながら、そういった。湧き立つ積乱雲がにわかにその勢いを増しながら全天を占拠し始めた。同時に遠雷が鳴った。二人はグラウンドを歩きながら空を見上げた。

「進よ、こりゃ、ひと雨来そうだな」

「そうですね…」

 ようやく乱れた息が静まり、進はタオルで顔をぬぐいながら返した。校舎へ入ると末松は職員用更衣室へ、進は部室へと別れた。

「お疲れさま!」

 部室に残留していたマネージャーの藤崎有里香が元気よく、ペットボトルのスポーツドリンクをさしだした。

「おう! 有里香か。気がきくな!」

 進は冷えたボトルを手から受け取りながら笑っていった。

「どうだった?」

「んっ…まあな。04早くなった」

「よかったじゃない」

「ああ…。だが、県体優勝は800の場合、48秒ぺースじゃないとな」

「まだまだって訳ね」

 進は黙ってうなづきながら、シャワー室へと消えていった。

 次の朝は強化合宿で進だけの特訓だった。200mのグラウンドを4周しスタートラインへ戻ってきたとき、末松が口を開いた。

「妙だな…」

「先生、どうかしました?」

「いや、気のせいだろう。…また、38秒30か。新しいの買った方がいいな。壊れちまったらしい」

 末松はストップウオッチを振ったりいじったりしながら愚痴った。

「38秒30! 1分38秒30ですか!?」

「ああ、1分38秒30だ…」

「はは…そんな、馬鹿な!!」

 進は誰にいうでなくニヤついた。進がいったとおり国内高校男子の記録では1分48秒台が最高だった。進はそれより10秒ほど早く走った計算だ。いや、そればかりか、陸上男子800mで1分40秒の壁を破る世界記録はいまだかつて出ていなかった。

「進、今日はやめだ、明日あすにしよう。備品で買ってもらわんとな」

「それしか、ないんですか?」

「ああ、この学校はケチだから部費落としで買えるのは一ヶ月待ちだ。そんなにせんから、これから自腹で買ってくる。大会前だ、のんびりと待っとられんからな、ははは…」

 そういうと末松は進の肩をポン! と軽く叩き、笑い飛ばした。

 翌日の朝になった。準備運動を済ませた進がグラウンドで待っていると末松が現れた。手には真新しいストップウオッチを持っていた。

「準備は、いいな?」

「はい! OKです」

 進は軽く身体を動かしながらいった。

「よし、それじゃ始めるぞ!」

 進は位置に着き、末松の合図で走り始めた。そして4周し終え、息を切らせながら口を開いた。

「先生、どうですか?」

 末松の顔から血の気が失せていた。

「おかしい…」

 末松はうめくような小声で呟いた。真新しいデジタル式ストップウオッチは、またも01:38:30をきざんでいた。進は末松が手にするストップウオッチをのぞき込んで絶句した。

「進…これが本当なら、お前は世界のトップランナーだぞ!」

「まさか…」

「ああ、俺も、まさかとは思うが…」

 二人は凍りついたまましばらく、その場に立ち尽くした。そこへ有里香が校舎から出てきた。

「先生~、差し入れです~」

 二人は唖然あぜんとして、走って近づく有里香を見た。有里香の手には鮮やかなオレンジ色の布に包まれた手料理が持たれていた。二人にはそれが手料理だと分かった。昨日とまったく同じ朝が繰り返されていた。

 二人の目の前に有里香が来たとき、二人はふたたび唖然として、言葉を失った。鮮やかなオレンジ色の布には01:38:30の黒文字が描かれていた。

               THE END

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