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(25) つかれる人[5] 浸かれる人

 ああ…何年ぶりだ、このいい気分は・・と思いながら本山一郎は浴槽に浸かっていた。

「あなた、着替え、置いとくわよ!」

「ああ…」

 妻の千沙子の声に、なんと平和なんだ…と本山はさらに思った。

 本山は新聞社に依頼され、三年契約でアフリカの某国に派遣された戦場カメラマンだった。といえば聞こえはいいが、その実態は過酷で劣悪な環境にある小さな村々での生活だった。風呂などというものがこの世に存在するのかさえ知らない原住民と本山は三年ばかりも暮していたのだ。悪くすれば毒蛇やさそりに刺される危険をはらんだ家屋での就寝は本山にきつさを感じさせた。加えて高温地帯特有の寝苦しさがあった。いや、それらもピシッピシッではなかったが、ヒューンヒューンと飛び交う流れ弾による死の恐怖に比べれば、まだマシな方だった。

 帰国し、手続きを終え、飛行場を出た。足を一歩、場外へ進めたとき、本山の感情は一気に瓦解した。ところ構わず涙が頬を伝っていた。本山はそれをどうすることも出来なかった。もう嫌だぁ! と叫びそうになる自分がいた。だが、なぜか声にはならなかった。

 ボディソープが泡立ち、シャワーの湯が気分よく身体を流れた。ふたたび浴槽に浸かれば、ふと、泥水で身体をいたときの光景が頭をよぎった。あのときは死線をさ迷い、過酷だった…と思えた。ガイドを買って出た村人が流れ弾の巻き添えを食らい、本山の横で死んだ。つい5秒前まで語っていたのに…。即死だった。泥水で身体を拭くガイドの姿、倒れる姿…その光景がよみがえった。

 浴室を出ると、冷えたビールに千沙子が作った美味そうなツマミが待っていた。本山は、ここは天国に違いない…と真に思った。テレビが国の防衛に関する座談会を映していた。聞き入ると、政府要人や評論家達がまことしやかに賛否の意見を交わしていた。本山は即座にリモコンを握り、チャンネルを変えていた。━ そんなんじゃない! ━

 過酷な現実を知らない映像への怒りが、そうさせていた。


                THE END

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