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(20) ガソリンを飲む男

「今日はもう、帰っていいよ。お疲れさん!」

 所長の下岡にそう言われ、多田は緩慢に席を立った。ようやく一日の仕事が終わったか・・と多田は解放された機械のように思った。やれやれ、これでガソリンが飲めるぞ! と多田は嬉しくなった。下岡経理事務所に勤める多田にはひとつの秘密があった。それは秘密というより、下岡ばかりか誰にも話せない科学をくつがえす秘めごとだった。多田がそうなったのには一つの原因があった。その頃、多田は親のすねかじる学生だった。なに不自由なく学生生活を満喫していた多田は、卒業式の後、打ち上げの飲み会に参加していた。学生生活もこれで最後か・・という気分も多少あり、テンションは高かった。

「イッキ! イッキ! イッキ!」

 チューハイをすでに2杯飲んでいた多田だったが、同期の学生仲間にあおられ、よし! 飲むか! と一気に飲んだ。酔いも手伝わせていた。そのとき異変が起きた。なんの飲みにくさもなく、水を飲むようにスゥ~っと飲めたのである。しかも、それまでの酔いは完全にどこかへ消え失せていた。その異変を他の者達は、まったく気づいていなかった。ただ、多田が飲み干す余りの早さと、そのスムースな飲みっぷりには驚きの歓声と拍手が上がった。多田は顔で笑ったが、体調の異変に内心では笑えなかった。それ以後、異変が断続的に多田を襲うようになった。無性にアルコールが欲しくなるのだ。酒ならなんでもよかった。それでいて飲むと、酔わなかった。どういう訳か、酒臭さもなく、まるで水を飲んだような感じだった。そして、ついに究極の異変が起きた。

 ある時、仕事をしていた多田は、無性にアルコールが欲しくなった。生憎あいにく、いつもかばんに隠し持っていたカップ酒を切らしていた。身体はアルコールを求めている。ついに多田は我慢し切れなくなった。

「すみません! ちょっと失礼します!」

 下岡は脂汗を流す多田の異常に気づいた。

「どうした? 腹具合でも悪いか? 顔色が悪いぞ」

「いえ! …」

 立つとペコリと頭を下げ、多田は事務所を走り出た。向かったのは酒屋ではない。もう、その余裕が多田にはなかった。事務所の駐車場の片隅には、万一のガス欠用のガソリンが小タンクに買って保管されていた。多田はそのキャップを開けると一気飲みしたのである。このとき多田は、えも言えぬ満足感を覚えた。いままでのアルコールにはなかった感覚だった。そして飲んだ直後、多田は無性に走りたくなった。いくら走っても息切れしなかった。それどころか自動車並みに走れた。

「君さ、最近、食べなくなったね? 大丈夫かい、身体…」

 昼食も食べなくなった多田を気づかって、下岡が声をかけた。

「あっ! 僕は大丈夫です、ガソリンがありますから」

「えっ?!」

 下岡は耳を疑って、たずねた。

「いえ、別になんでもありません…」

 口がすべった…と、多田はすぐ打ち消した。しかし多田の身体は、いつの間にか機械人間へと変身していた。さらに怖ろしいことに、この異常現象は多田から下岡へ、そして…感染するかのように地球全体の人類すべてへと蔓延していった。ガソリンなしでは生活できなくなった人々。ついに、ガソリン需要をまかなえなくなった人類は…、この先をお話しするのは、身の毛がよだつので、やめることにしたい。


              THE END

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