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(16) 冬眠人間

 風が吹こうが吹くまいが、雨に濡れようと濡れまいが、そんなことは関係なかった。冬眠にいざなわれた山村卓巳やまむらたくみはすでに昏々(こんこん)と眠っていた。そこは森の中で、1m以上は積もったと思える枯れ葉が山村のベッド代わりだった。幸い、ひとたび寝入ってしまえば、あとは春先に目覚めるまで待てばよいのだから好都合に出来ている。俺は人間か? ひょっとすると宇宙人? 狼人間? ははは…そんなことがあるはずがなかろう。ただの異常体質さ…と、山村は自問自答したことがあった。何も食べずに冬眠する人間など、いるはずがない。山村は科学的な過去のマスコミ資料を探ってみた。だが、そんなSF まがいの記事や報道がなされたことはなかった。探る山村自身にも、そりゃ当然だろう…と思えていた。

 ヒューヒューと木枯らしが舞っていた。時折り、枯れ葉の数枚が彼の顔を覆ったが、すでに彼は眠っていた。一本の大樹の下だから、割合と凌ぎよい場所だった。いつの間にか冬となり、雪が足元を覆った。山村は木の葉の掛布に覆われているから終始、暖かさは保たれていた。ただ彼は冬眠していたから寒暖の感覚はなかった。どういう訳か、けもの、鳥、それに虫や微生物は彼を避けた。それゆえ、彼は少しの害もこうむることはなかった。

 春になり目覚めると、山村は川のせせらぎで汚れた身体を洗い、世の物(衣類、背広、財布、時計、身分証、運転免許など)が入ったボストンバッグを隠し場所から取り出して身につけると歩き始めた。冬眠以外、皆と変わりはないさ…と山村は思うことにしていた。

「おはよう!」

「あっ! 社長、おはようございます! 今、帰国されましたか」

 秘書の谷田は山村の姿に驚いたように言った。

「ああ。なにか変ったことは?」

「はあ、これといって…。詳細は副社長に」

「ああ、そうだな」

 冬眠に入る前、谷田には、明日から数か月休む・・と言ってあった。毎年のことだから、谷田も素直に従った。それが去年の11月の末で、今は4月初旬である。その間、社長の職務代理を副社長の小坂にゆだねてあった。事情により行先と連絡は一切、不問とした。だから、なんの心配ごとも山村にはなかった。

「今、小坂君は?」

「はっ! おられます。ご連絡いたしましょうか?」

「そうだな…。帰った挨拶だけでもしておこう。それから今日は早退する」

「かしこまりました…。明日からは?」

「ああ、いつものように自宅へ車を回してくれたまえ」

「はい、お迎えに参上するよう手配いたします。お時間は?」

「そう…8時過ぎだな」

「そのように…」

 山村に動揺の気配はない。しばらくして、副社長の小坂に挨拶を終えた山村は本社ビルを出た。

 乱舞する桜・・春爛漫。いよいよ、1年の3分の1を眠った山村の活動時期が始まったのである。一面に咲いた桜を見ながら山村は両手を広げ背伸びした。一匹の蛙が山村の背広ポケットでケロケロ…と鳴いた。


                  THE END

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