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(96) 失敗

 しまった! と民夫は思った。今朝は久しぶりに…と意気込んで料理を作り始めた、まではよかった。が、冷蔵庫から出した卵をつい、うっかり落として割ってしまったのだ。[不幸中のさいわい]というやつで、手にした1個だけで済んだから助かった。パックごとなら目も開けられん! …と、あとから思えた。落ちた卵は当然、割れていた。さて、あとの処理である。瞬間に民夫の手は動いていた。きたないも綺麗きれいも、そんな悠長ゆうちょうな余裕はない。床にベチャ~~と広がった卵を、そのまま放ってはおけない訳だ。フロアをきとらねば…という発想だけではなく、もったいない・・という、さもしい発想もいた。俺は貧乏性だな…と民夫は思った。

 上手い具合にフライパンは適度に熱くなっていた。民夫はフライパンをフロアへ近づけ、咄嗟とっさにコテで拡散した卵汁をすくって入れていた。殻は幾らか細かくなっている部分もあったが、ほぼ割れた状態でつながっていたから破片は、ほんの少しだった。熱が加わっているフライパンの卵は、すぐ固まりかけた。こりゃ、スクランブルだな…と早回しに掻き混ぜ、適当に味付けして一品は完成した。味は等閑なおざり味だと思え、余り期待はできなかったが、それでも食べものを無駄にはしなかったのだから…と心の安らぎ感はあった。失敗だったが、食べものの有難みを知る上では、民夫にある種のプラスを与える朝の出来事となった。

 これで、普通なら話は、めでたし、めでたし…で終わるのだが、民夫の場合は、まだ話の続きがあった。洗いものをして食器類を片づけていると、コテが笑った。

『アンタは、よく使ってくれるけど、相変わらず失敗が多いな! 慎重に慎重に!』

「はい。…はあ?」

 民夫はキッチンを見回したが、誰もいない。それは当然で、他には誰もいないのだ。だから、必然的に声がするはずがない訳である。それが、民夫の耳にははっきりと聞こえたのだ。民夫はにぶい遅れでゾォ~~っとした。


                 THE END

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