(93) 知りません…
どうも、知ったかぶりをすると損をするな…と的矢は思った。この前も、初対面の客に、変わったお名前ですな? と訊かれ、その辺りの四方山話を語ったのだ。最初のうちは話に乗ってくれた相手も、的矢が本腰を入れて語りだすと、どうでもいいような顔をした。それに始まったことではなかったが、ともかく、知ったかぶりを客にすると損をする傾向が強かった。そこで的矢は、話す人ではなく、聞く人になろうと思った。何を訊かれても、知りません…に徹しよう! という訳である。そして的矢は、それを実行した。
「いや~、そうなんですか? 知りません…」
相手は、ならば話そう! とばかりにぺチャクチャと語りだした。的矢とすれば、相手が話す内容など、どうだってよかった。聞く人であれば、相手が旋毛を曲げることはまずないのだ。ということは、結果として相手はご機嫌気分であり、的矢自身が損することは、まずない・・という結論となる訳だ。人間が持つ、知ったかぶりという自己顕示欲を逆手にとった、いわば心理的な諜略の一種である。
「ははは…、まあ、そういうことだ。詳しいことは、次、寄ったときに話そう」
相手は、ご機嫌で店を出ていった。
「有難うございましたぁ~」
計算して聞く人になっている的矢としては、すんなりと客も送り出せた。これが意識した演出でないと、主観的に相手の話を聞いてしまうから、つい感情が表へ出て損をすることになる。その客は二日後にまた店へ顔を出した。
的矢の居酒屋は、この方針で30%の収益をアップさせることに成功したのである。能ある鷹は爪を隠す・・の格言どおりだった。
THE END




