(92) 遊べない
パチンコ台を前に、向畑は気分が沈んでいた。向畑を挟み、左右の席に座る遊び仲間は楽しそうに打っている。だが、向畑は少しも楽しく、遊べなかった。向畑は、しばらく目を瞑っていたが、打つ気が起こらず、席を立った。
「おいっ! 玉、まだ残ってるぜ?」
「俺はもう、いい。使ってくれ…」
「だってよ!」
左席の男が右席の男に声をかけた。
「そうか、悪いな…。じゃあ、またな!」
向畑の去る後ろ姿に右席に座る男が声を投げた。向畑は後ろ姿のまま、片手を軽く挙げ、無言で去った。向畑は台で遊べなかった。遊ばないのではなく、遊べなかったのだ。台の賑やかなアニメ画面を見るにつけ、目が眩み吐き気がした。向畑は暗い夜道を歩きながら、遊べた昔を懐かしく思い返していた。その頃、向畑はまだ若かった。二十は越えていたか…と向畑は巡った。当時のパチンコ台は、まだ一発打ちだった。今、普通に思えば、味も素っ気もない図柄のように並んだ釘と、入ると音を立てて開く受け台のシンプルさに興奮した。天釘とか、受け台釘の打たれた角度を見て台を選ぶ高等な楽しさもあった。時代が少し進み、一発打ちに自動台も加わったが、それでもまだ十分、楽しみがあった。それが、今は…。台に愛が感じられなくなった。時間つぶしに打つこともあったが、正直、目が疲れた。激しく変化するアニメ部分に紙を張って貰いたいくらいの気分になった。そして今日、向畑は決断して席を立ったのだった。もう、席に座ることはあるまい…と思いながら。遊べない台に未練はなかった。
「あのう…、昭和頃の古い台なんですが。ありませんかね?」
「えっ? ああ…、あることはありますよ。倉庫で埃を被ってますが…」
「安く、買わせていただけませんかね?」
「はあ…いいですけどね。あんなもん、どうするんです?」
「楽しむんです。いや、飾りで…」
「ああ! レトロ装飾ですか? あの時代、よかったですからねぇ。よかったら、もってって下さい」
向畑は埃を被った台を安く手に入れることが出来た。家に帰った向畑は、台の埃を払い、綺麗に布で拭いて磨き込んだ。それが済むと、調整作業が始まった。
ひと月後、古い台は、ふたたび命を吹き込まれ、新品のように向畑の前で甦った。台は特別室の一段、高いところへ芸術品のように安置された。そして、時折り下ろされては、向畑を慰めたのである。向畑は今、気分よく遊べている。
THE END




