(84) 明日[あす]は行きます!
納期はすでに二日前に過ぎていた。若草は会社の入口で今日も製造会社が配送するトラックの到着を待っていた。卸としては、小売に催促されるまでに納品するのが取引の上で建前となっていた。いわば、卸と小売に存在する暗黙の了解というやつで、会社の信用にもなっていた。一社だけだったが、その関係が今回、崩れようとしていた。小商いならともかく、若草が担当する取引は営業全体の三分の一に相当する大きなものだった。だから今朝も、入っては出、出ては入りで、若草は外と内を小忙しく動き回っていた。
「おい! 若草、電話だ!」
「はい! どうも…」
社内へ入ったとき、同じ課の係長、焼野が若草をカウンター越しに呼んで電話を指さした。若草はカウンターから急いで入り、電話に出た。
「はい! 変わりました。いつもお世話になっております。はい! 今日中には到着すると思うんですが…」
『もう、在庫が底ついてるんですよ。お客さんが長蛇の列で、早く納品してもらわないと…。なんとか頼みますよ!』
「はあ! あいすみません! すぐに…。ええ、それはもう…。はい! すみませんで…。はい! 明日は行きます!」
若草は何度も何度も見えない相手にお辞儀をして電話を頭に押し頂いて切った。そしてまた、出たり入ったりである。
「焼野君! 小忙しいんだよ…。なんとかならんのかね、アレ!」
課長席に座る鹿口は、外へ出ていった若草を見ながら、前の係長席に座る焼野に、あんぐりした顔で催促した。
「分かりました。次、こちらへ入ったときに言います…」
「頼むよ! …行きます、行きますって、いつ行くんだ、あいつ…」
上役風を吹かせ、鹿口は偉そうに言った。最後の方は小声で呟く愚痴だった。
やがて昼近くになったが、いっこう製造会社が配送するトラックは現れなかった。若草は、家を出がけに頼んでおいた出前弁当を会社入口で食べながらトラックを待った。だが、退社時間が迫っても配送トラックは現れなかった。そのとき、電話が先方から入った。係長の焼野が、また電話に出た。ちょうど、俯き加減に若草が力なく入ってきたところだった。
「おい! 若草、電話だ!」
「はい! どうも…」
若草はカウンターから急いで入り、電話に出た。このパターンは午前中とまったく同じだった。
「はあ! あいすみません! すぐに…。ええ、それはもう…。はい! すみませんで…。はい! 明日は行きます!」
『ほんとに?!』
「ええ、間違いなく。明日は必ず行きまず。…ええ、明日は行きます!」
翌朝、若草は会社へは出勤せず、製造会社へ直接、出勤した。
THE END




