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(83) 戻[もど]り橋

 飛坂山とびさかやまを越え、平坦へいたんな丘へ出ると、蓑川みのがわと呼ばれる一本の川が流れていたそうな…。飛坂山を源流とした小ぶりの川じゃったが、そこには、蓑橋と呼ばれる古びた木製の橋が架けられておった。いつしかもどり橋と呼ばれるようになった橋じゃが、この橋には橋の名に由来する昔からの言い伝えがあったんじゃ。

 いつの時代かは知らねえけんど、吾助と呼ばれる働き者の百姓がおってのう。寝るも惜しんで農作業に汗する、よう出来た青年じゃったそうな。両親りょうおやじじさまは流行はややまいでこの世を去ってな、吾助はばばさまと二人でしばらくは暮らしておったそうじゃ。じゃが、その婆さまも寝たきりで伏せってのう、吾助は働きに外へ出ることもままならず、途方に暮れる日々が続いたんじゃ。

 そんなある日のこと、婆さまの薬草取りにと蓑川を舟で下っていた吾助は、いつものように蓑橋の橋下を抜けようとしたんじゃ。そのとき吾助は、不思議な出来事に遭遇そうぐうしたんじゃった。吾助自身には何の変哲もないあたりの景色に映っていたんじゃが、舟が橋下へと入り、橋を抜け出た途端、そこに開けた景色は今来た方向へ逆にもどった景色じゃった。要するに、橋の下流から上流へ漕いでいた舟が、橋下を抜け出た途端、上流から下流へ抜け出た・・という奇怪きっかいな現象じゃな。吾助は初めのうち、そんなこととは露ほども思わずいでいたんじゃが、しばらくしてその異変に気づいた。先ほど出たはずの船着き場へと舟が近づいていたからじゃった。吾助は唖然あぜんとしたんじゃ。しかも、舟の中には、これからりにいこうと思おておった薬草がかごの中にひと山ほどもたっぷりと入っていたんじゃ。吾助は、とりあえず舟を岸へ寄せ、冷静に考えようと思おたのじゃった。

 船着き場から岸へ上がると、いつもの景色じゃ。じゃが、家へ入った途端、吾助は目を疑ったんじゃ。流行り病で死んだはずの両親も、爺さまもいたからじゃ。ただのう、婆さまの姿だけが見えんでのう。吾助はそれとなく家のもんいたんじゃ。

「婆さまは?」

「婆さま? おめえ、どうかしちまったか? 婆さまは去年、亡くなったじゃろ? それより、おめえ、戻って来て…。今出たとこだが、何ぞ、あったけえ?」

「そ、そうじゃった!」

 吾助はあわてて船着き場へと取って返したんじゃ。そうしてな、また、舟を漕いで橋下へと入ったんじゃがのう。抜け出たとき・・そこはまた戻りの景色が現れたんじゃ。もう、訳が分からなくなった吾助じゃったが、ともかく家へ入ったんじゃ。するとのう、今度は両親と爺さまは消えせ、伏せった婆さま一人が寝ておらしたそうな。まあ、薬草は籠ん中にたんとあったそうじゃが…。吾助はその薬草をせんじて婆さまに飲ませたそうじゃ。するとあら不思議、三日みっかばかりもすると、婆さまの病はすっかりえ、元気にならしたそうな。こんことは、すぐに知れ渡った。村ん中は神仏が孝行息子を見ていらしたからにちげぇねぇ~と、もっぱらの評判になってのう。それ以降じゃ、その橋が[戻り橋]と呼ばれるようになったのは。まあ、そういうことじゃ…。


                THE END

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