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(82) 感情誘爆のプロセス

 心理学教授の酒樽さかだるは心理限界の研究にいどんでいた。人間感情の限界、感情誘爆のプロセスについてである。この研究開発は物流が主流の現代社会において、誰も着眼しない、いわば異質の研究であった。研究は助手のこうじと二人きりである。しかも、表立っては誰にも公表していない極秘研究だった。こんな研究を世間一般に公表すれば、マスコミネタでられ、みしだかれ、挙句あげくの果てにはたたかれるのが関の山に思えた。

「先生、どうとらえればいいんでしょうか?」

 街頭で通行人に向けた無作為抽出のインタビューを済まし、ボイス・レコーダー音声を解析していた麹が、少し興奮気味に言った。

「まあなぁ…。君の言い方も、おぼつかないからねぇ」

「でも先生、この内容の質問ですと、誰でも普通、こう答えますよ…」

 麹はレコーダーのスイッチをふたたびONにした。

『あんた! 失敬だよ! そんなことくのは!』

 麹が通行人に質問したのは、[あなたはご自身が生きる価値があると、お思いですか?]という内容だった。

「…初めからコレは露骨すぎたかねぇ~。あとに回した方がいいな。終わっちまうもんなぁ~」

「でしょ!?」

「ああ…やんわりと火を起した方がよかったか。これじゃ、油ですぐボッ! だもんな。だが君、このデータが集積され、研究が成果を得れば、人類は無謀な行為を制御する方法を手に入れることになるんだからねぇ」

「ポイ捨ても減りますかね?」

「ああ…、ミクロ社会ではそうなるかもな。しかし君は、相変わらず考えが、セコいねぇ~」

「いやぁ~、どうも…」

 麹は悪びれて、後頭部をいた。

 酒樽はミルクティーをすすりながら朴訥ぼくとつに答えた。

「先生、また地中海周辺で内戦らしいですね」

 麹はパソコンのデータ画面を見ながら、世間話に転じた。

「地中海に限らんだろ。世界各地で、だよ、君。この研究は、マクロ的にそうした蛮行を未然に防ぐのが目的なんだからね」

 酒樽は話を土俵に戻した。

「長引きそうですね…」

「ああ…」

「先生! 嫌だなぁ~! また、買い忘れたんですかっ!」

 麹が突然、怒りだした。

「どうした、君?」

「もう、いいです! 僕が、買っときますから…」

 麹はからになったき豆の市販袋を手にし、怒り口調で愚痴った。

「感情誘爆のプロセスは、買い忘れだったか…」

 酒樽は、ニヤリとした。


                THE END

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