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(69) 外来語

 益川は多くの聴衆を前に講演をしていた。

「…で、ありまして、誠に素晴らしい人物なのであります。私は彼を深く尊敬し、リスペクトいたしております!」

 聴衆の一人、桃葉はニタリ! と笑い、蚊の鳴くような小声でつぶやいた。

『あの人、分かってねえな…。尊敬してリスペクトする訳か…』

 聞こえたのか、桃葉の左隣りに座っていた柏木が小笑いした。

『フフッ、私もそう思いますよ。ダブってますよね』

『ええ、重複してダブってますね』

 二人は大きく笑いそうになり、かろうじて小笑いでしのいだ。それでも静寂の会場だからか、後ろ席から咳払せきばらいがした。二人は押し黙った。そして、数十秒が経過した。益川は自分の演説に酔ってきたのか、次第に声高こわだかの絶叫調になっていた。

『フフッ、後ほど…』

『はい…』

 意気投合した桃葉と柏木は、軽く挨拶を交わした。そのとき、桃葉の右隣りに座っていた梅川が呟いた。

『私も仲間に入れて下さいよ…』

 二人は無言で梅川を見て会釈した。

 益川の講演が終わり、彼は万雷の拍手を浴びて退席した。三人は笑いながら野次的な拍手を散漫さんまんたたいた。多くの聴衆は乱れながら立ち、退席を始めた。三人は座ったままだった。

「桃葉と申します。いやぁ~、参りましよ、あの方には」

 桃葉が話の先陣を切った。

「桃葉さん? 変わった苗字ですな。私、柏木です」

「梅川です」

「いや、どうも。大物ともなれば、間違いなど屁とも思わない。ああ、なりたいものです…」

 桃葉は左右に座る柏木と梅川を交互に見ながら存念ぞんねんを吐いた。

「ははは…、そのとおり! 尊敬してリスペクトすりゃ、かなりの尊敬です。最近、こういうのが多いんです。私、国語教師をやってますが、つくづく日本語の乱れが嫌になってます。若者言葉もさりながら、意味なく使う外来語が増えていけません」

 柏木は本筋を披歴ひれきした。

「私は魚河岸で働いてる根っからの魚屋ですがね。なんか最近、魚河岸から出ると話すのが怖いんですよ。猫も杓子しゃくしも外来語入れますから、こちとら、分かりゃしない!」

 梅川が怒り口調くちょうで愚痴った。

「ははは…、まあまあ。そろそろ、立ちましょうか?」

 多くの聴衆も、ある程度出て通路は空いてきていた。その状況を確認し、桃葉が二人に言った。

「そうですね…」

 柏木が同意して立ち、梅川も続いた。

「どうです?! このあと、すこしお茶でも飲みながら話すっていうのは…。こうしてお会いしたのも何かの縁です」

 桃葉が二人を誘った。

「いいですね!」

 柏木は、すぐ乗った。

「すぐ近くに茶店さてんがあります。ツリーだったかな…確か、そんな茶店ですが、どうです?」

 梅川は、よくこのあたりに出没するのか、地の利に明るかった。

「あっ! そうですか。じゃあ…」

 話はすぐにまとまり、三人は会場をあとにした。

 三十分後、ツリーの店内では笑声が渦巻き、三人は意気投合していた。

「ダメダメ! 尊敬してリスペクトしちゃ~」

「ははは…。まだ、なんか言われてましたよ。最後の方で」

「高齢者は介護だけじゃなくケアしなくてはなりません…でしたか?」

「介護してケアですか? ははは…、こりゃ、至れり尽くせりだ!」

 三人は大笑いした。しばらく話し、三人は外へ出た。辺りに暗闇くらやみが迫っていた。三人の姿が小さくなった頃、店の名を示す照明がともった。

━ ツリーという木 ━ 


                 THE END

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