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(57) 靴のご神託

 土井は疲れていた。これで三日、徹夜が続いている。休みたいとは思うが、会社の実情は予断を許さず、ここ一カ月が峠という重病人のような状態だった。あちら、こちらと、土井は新たな資金繰りに奔走ほんそうしていた。幸い、土井の活躍のおかげで会社は不渡りを出さず、どうやら回復のきざしが見え始めた。それとは裏腹に、土井の靴はすでに裏底がり切れ、明日をも知れぬ状態であった。

「よく働いてくれたが、お前もそろそろな…」

 会社からようやく解放され、家へ着いた土井は玄関で脱いだ靴をながめながら、しみじみとつぶいた。

『今、なんとおおせになられました? それは余りにれない申しよう…』

 んっ? 靴が話した! いや、そんな馬鹿な話はない。靴が話す訳がない! と、土井は靴を手に持ち凝視ぎょうしした。

わたくしでござります、ご主人さま! これだけ奉仕せし身を、ご無体にも、お見限りになられるとは…!』

 靴から出た時代言葉の声は、確かに土井の耳に聞こえた。土井は、ああ、過労のせいの幻覚か…と思った。靴を玄関下へ置いた土井は、奥の間へ入ろうとした。

『お待ち下さりませ、ご主人さま!』

 土井の背にまた声がした。土井は少しこわかったが、思いきって振り返った。すると、玄関下へ置いた靴がかすかに震動していた。

『私が申すのは、決して保身に身をやつすいい訳などではござりませぬ。歴然とした理由があるのでござります』

「どういうことで?」

 いつの間にか土井は靴に話しかけていた。

『私が、かく申すは妙かとは存じまするが、ここは一つ、ご主人さまのために申しておかねばなりますまい。なにを隠そう、私はあなた様の守り神なのでござります。この神足じんそくを後生大事になさりますれば、あなた様の幸せは疑うべくもなし。家内安全、家運隆盛!』

 どこかで聞いたような言葉だ…と、土井は思った。

「で、私にどうしろと?」

『それでござります、ご主人さま。私はもうあなた様のお足になることはできませぬ。しかしながら、ここに鎮座し、他の靴どもに霊気を与えることによりめいくだすことはできるのでございます』

「なるほど…」

『さすれば、私めを靴箱の上へ置き、安置下さりませ! 十日に一度、いや、ひと月に一度ほどもちりを払って下さりますれば、過分の幸せにて…』

「ああ、そうなんですか? じゃあ、そうさせてもらいます」

『なにとぞ、よしなに!』

 次の瞬間、靴の微かな震動は止まった。土井のひたい脂汗あぶらあせにじんだ。土井は顔面蒼白がんめんそうはくとなり、奥の間へ駆け込んだ。

 その後、土井は聞いた通り、その靴を一段高い靴箱の上へ丁重に安置した。それ以降、土井の人生履歴は右上がりの隆盛をきわめ、一家は繁栄を続けた。


                THE END

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