(55) 豆腐慕情
久品優は豆腐好きである。あの柔らかい感触が堪らん! と言うのが彼の口癖だ。その彼は、美味い豆腐を探し求めてアチコチと散策するのを唯一の楽しみにしている。平たく言えば豆腐に慕情を抱く趣味である。先だっても、こういうことがあった。
「この豆腐、色艶がいいですねぇ~」
「へへへ…嫌ですよ、お客さん。白い豆腐に色艶なんて、あるんですかぁ~?」
水槽に沈めた豆腐を綺麗に水中で切り分けながら、豆腐屋は妙な客だ? とばかりに久品をチラ見した。
「いや! それが、あるんです」
久品は自信ありげに言い切った。
「ほう、そうなんですか…。あっしには分からねえや」
「まあ、味がよけりゃ、いいんでしょうが…」
「そりゃ、そうですよ。どうです?」
「そうですね…。絹と木綿を一丁ずつ、それと油揚げを五枚ほどもらいましょうか…」
「へい! 毎度!!」
主人は馴れた動きで、注文された品を包んだ。
「安いですね!」
代金を聞き、久品は驚いた。
「へへっ、初めてのお客さんですからね、サービスですよ。それに、豆腐 通とくりゃ、こちとら儲けられねぇ~や」
「悪いね!」
「いいんですよ、お客さん。また、ご贔屓に!」
笑顔で見送られ代金も激安だったから、久品としては大満足だった。久品は手にした豆腐に、しみじみと慕情を感じた。
別に、豆腐を安く買おうと店へ入った訳ではなかったが、結果としてどの店でも安く買え、久品は重宝した。いつしか、豆腐屋仲間の口コミで、久品の名は有名になっていった。彼の通称は[褒め旦那]である。まだ久品が来てない店は注意を喚起された。久品の慕情趣味は、次第に危うくなっていった。
ところが、である。こういう慕情には、得てして天からの助けがあるものだ。久品の慕情趣味が、どういう訳かマスコミに取り上げられ、テレビや新聞、週刊各誌を賑わすことになった。彼は一躍、時の人としてスター扱いされ始めたのである。ついに、久品に一度、来店してもらおうと、全国の豆腐屋が彼を待ち焦がれるような事態となった。
それから一年が過ぎ去ったとき、久品は豆腐博士として大学に聘され、商品学の客員教授として教壇に立っていた。講義内容は、豆腐に関する慕情的研究である。
THE END




