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世界の境界を越えて芽吹く夢  作者: サクマ
第1章 漂着編
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第9話 父の考え

  

 「家や村の仕事の手伝いですか……?」


 「そう。畑仕事の手伝いや柵の補修、それと狩りの手伝いとかも手伝って貰えると助

 かる」



 ハティス族のキョウブ族長から提示された、これからの旅の準備と村に滞在する為の

代価は『労働』だった。

 もっとも明快で、もっとも妥当なモノだ。



 「まあ、言ってしまえば何でも屋をやってもらう事になるかな? 村の仕事の中で人

 手が足りない作業の応援を主にしてもらおうと思ってる」


 「何でも屋ですか?」


 「そう。先程、君は常識に疎いと言っていたね。この果ての大地の外にある普人族の

 町には色々な仕事を請け負う人達と、その人達に色々な仕事を紹介する場所があるん

 だそうだ」


 「はあ……」


 「何処かに定住せずに旅を続けるのであれば、何処へ行ってもその仕事を斡旋する組

 織のお世話には必ずなる事だろう。紹介される仕事の中には無論命の危険に関わるよ

 うなモノもあるが、さっき私が言ったような雑用のような類の仕事もあるから、この

 機会に村でそういったモノに慣れておいておくと良い」



 どうやらこの村を出て行った後の、路銀の稼ぎ方について教えてくれているらしい。

 仕事の斡旋所のような処が町にあるのであれば、そこで受けるであろう仕事の予行練

習はしておいて損はないだろう。



 「分かりました、お引き受けします。ただ、お手伝いするモノによっては出来ないの

 もあるかもしれませんが」


 「それは構わないから、その時は遠慮せずに言ってくれればいい。旅支度の準備期間

 はそうだね、十四~五日程貰えるかな?」


 「十四~五日位ですか?」



 長くても七日かそこらで準備できると思っていたが、意外と時間がかかるようだ。

 

 

 「長いと思うかもしれないが、これは我慢してほしい。武器に関して君は問題無いよ

 うだが、流石にその服装のまま旅をするワケにもいかないだろう。特にこの荒野では

 ね」


 

 カイトの腰にある剣と服装を一瞥してから、カイトの疑問に答えるキョウブ氏。



 「まあ、そう言われて見ればそうですね」


 「水や食糧については、この村にもある程度の備蓄があるから何とかなるが、装備品

 の用意に関しては少々時間をもらう事になる。私達の部族はあまり防具に関心を払わ

 ないのでね。申し訳がないがしばらくは待って欲しい」


 「はい、分かりました」


 「当面はアルテナと一緒に行動してくれ。何かわからない事があったら娘に尋ねても

 らえばいいし、私のところに来て貰ってもいい。それじゃアルテナ、カイト君を部屋

 へ案内して」


 「はい、父上。それではカイト様、二階へどうぞ」






☆★☆★☆★☆★☆★☆★





  

 カイトとアルテナは荷物を持って一緒に二階の空き部屋へ向かう。

 キョウブ氏達三人はその様子を見送り、二人が二階に上がったのを見て母親のセレン

が口を開く。



 「あなたにしては随分思い切った決断をしましたね。普人族の男性を十五日程だけと

 はいえ、家に居候させるなんて」


 「そうかい? 私だって人の子だよ、仮にも娘の命の恩人である人を荒野に身一つで

 放り出せる程、恩知らずじゃないつもりだが」


 「それは私だってそうですよ。でもいくら恩人とは言え、れっきとした男性を娘と同

 じ屋根の下に居候させ、しかも当のアルテナを世話係にするなんて。いつも子供達に

 過保護な行動をとるあなたを知る者としては、はっきり言って驚いています」


 「ルミフィナとアルテナの二人に過保護なのは間違いないから否定しない。そしてそ

 んな私が、何処の誰とも知れない男性を娘と一つ屋根の下に住まわせる事が信じられ

 ないのも、まあ分かる」


 「なら、どうしてです?」



 キョウブ氏とセレンの会話に参加するルミフィナ。



 「私だって人の親でもあるんだよ、娘の変化に気づける位にはね。父親として娘の未

 来を応援するべきじゃないかと思っただけだよ」


 「ご立派です。その言葉の直前に暴走をしていなければの話ですが」


 「うぐっ! それについては言い訳のしようもない……」


 「まあいいではありませんか、ルミフィナ。仮にもこの人が過保護一辺倒をやめて、

 自分の娘が選んだ道を応援しようと考えを改めているんですから。でもアルテナの心

 境の変化に、よく本当に気が付けましたね?」


 「そりゃあ、言葉少なめで饒舌では無かったけれど、あのアルテナが目を輝かせて嬉

 しそうに話すんだ。何かあった事ぐらいは想像出来るし、ましてその話の内容が男性

 となればね」


 「そこまで分かっていて、本当によくこの家に彼を居候させましたね?」


 「悲しいけど父親が娘にしてやれるのは、育てる事と見守る事だけ。幸せにしてあげ

 るのは別の誰かの役目だ」


 「それだけ分かっているのでしたら、あの愛情表現はどうにかして欲しかった処です

 ね。アルテナの異性に対する興味の低さは父上にも原因があるのですから」


 「……………」



 痛い処をついてくるルミフィナの言葉に、思わず黙りこくるキョウブ氏。



 「ルミフィナ、今それは横に置いといて私達も応援しましょう」


 「そうですね。あの娘(アルテナ)の恋を」




 ハティス族の村は閉鎖された村だ。

 この果ての大地の中で人口こそ単一の部族にしては多い方だが、立地上の問題から他

種族との交流が少なくどうしても閉鎖しがちになる。そしてそんな閉じた環境で一度上

がった話題は、大抵住民の知ることになる。


 村の誰もが認める程の美人であるアルテナとてそれは例外では無い。ただ、彼女に関

する事で一度も上らなかった話題がある。



 それは【恋愛】だった。


 

 これは、アルテナがこれまで男性に対してさして興味を持たなかった事が原因なのだ

が、彼女の異性への関心の低さは大きく分けて二つ理由がある。


 一つの理由は父親であるキョウブ氏の過保護。 


 村の中にはアルテナと同世代の異性は勿論いるが、こと娘に関しては過保護なキョウ

ブ氏により、小さい頃から彼らとは中々接点を得られなかった。

 そして今はそれ程ではないが、族長の娘という立場から一歩身を引かれた接し方をさ

れる事が多かった事も、理由として上げられる。つまるところ家族以外の男性と触れ合

う機会が幼いころから少なかったのだ。

 もっともそんな状況の中で、下手をすれば唯一の男性ともいえるキョウブ氏の愛情表

現(所構わず抱き着くなど)があったにも係わらず、それを受けても大の男嫌いになら

なかったのは僥倖と言える。


 二つ目の理由は単純に彼女自身の好みの問題だ。


 一応彼女自身の好みと述べたが、実際はハティス族の女性全員の好みの問題に近い。

 ハティス族は今でこそ定住し農耕も営んで生活をしているが、元々彼らは狩猟と戦い

を旨とする流浪の部族だった。それ故に女性であっても戦うことが多かった彼女らは自

然と強い者を尊び、好むようになっていった。

 この強い者を好むという傾向は現代でも続いており、現ハティス族女性陣が自身の伴

侶を選ぶ際の基準になっているのは強さだ。

 件のアルテナも例に漏れず強い男性が好んでいたが、彼女の場合はここである問題が

発生した。


 アルテナは村の同世代の男性よりも強かったのだ。


 変な男に引っかからないようにと考えたキョウブ氏の過保護さもあって、小さい頃か

ら下手な男よりも強くなるための修行を課されたわけだが、その結果、村の男性陣より

も強くなってしまい、自分より弱い男からの告白を受け入れなくなったのだ。



 アルテナが異性と疎遠になった原因の大半を占めるキョウブ氏だったが、娘が男性に

対して関心をあまり持っていないのを目の当たりにし、自分がして来た事のマズさにこ

の段階になってようやく気が付く事になった。

 過保護ではあっても、娘をいきおくれにする気は流石になかったキョウブ氏は、どう

したものかと考えあぐねていたが、思わぬ形で打開策を見出すことになる。



 その打開策の要こそ、他ならぬ『カイト』だった。



 荒野でも比較的強い部類に入るブラデバノサの群れを容易く屠り、女性であるアルテ

ナを軽んじたりせず気に掛ける優しさをもつ少年。加えてアルテナは明確に口にこそ出

していないが、カイトの容姿と体格はまさに彼女の好みでもあった。

 つまるところ『カイト・ホシガミ』という男性は、アルテナにとって完璧な理想のタ

イプだったのだ。


 これまで異性に指して興味を持っていなかった事と、自分の命を救ってくれた恩人が

自身が描く理想の男性像という事もあって、彼女は本格的に異性に対する恋心をカイト

に対して抱きつつあった。

 


 「だがそれも、この十五日間が限度だね」


 「それはどういう意味です? あなた」



 再び何処からともなく、鉄製の片手鍋を取り出すセレン夫人とすりこぎを手にするル

ミフィナ姉。

 キョウブ氏のいつもの悪い癖が出始めたと思ったようだ。



 「笑顔のままで声にドスを効かせないでくれ、怖いから。調理器具を出すのはやめて

 くれ、頼むから。二人とも早まらないでくれ、別に変な意味があって言ったんじゃな

 い」


 「それなら今の言葉には、どんな意味があって仰ったんですか?」


 「いつもみたいに父親の我儘で言ったんじゃない。彼も言っていただろう? ワケが

 あって旅をしていると」


 「それがどうしたんです?」



 キョウブ氏の言っていることを図りかねて、問いただすルミフィナ。

 その口調は正直冷たい。



 「簡単な帰結じゃないか、ルミフィナ。カイト君は旅をしなければならない理由があ

 ると言っていた。それはいつまでもこの村に長居せず、遅かれ早かれこの村を出て行

 くという事だ」


 「それは……」


 「勿論、彼が心変わりしてこの村に留まる可能性だってあるだろうが、それは限りな

 く低いと考えるべきだろう。もし、あの娘がこのまま何もせずにいたら、その時アル

 テナにまつ結末は一つだ」


 「『別れ』ですね……」


 

 キョウブ氏が言わんとしている事を察して簡潔にまとめるセレン。



 「アルテナをカイト君の世話役にしたのは、何も彼との仲を応援する為だけじゃない

 よ。彼に付いていくにしろ、別れて村に残るにしろ、何かしらの答えをアルテナ自身

 に出させる為だ。どんな形であれ、答えは自分で出して、自分の進む道は自分で決め

 なくてはならない」


 

 キョウブ氏の言葉に、セレンとルミフィナの二人は神妙な顔で深くうなずいた。






☆★☆★☆★☆★☆★☆★





 

 一階にいるキョウブ氏達が、カイトとアルテナの今後について話をしている頃、当の

本人はというと案内された二階の空き部屋の床に腰を下ろしていた。


 カイトが案内された部屋の大きさは日本でいえば大よそ六畳ほど。入り口の直ぐ右横

には木で作られた簡素な机と椅子が置かれてあり、その向かいにこれまた簡素な木組み

のベットがあった。入り口の真正面には木窓が付けられていて、それを開けると外から

心地よい風と暖かな日差しが入って来る。

 

 カイトは机の上に持っていた鞄を下ろすと、椅子にもベットにも腰を下ろさず床に直

接座り込んだ。



 「どうしたんですか? 床に座り込んで」


 「ああ、剣の手入れをしようと思ってね」


 

 腰から外した剣を横に置き、テントを出した時と同じように魔導具と思われる札を取

り出し大きめの箱を出現させ、その中から手入れ道具一式を取り出す。

 札から大きめのが箱が出てくる様を見て、感嘆の息を洩らすアルテナ。


 

 「本当に便利なお札ですね」


 「名前は見た通りで【収納札】と言うんだ。一枚の札に収納できるのは一つだけど、

 収容出来る容量はかなり大きいから工夫次第では沢山の物を持ち運びできるんだよ」 

 

 

 手入れの準備をしながら、アルテナに対して魔導具の説明をするカイト。準備が整っ

たところで立ったままでいるアルテナ声をかける。 



 「アルテナは座らないの? 立ったままじゃ疲れるでしょ」


 「座ってもよろしいんですか?」


 「いいも悪いも此処はアルテナの家なんだから。手入れするところを見学するなら、

 危ないから少し離れたところで椅子に腰を下ろした方がいいよ」


 「分かりました、それでは失礼します」



 アルテナが少し離れた位置に移動し、椅子に腰を下ろすのを見て手入れの作業を開始

する。

 カイトの剣は造りが日本刀と酷似しているせいか、手入れの方法も日本刀に行う手入

れと似たやり方で進めていく。



 まず剣を横にし、刀身が柄から抜けないように止めている目釘を、目釘抜で柄から外

していく。

 

 目釘を外し終えたら、刃を上にして軽く鯉口を切り、剣を鞘から抜き出す。


 次に左手で柄頭をしっかり握り、右手で左手の手首を軽く叩いていく。数回叩くと刀

身が柄から抜けて来たので、適当なところで柄から刀身を抜き取る。


(ハバキ)と鍔を取り外し、刀身を拭い紙で鎺元から切先に向かって拭っていく。


 数回きれいな紙で拭った後、刀身に打ち粉を万遍なくかけ別の拭い紙で拭う。この拭

う作業と打ち粉を掛ける作業を一~二回繰り返す。


 打ち粉が拭い終わった後、刀身を鑑賞して錆や細かいキズが無いか確認する。


 確認が終わった後、御刀油を染み込ませた布を刀身に万遍なく塗布する。

 

 塗布が終わったら鎺、鍔、柄の順番に刀身に戻していく。刀身を柄にしっかり納める

為に、柄頭を掌で軽く叩く。


 刀身が柄に納まったら、目釘を柄に打ち剣を鞘に納める。



 一連の作業が終わったのを見て軽く息をつくアルテナ。



 「やっぱり私達が使っている武器の手入れとは違うんですね。それに手入れの仕方も

 すごく丁寧」


 「『折れず、曲がらず、よく斬れる』の三つを非常に高い次元でかつ同時に満たす事

 を追求して作られた剣を基に造られたからね。高性能な分、取り扱いも難しいし手入

 れの仕方も細心の注意を払わなくちゃならない」


 「でも、大切に使うのはそれだけが理由ではないのですよね?」


 「勿論。【恩師様】が造って下さった事もそうだけど、【兄弟】達も一緒にそれぞれ

 の剣を一振りずつ賜った。この剣は僕と【恩師様】、そして【兄弟】達とを結ぶ絆の

 証、その一つなんだよ」


 「カイト様はお師匠様を本当に尊敬されているんですね」


 「うん。凄く尊敬しているし、目標にしている。どれだけかかっても必ずその背中に

 追いつくって誓ったんだ」


 

 子供のように目を輝かせて話すカイトの様子に、思わず微笑むアルテナ。

 

 

 「フフッ。カイト様がそこまで仰られるなんて、本当に凄い人なんですね」


 「ああ、とてもとても凄い人だったよ。凄く凄く強くて、同時にとてもとても賢い人

 だった。そして……」


 「そして?」


 「本当に、本当に優しい人だった。いや、優しすぎる(・・・・・)人だった」


 (? カイト様……?)



 アルテナはあれだけ楽しそうに語っていたカイトが最後の一言を呟いた時に、彼の顔

に浮かんだ感情を見逃さなかった。


 それは【悲嘆】。


 アルテナは知らない。

 カイト並びにその【兄弟】達と【恩師様】との間に何があったのか。

 

 アルテナには分からない。

 一瞬ではあったが、何故カイトは悲しそうな顔をしたのか。



 そして今のアルテナには、それらを知る術はない。

 彼女がこの時カイトが見せた感情の意味を知るのは、かなり後の事となる。


 

蛇足かとは思いましたが、武器の手入れの場面をつけ加えました。

刀の手入れ方法を調べた上で載せていますが、何分筆者自身がど素人なので何か誤りがあった場合は、恐れ入りますがご容赦ください。

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