第8話 アルテナの家族
林から続く道の上を、そのまま道沿いにゆっくりと馬車を走らせ、その道中を馬車に
揺られながら、村の中を観察していく。
林から伸びている道の両側には畑らしき土地が広がっていて、それを村人達が耕して
いた。そして道の先には居住区なのだろうか、木を主材料にして建てられた家屋がいく
つか見られる。
それらを眺めながら、アルテナに村の事を少し尋ねる。
「アルテナの村って、おおよそ何人ぐらいの人が住んでいるの?」
「そうですね、大体二百人強といったところでしょうか」
「この荒野の中にしては結構な人数が暮らしているんだね。アルテナの部族の人達が
信仰している、サマルティアルス様の恩恵が大きいのかな?」
「恐らくそうだと思います。稀に訪れる冒険者の方たちの話を聞く限りでは、他の種
族の村の人口は大体百人前後だそうです」
「この村は居住環境がいいからね、人も増えるか。ところで何処まで行くの?」
遠くに見えていた家屋に近づいてきたので、村の中のどこに行くのかを尋ねる。
話をしている内に、馬車は村の居住区に入ったようだ。
「このまま進んでください。私の家は村の奥まった所にありますので」
「ん、了解」
アルテナの言葉に従いそのまま馬車を進ませるカイト。村の中心にある泉を避けて、
中央の道を進んで行くと、一軒の民家の正面に辿り着いた。
「ここです。カイト様」
「うん」
家の玄関の前に馬車を止め、御者席から降りようとするが、
「カイト様。申し訳ございませんが、しばらく此処でお待ち頂けますでしょうか?」
「構わないけど、どうし・・・」
―バアァァン―
「ッ!!?」
「ア~~~~ルッテナ~~~~~~ッ!! ムベッ!?」
目の前にある家のドアが勢いよく開いたと思ったら、中から一人の男性が景気よく馬
車に向かって飛び出して来た。正確には御者席にすわるアルテナ、より具体的には彼女
の胸にめがけて。
それをアルテナは慌てるまでもなく、御者席から立ち上がると、その男の顔面に目掛
けて躊躇いなく、思いっきり蹴りを喰らわせる。
実に無駄のない流れるような動きで、蹴り技を披露した彼女に感嘆するカイト。つい
でに、その容赦のなさにも驚く。
その一方、家から勢いよく飛び出して来た件の男は、そのまま崩れ落ちて顔面をした
たかに地面にぶつけてしまい、地面の上で転がりまわっている。あまりの痛みにのた打
ち回っているようだが、それがアルテナの蹴りによるモノなのか、顔から地面に落ちた
せいなのか、その両方なのかは判断に迷うところだ。
アルテナは御者席の上から立ったまま、その男を見下ろしそして一言。
「いい加減、家に帰る度に抱きつこうとするのは止めて下さい。父上」
「父上っ!? この人がっ!?」
出会い頭にいきなり蹴りを喰らわせるものだから、一体誰なのかと思っていたが、ま
さか父親だったとは。アルテナの言葉に驚いて思わず彼女の方に顔を上げる。
「はい。この人が私の父にしてハティス族の族長であるキョウブ・ベオノラク、その
人です」
「それは分かったけど、あんな事をして大丈夫なの?」
「大丈夫です。いつもの事ですから」
随分あっさりと断言してしまう。どうやら今のやり取りは日常茶飯事らしい。
そうこうしている内に彼女の父親であるキョウブ氏が復活する。
「酷いじゃないかっアルテナ!! 一体何時になったら、可愛い娘を荒野へ狩りに行
かせなくてはならない父親の苦悩と、愛おしい娘が無事に帰ってきた事に対する父親
の喜びを込めた、この愛情表現を理解してくれんだっ!!?」
「父上、その愛情表現に問題があると言っているんです。全く、お客人もおられるの
ですから、これを機会に態度を改めて下さい」
「えっ、お客人? そう言えば何で馬車に乗っているんだ?」
今の段階になって、アルテナが馬車に乗っていると気づいたらしい。
そしてそのまま、アルテナの隣にいるカイトに目を向ける。
「えっと・・・初めまして。カイト・ホシガミといいま・・・ってあの、どうかされ
ましたか?」
自己紹介をしようとするも途中で止まってしまう。
キョウブ氏の様子がおかしい事に気づいたからだ。どういうワケか、彼の顔は雷に打
たれたかのように、驚愕した表情のまま固まっている。それとよく見ると全身がわずか
に震えているようだ。
「・・・・・・・」
「・・・あの、大丈夫ですか?・・・」
「ダメダ・・・・・・」
「はい?」
「駄目だーーーーーーーっ!!」
固まったままだと思っていたら、いきなり意味不明な奇声を大声で上げるキョウブ氏。
「いくらアルテナが認めたからといって、ヨ・・・」
―ドッグワァン!!―
また何かを言おうとするキョウブ氏を、力づくで黙らせるアルテナ。
何時の間に荷物の中から取り出したのか、その両手には調理で使うあろうフライパン
らしき物の柄が握られていた。ちなみに肝心の底の部分はキョウベ氏の頭の上にある。
どうやら、馬車から飛び降り様にフライパンらしき物で叩きつけたらしい。これは流
石に効いたのか、白目を剥いて背中から倒れるキョウブ氏。
ため息をつきつつ、そんな父親には目もくれずにカイトに向き直るアルテナ。
「申し訳ありません、カイト様。もうしばらくの間外でお待ち頂いても宜しいでしょ
うか?」
「それはいいけど。その、キョウブさん本当に大丈夫?」
白目を剥いて倒れているキョウブ氏を心配するカイト。
肉体的制裁のやり取りが日常的であっても(正直それも問題だが)、いくらなんでも
これはやり過ぎなのではないだろうか。
「本当に大丈夫です。それではしばらく失礼します」
「う、うん」
キョウブ氏の服の襟首を掴んで、当の本人を家の中に引き摺っていくアルテナ。
家の扉が閉まって程無く男性の悲鳴と共に、肉を潰すような、骨を砕くような鈍い音
が聞こえてきた。
(一体中で何をしているんだ・・・?)
最初の内は、その悲鳴の大きさと音の凄まじさに驚いていたが、時間が経つにつれ音
の凄まじさは変わらないのに、悲鳴は徐々に小さくなっていく。その様子に段々恐怖を
覚える。
(キョウブさん、本当に大丈夫なんだろうか・・・?)
仮にも大人の男性の悲鳴だけでもゾッとするというのに、その声が小さくなっていく
のだからこれは完全にホラーだ。外道の断末魔には顔色一つ変えないカイトだが、この
世界に来て初めて出会った人の身内の悲鳴となれば、いくらなんでも心配せずにはいら
れない。
それから少しして、キョウブ氏の声がついに聞こえなくなった。
(やっぱり、家の中へ止めに入るべきだったろうか・・・)
家族内での揉め事だったので、無遠慮な介入はすべきでは無いと思ったが今回それは
不味かったようだ。もっとも、もう後の祭りなのだが・・・
そんな後悔をしていると、家の扉が開き中からアルテナが顔を出してくる。
「重ねて申し訳ありません。今家の中をキレイにしていますので、もうしばらくだけ
お待ちください」
(キ・・・、『キレイに』って・・・)
「え・・・あ・・・そ、それはいいけど・・・、その血は何・・・?」
震える声でアルテナの現状を指摘する。
声が震えるのも、疑問に思うのも当然だろう。何しろ彼女の顔と半身は血で染まって
いたのだから。
しかし、アルテナはカイトからの指摘で初めて自分の現状に気が付いたらしく、
「あっ! すみません。すぐに洗い落として着替えてきます!」
そう言うやいなや、すぐに家の中に引っ込んでしまう。
(・・・・・・・・・・)
結局カイトは、そのまましばらく家の前で立ち続けることになった。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★
その後、何事もなかったように振舞うアルテナに家の中へ通されたカイト。
入ってすぐの所に大きめのテーブルが置かれていて、カイトとアルテナに向き合う形
で男性が一人座っており、その後ろに二人の女性が立っていた。
「それでは改めて紹介します。テーブルの真ん中に居るのが私の父で部族長のキョウ
ブ・ベオノラク。私達からみて父の右に居るのが母のセレン。最後に左に居るのが私
の双子の姉でルトニアです」
「初めまして、母のセレンと申します」
「姉のルミフィナです。よろしく」
紫色の柔らかい髪の女性と、赤みが掛かった金髪の女性の二人が頭を下げる。
二人ともアルテナに負けず劣らずの美人だ。セレンは成熟した柔らかい大人の雰囲気
を纏わせていおり、一方のルミフィナは妹のアルテナと同じく、凛とした雰囲気を纏っ
ている。ただし姉のルミフィナは可憐な感じを持つアルテナと違い、隙のない印象があ
る。
家族構成を見るからに、アルテナとルミフィナは顔と体の造りは母親から、髪の色は
父親からそれぞれ受け継いだらしい。キョウブ氏の髪は銀髪で、前髪に金髪のメッシュ
が入っている。
「既にアルテナから聞いていると思うが、私が父のキョウブ・ベオノラクだ。ハティ
ス族の族長を務めている。この村へようこそ」
家族の最後に自己紹介をするキョウブ氏。顔も体もボコボコだが随分しっかりしてい
る。仮にも、この荒野に村を構えて生活する部族の長を務めているのだから、弱くは無
いのだろう。
実際、外見上は長身痩躯なのだがひ弱な印象を受けない。寧ろこうして見ると、長い
過酷な戦いを生き抜いてきた者のみが放つ重厚な雰囲気を纏っている。先程目の当たり
にした親バカはまるで見受けられない。
「初めまして、カイト・ホシガミと申します。ワケあって旅をしております」
「先程は取り乱してしまい、見苦しいところ見せてしまってすまなかったね。君の事
はアルテナから大体聞いたよ。娘が奴隷商人に捕まった上、魔物の囮にされたのを助
けてくれたそうだね。父親としてお礼を言わせて貰うよ。本当に有難う」
いつ聞けたんですか、あの状況で良く聞けましたね? という疑問が湧いたが、その
ツッコミは口にしない。
「気になさらないで下さい。父親ならばご自分の娘の心配をするのは当然でしょう。
僕も彼女のおかげで飢え死にせずに済みましたし。それであの、お体の方は大丈夫で
しょうか?」
キョウブ氏のスキンシップは年頃の女性には受け入れ難いだろうが、娘を想う父親の
心情も理解出来なくはないので、一応のフォローを入れておく。それと気になったので
体の具合についても聞いてみる。
あの悲鳴と擬音を聞いた後では流石に気になる。
「心配してくれて有難う、でも大丈夫だよ。仮にもこの荒野で暮らす一族を纏める立
場にいるからね。この位ならどうってことは無い」
自分の胸板を叩いて頑強ぶりをアピールするキョウブ氏。
そんなキョウブ氏の言葉に女性陣は物騒な反応を見せる。
「あらあら、それでは今度から手加減ナシでいきましょうか?」
「そうですね。半殺し程度では足りないようですし」
「カイト様は、父上の親としての心情にご理解を示しておられますが、これに甘えて
何かある度に人目も憚らずに抱きつかれるのは迷惑ですからね」
どこに隠し持っていたのか、それぞれの調理道具を取り出す。
セレンは鉄製の片手鍋。
ルミフィナは大きめなすりこぎ。
アルテナは先程持っていたフライパン。
三者三様の調理道具だが、うっすらと血で汚れているのが正直怖い。勿論、本来の用
途は人をど突く事ではない。
「ちょっ、ちょっと待ってくれ!! いくら何でもこれ以上は死んでしまうよ!!」
「あ、あのっ! これからの事についてお話をさせて頂きたいのですが!!」
慌てて命乞いするキョウブ氏に合わせ、話を強引に変えるカイト。
いくらこの家では肉体的制裁が日常茶飯事でも、目の前でスプラッタ並みの惨劇を実
演されるのは正直たまったものではない。
当のキョウブ氏も、カイトの言葉は渡りに船だったようで、即座に話を合わせる。
「お? おおっそうだ! カ、カイト君はこれからどうするつもりなんだい?」
強引ではあるが、話が変わったのをみて調理道具大人しくしまう女性陣。
いくらなんでも、客人にして家族の命の恩人であるカイトの話を無視してまで、惨劇を
演じるつもりは流石に無いようだ。
「そうですね・・・。さし当たっては、この村にしばらくの間住まわせては頂けませ
んか?」
「それは構わないが、理由を聞いてもいいかい?」
「僕は今修行の旅をしています。勿論、修行以外にも旅の目的はあるですが、いかん
せん旅支度を満足にしていない上に、世間離れした生き方をしてきたのでこの世界の
常識等に疎いのが実状なんです。それで、出来ましたらこの村で旅支度や知識の事に
ついての準備をさせて頂きたいのです」
「それ位構わないよ。お礼代わりと言ってはなんだが、旅支度の準備と準備が整うま
での間の住まい等の滞在に関する事は私達で用意しよう」
「いいのですか?」
「君は私の娘の命の恩人なんだ。これ位はどうって事ない」
「有難う御座います。ですが僕も彼女には助けられているので、旅支度と滞在費用に
ついてはお支払いたします」
「カイト君、気にしなくてもいいんだよ?」
「いえ、やらせて下さい。『受けた御恩は必ずお返しする』ようにと【恩師様】から
も教えを受けております」
「そういう事なら。さて、どうしようか・・・」
カイトの希望を聞いて考え込むキョウブ氏。
カイトの申し出は嬉しいが、客人兼アルテナの命の恩人である彼に何かしてもらうの
は正直心苦しい。
かと言っても、何か代価のような物を提示しなくては、彼はテコでも動かないという
事は想像がつく。まだ出会ったばかりでわずかにしか言葉を交わしていないが、彼がそ
ういう類の律儀な人間であることなんとなくは察しがつく。
それに変な事は言えない。例え彼でも冗談だと分かるような提案をしたところで、女
性陣の怒りを買ってしまったら元も子もない。
しばらく頭を下げて考え込んでいたキョウブ氏だが、何か妙案が浮かんだのか、顔を
明るくして上げる
「それではカイト君。こういうのはどうかな?」