第7話 狼人族の村へ
奴隷商人達の襲撃を退けた翌日の朝。
アルテナの住む村へ向かうにあたり、カイトは一つの案を思いつく。
「彼らが使っていた馬車で、アルテナの住んでいる集落へ行こうと思う」
「奴隷商人達の馬車で、ですか?」
「うん、彼らはこの荒野での移動に馬車を使っていた。当然、このオアシスにも馬車
で来た筈だろう。なら、どこかすぐ近くに停めてある筈だと思う。追い剥ぎみたいで
気分も良くないし、魔物に襲われたかもしれないけど、徒歩での移動は正直危険だか
ら探してみてあったら使おう。それに、盗られたアルテナの荷物も馬車にあるかも知
れない」
「そうですね。探してみましょう」
「さしあたって一番最初に思いつくのは、やっぱりオアシスの西にある岩場かな?」
「私もそう思います。何しろこのオアシス付近で、馬車程の物を隠せそうなのはあそ
こ位でしょうから」
「それじゃ、行ってみようか」
「はい」
行動を決めた二人は、早速オアシスから少し離れた所にある岩場へ向かう。
およそ見渡す限り平地なこの荒野にあって、二~三メートル程の大きさの岩がいくつ
か存在している場所は、正直珍しい。その岩場の陰、オアシスから見て死角となる場所
に馬車は止めてあった。
幸運なことに馬車は魔物の襲撃は受けておらず、馬も逃げてもいない。
「こうして近くでみると結構大きな馬車だね。でも意外だな」
「何がですか?」
「飛んでいる時は気にしていなかったけど、あの奴隷商人の服の趣味の悪さからいっ
て、もっとゴテゴテに飾りを付けてる物だと思ってた」
「荒野で使用するからでしょう。あんな男でも、装飾より移動や運搬といった実用面
の方が此処では大事、と分かる程度の頭があったのではありませんか?」
「そうかもね。それじゃ、荷台の確認もしておこうか」
「分かりました」
荷台に上がり、彼らの荷物の確認を行う。
「水と食糧は結構残ってるね。彼らがどの位前から荒野で活動していたのか分からな
いけど、七人分という事を考慮しても多いような気がするけど」
「一番近い人族の集落まで相当の日数が掛かるからではありませんか? 私の集落に
も時折、他種族の冒険者の方が訪れますけど、本当に稀にしか来ません。その時は決
まって大型の馬車で来ていました」
「なら、その可能性が高そうだね。ところで、その大きい袋は何が入ってたの?」
「これですか? 中には大量の貨幣が入っていました」
重そうな袋を上げ下げして揺らして見せると、ジャラジャラと硬貨が重なり合う音が
聞こえる。
「人を売買して得たお金を使うのは気が引けるけど、背に腹は変えられない。申し訳
ないけれど、使わせてもらおう。通貨の単位と価値の説明を頼めるかな? お金とは
あまり縁の無い生き方をして来たんで、疎いんだ」
「分かりました」
袋を逆さにし中に入っている様々な貨幣を、全て馬車の荷台の上に出す。
「色んな種類と結構な量の貨幣があるね。通貨の種類はここにあるので全部?」
「いいえ、ここには無い通貨もあります。主に額の小さいモノがないですね」
「そうなんだ。じゃあ改めて説明ヨロシク」
「まず通貨の単位ですが、単位は【ペクマタ】。通貨の種類は小石貨から始まりまし
て、石貨、青銅貨、銅貨、鉄貨、小銀貨、銀貨、小金貨、金貨、大金貨、白金貨、閃
金貨の全十二種類あります。額も言った順番に大きくなっていきます。具体的には、
小石貨:一ペクマタ
石貨 :五ペクマタ
青銅貨:十ペクマタ
銅貨 :百ペクマタ
鉄貨 :五百ペクマタ
小銀貨:千ペクマタ
銀貨 :五千ペクマタ
小金貨:一万ペクマタ
金貨 :十万ペクマタ
大金貨:百万ペクマタ (金貨十枚分)
白金貨:一千万ペクマタ(金貨百枚分)
閃金貨:一億ペクマタ (金貨千枚分)
となっています。此処にある分ですと、白金貨八枚、金貨二百八十七枚、小金貨が
五百七十九枚、銀貨百三十四枚ですので、ええと・・・」
「全部で一億千五百十六万ペクマタになるね」
「凄いですカイト様! カイト様はお強いだけではなく、頭も凄い良いんですね!」
「有難う、アルテナ」
(お金の文化は異なるんだな…。それにしても白金貨で金貨百枚分、閃金貨で金貨千
枚分って、『白』は百に『閃』は千にかけてるのかな?)
割とどうでも良い事に気を掛けるカイト。
「でも、アルテナの村は荒野の中にあって他種族とあまり交流が無いみたいだけど、
お金を使う機会ってあるの?」
「先程、時折冒険者が来ると言いましたが、主に彼らとの交易に使用します」
「交易?」
「ええ。彼らは私達が果ての大地で得たモノを、私達は彼らが果ての大地の外で得た
モノを物物交換する時があります。大抵は物物交換で済むんですが、中には貨幣で取
引しようとする人達がいますので、その時に使用します」
「成程ね。ところで話は変わるけど、アルテナの盗られた荷物ってあれ?」
そう言ってカイトが指差したのは、荷台の隅の置いてある少し大きめのリュックと、
二本のナイフ。
アルテナは指差した所に置いてある荷物を見て、肯定の返事を返す。
「はい、そうです」
自分の荷物のところまで行き、自身の武器の確認を行うアルテナ。その様子を後ろか
ら見て、カイトは気になったことを問い掛ける。
「アルテナの戦闘スタイルって、ナイフを二本同時に使用して戦うタイプなの?」
「ええ。普通に剣を使って戦うこともできますが、素早く動き二本のナイフで攻撃す
るというのが、私の基本スタイルですね」
答えつつ自分の武器を装備する。取り付けている場所は自分の太腿だ。
彼女の細くて長い、健康的な脚が目に入る。
(そこに着けるの?)
気にする処が少し違うような疑問を持ったカイトだが、その後すぐに違う疑問が頭に
浮かんだので、そちらを声に出す。
「…今思ったんだけど、アルテナって御者できる? 情けないけれど、僕は馬に乗っ
たコトさえないんだ」
「それなら大丈夫ですよ。私は御者できますから」
「じゃあ、悪いけどお願いするよ」
「あの、宜しければ私が御者の仕方をお教えしましょうか? 御者席は広く造られて
いいるので、横からお教えすることも出来ますし」
「なら、重ねてお願いするよ。これから先、自分だけで馬車を操れるようにならない
といけないだろうからね」
「分かりました。……ところで、今思った事があるのですが、お聞きしても宜しいで
すか?」
「いいけど何?」
「その……カイト様は空を飛べるのですから、村まで飛んで行った方が早いのではあ
りませんか?」
至極もっともな疑問を口にするアルテナ。
だがカイトは、彼女の質問にすぐ答えず、質問に質問で返す。
「…アルテナ、もう一度空を飛びたいの…?」
「え? あ、いや、その、別にそういう意図があったわけでは…」
普段ならば相手に対し、しっかりした応対をする彼女にしては珍しく答えの歯切れが
悪い。実際、彼女の目はどこか泳いでいる。
「まあ確かに、飛んで行った方が早く着くんだろうけど…」
「!? それならっ…!!」
肯定の言葉に目を輝かせるが、
「飛行魔術って意外と疲れるんだよ? それなのに君とこの荷物を抱えて、丸一日飛
び続けろと?」
「……失礼いたしました」
その後に続く言葉に対し残念そうに頭をうなだれて、納得したアルテナであった。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★
そんなこんなで、馬車による移動を始めた二人。
馬車による移動を始めて、今日で二日目。アルテナの予想では、順調にいけば今日の
昼過ぎ頃には到着する見込みだ。今のところ魔物の襲撃も受けていない。
御者席で手綱を握っているのはカイトだ。昨日一日、アルテナにきっちり御者の仕方
を教えてもらい、何とか馬をまっすぐに進ませる事は出来るようになった。
御者席に座るカイトは、朝から気になっている事を隣りに座るアルテナに尋ねる。
「今日は朝からあまり気温が上がらないけど、この辺りってこれが普通なの?」
「ええ。気温が安定して来たという事は、村の近くまで来ていますね」
「アルテナ達ってこの辺に住んでるんだ。でも、この辺も荒野の筈なのに、どうして
気温が周りと違うの?」
「それは、私達の一族が【上位個体】を超えた存在、【上越位種】であら
れる『サマルティアルス』様の恵みを受けているからです」
「…ごめん。最初から説明してくれる?」
この世界に、神を含めて十の大種族が存在しているのは、以前アルテナから説明があ
ったとおりだ。
そして、この世界で絶対的な能力を持つ唯一の神『女神アリプト・クパスメス』が、
便宜上とはいえ他の種族と同列に並んでいるのには理由があり、その理由こそが上記の
【上位個体】と【上越位種】である。
まず【上位個体】だが、神を除く九大種族の中から時折、特に強い力と優れた知性を
持つモノが誕生する事があり、これを【上位個体】呼ぶ。
【上位個体】に至る条件は特に無く、永い年月を重ね生きてきたモノがなったり、自
身を鍛え上げた末になったモノ、最初から他と隔絶した力を持って生まれたモノなど様
々である。
その【上位個体】になったモノの中で、更に永い年月をかけて更に己を研鑽し、その
存在を高めたモノが【上越位種】と呼ばれる存在になる。特に【上越位種】は『女神ア
リプト・クパスメス』に並ぶ存在と言われ、種族によっては女神とは別の信仰対象にも
なっている。
余談だが、『女神アリプト・クパスメス』を信仰する神聖教国エピシアにとって、
【上越位種】は『女神アリプト・クパスメス』に仇なすモノとされている。これは女神
が唯一絶対の存在であるのにも関わらず、それに匹敵する力を【上越位種】が持ってお
り、その力ゆえ女神を軽んじ、敵対していると考えている為だ。
彼らにとって、【上越位種】は邪悪な存在、そして【上越位種】を信仰するモノは異
教徒として排斥の対象になっている。
ちなみに、神聖教国エピシアの住人と、女神を信仰する【アリプト聖教】の妄信的な
信徒達は、【十大種族】ではなく【唯一神と九大種族】と考えている。
「【上位個体】と【上越位種】というのがいて、その【上越位種】の一柱『サマルテ
ィアルス』様だっけ? その方の恵みを、アルテナの部族の人達が受けている事まで
は理解できたけど、それが気候の安定にどう関わってくるの?」
「遥か昔、私達の先祖は『サマルティアルス』様と【主従の契約】を結び、結びつき
の強い【眷属】として仕えるようになったそうです。『サマルティアルス』様がこの
地に移り住まわれた際、【眷属】である先祖もこの地に移住して来ました」
「ふんふん、それで?」
「その当時から、この果ての大地の荒野は過酷な環境でした。この地に移住してきた
私達の先祖の為に、水と風を司る『サマルティアルス』様は【眷属】である私達が住
む周辺一帯の環境を、住みやすいように変えて下さったと言われています」
「それが【恵み】なんだね?」
「はい。『サマルティアルス』様はその後、永い眠りにつかれてしまいましたが、今
も変わらずその恵みをお与え下さっています」
「そしてアルテナ達も変わらず【眷属】として仕えている。というワケだね?」
「はい!」
アルテナの説明を聞き終えた後も、そのまま馬車をまっすぐ走らせる。
それから程無くして二人の視界にあるモノが見えて来た。林とそれを囲う柵である。
「もしかして、あそこ?」
「ええ、そうです」
更に馬車を林の近くへ進めると、村人らしき人が林の中から四人程姿を現した。
服装を見るに男二人女二人のようだ。皆、アルテナと同じように頭部に耳を、臀部付
近に尻尾を確認できる。彼らはそのまま馬車に近づき、アルテナに声を掛けてくる。
「おかえり、お嬢!」
「お帰りなさい、アルテナ」
「ただいま、みんな」
同年代らしき村人から出迎えを受けるアルテナ。
そんな中、アルテナを出迎えた内の一人がカイトと馬車に視線を移す。
「隣りの普人族の彼は冒険者……かい? その、随分若そうで見慣れない服を着てい
るけど?」
大型の馬車と、見慣れない服をきた別種族のカイトを見ての言葉だ。
彼らはどうやらカイトを冒険者と思ったらしい。ただ、歯切れの悪い質問をしたとこ
ろを見ると、年齢的には兎も角、やはりこの服装はおかしいようだ。ついでに弱そうに
も見えるのだから余計にだろう。
「こちらはカイト・ホシガミ様。私が魔物に襲われていた危うい処を助けて下さった
命の恩人なの」
「なにっ!? 本当か、お嬢!?」
「本当よ。ブラデパノサの群れに襲われそうになったところを救って頂いたのよ」
「ブラデパノサの群れに襲われたのに助かったのか? スゲエなおい!」
「一頭、二頭ならともかく群れで襲われて、よく無事だったな?」
「アルテナが嘘をつく訳が無いけど、にわかには信じられないわね…」
「ご心配なく。強そうに見えないのは自覚していますから」
カイトの強さが信じられない面々。
当の本人も自分が強そうに見えない事を承知しているし、強そうに見せていないので
至極妥当な評価である。
もっとも、実際に助けられカイトの実力を目の当たりにしているアルテナは不服のよ
うだが。
「みんな、失礼でしょ!! カイト様は本当に私の命の恩人なのよっ!!」」
「あ、すまない。お客人、我々の同胞を救って頂いたにも拘らず、数々の非礼お許し
願いたい」
アルテナの注意を受けて、素直に頭を下げる四人。
カイトの強さを信じられないのは無理もないが、当のアルテナは命を救われたと言っ
ているのだから、頭から否定するのは確かに失礼だ。
相手が違う種族でも、自分達の非を認め謝罪する礼儀正しさを彼らは確かに持ち合わ
せている。
「大丈夫ですよ。別に気にしていませんから」
「忝い。ではお客人、我らハティス族の村へようこそ!」
「お邪魔します」
とりあえずは彼ら四人の歓待を受けて馬車を進める。
一方、当の四人は馬車についてこず、林の入り口付近に待機したままだ。どうやら元
々見張りをしていたらしい。
馬車を進めながら、先程のやりとりの中で気になった事をアルテナに質問してみる。
「そういえば、さっきの人達の中でアルテナの事を『お嬢』って呼んでいる人がいた
けど?」
「そういえばまだ言ってませんでしたね。私、ハティス族の族長キョウブ・ベオノラ
クの娘なんです」
「族長さんの娘さんだったんだ。それじゃ呼び捨ては失礼だからこれからは『さん』
付けに…」
「しなくていいですよ?」
「ハイ……」
ニッコリと微笑んだ笑顔で、カイトの提案を否定するアルテナ。
カイトとしては失礼が無いようにと思ったのだが、彼女の笑顔からにじみ出る迫力に
圧倒され、そのまま引き下がる事にした。
そのまましばらく馬車で林道を進んでいると、開けた場所に出てきた。
林の中の木々を切り倒して広げたのではなく、元からそうであったように広くなった
場所。
そこでアルテナは、隣りに座るカイトに満面の笑みで告げる。
「もう一度改めまして。我らハティス族の村へようこそ、カイト様」
第5話につづいて世界設定を載せました。
これからもちょくちょく設定を出していこうと思います。
ちなみに「1ペクマタ」=「1円」のつもりで設定しています。