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世界の境界を越えて芽吹く夢  作者: サクマ
第1章 漂着編
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第3話 獣少女との出会い

 「えっ!? ちょっ、ちょっとっ!!?」



 界徒は慌てて降下するスピードを上げる。


 馬車から落ちたのはどうやら女性のようだ。

 しかもよく見ると、手足を縄のようなもので縛られており、転がり落ちた勢いのまま

地面をころがっている。

 一方の馬車は、落ちた女性に目もくれず速度を落とすことなく走っていく。


 転がり落ちた女性には、普通の人間ならある筈のない(・・・・・・)ものがついているが、そんなこ

とはこの際どうでもいい。



 「まさか女性を縛り上げて囮にしたのかっ!? 何を考えてるんだっ!?」



 馬車に乗っている人達に憤りを覚えるが、それはとりあえず置いておき急ぎ女性の救

出に向かう。女性と馬車との距離は開いていくが、逆に女性と獣の群れとの距離は狭ま

っている。


 獣の群れは馬車から落ちた女性に気づいたらしく、狙う標的を馬車から女性に変更し

たようだ。女性との距離が一気に縮んでいく。

 女性の顔が恐怖に歪んでいくのがはっきり見える。先頭の一頭が飛びかかり、喰らい

つこうとしていた。



 「間に合ええぇぇぇっっ!!」



 左横から滑り込む形で女性を抱きかかえ、そのまま通り抜ける。

 女性に喰らい付こうとしていた獣の体に、界徒のつま先が僅かに触れる。

 まさしく間一髪。

 そのまま獣の群れと充分な距離をとり、獣たちと向き合いながら、女性の様子を確認

する。

 馬車から落ちたせいで、体のあちこちに擦り傷がついていたが、幸いにも大きな怪我

はしていないようだ。 



 「あ、あのっ…!」



 女性が突然の助けに驚き、界徒に思わず声をかける。

 女性の発した言葉は日本語(・・・)ではなかったが、界徒には彼女の言葉が理解(・・)できた。


 そのことに一瞬驚いたがとりあえず頭の隅に置いておくことにする。今、獣達とは真

正面で対峙しているのだ。獣達はすぐには飛びかからず、相手の様子を窺いながらゆっ

くりと周りを囲もうとする。

 どうやら向こうも、自分達の獲物を横取りした界徒を敵兼獲物と認識したらしい。


 界徒は、女性を抱えたまま獣達を真っ正面から睨み返し、囲まれないよう気を付け、

ゆっくりと後ずさりながら、相手を観察する。

 


 (豹…なのか…?)



 獣たちの体格を見て真っ先に思い浮かんだのは動物は豹だ。だが界徒が知る地球の豹

より一回り程大きい。

 地球の豹の体長は最大で約二メートル程だが、今界徒の目の前にいる豹もどきは少な

くとも三メートル以上はありそうだ。毛皮が赤いのもあって、実に迫力満点である。

 地球の豹との相違点は探せばいくらでも出てきそうだが、一番の違いは豹もどきの額

らしき場所に石のようなものが付いていることだろう。最初は角が生えているのかとも

思ったが、表面の光沢をみるに違うようだ。



 「グルルルルルル…」

 

 (さて、どうしたもんか…)



 眼前の獣の唸り声を聞いて、豹もどきの考察から対策に思考を切り替える。

 

 逃げることを考えてみるが、状況的には難しい。

 あの豹もどき、先程の動きを見る限り瞬発力は体の大きさに反して鈍くない。背中を

見せた瞬間どころか、目をそらした瞬間にも襲いかかってきそうだ。

 それに界徒はここ数日碌なものを口にしていない。体力の限界が近い以上、自分の動

きは通常よりも鈍くなっているはずだ。たとえこの場を逃げても、別の場所で体力がな

いところを襲われれば終わりだ。加えて今は女性一人抱えている。下手な行動は命取り

になるだろう。



 (一難去って、また一難か……)



 「私に構わず逃げて下さいっ!!あなただけでもっ……!!」



 界徒が険しい顔をしたまま、現状を考察しているのを見て女性は何を思ったのか、自

分を見捨てるよう言ってきた。勿論そんな選択は却下だ。 

 逃げ切れないのであれば、採るべき手段は一つ。

 


 「悪いけど、ちょっと我慢して」


 「えっ!? きゃああああああああぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」



 意を決した界徒は、女性を思いっきり空へ放り投げた。

 突然の界徒の行動に女性は驚きの悲鳴を上げるが、界徒はそれを無視して獣の群れに

向かって突っ込んでいく。

 一番手前に居た豹もどきも動きだし、界徒に喰らい付こうと襲いかかる。

 豹もどきの前足が迫りくる中、界徒はズボンの左腰の部分についている金属板にそっ

と触れる。

 

 界徒と豹もどきはすれ違い、界徒はそのまま走り抜き別の豹もどきに向かう。最初の

豹もどきも、すぐさま方向転換して界徒を後ろから襲いかかるのかと思われたが…




 ―ブッシャアアアアアァァァァッ!!


 


 豹もどきの右肩から左脇にかけて、勢いよく血が噴き出たかと思うとその体が二つに

割れた。

 血を吹きだして、絶命した豹もどきには目もくれずに駆け抜ける界徒には、先程には

無い変化があった。いつの間にか右手には反りの付いた片刃の日本刀と思しき一振りの

剣、左腰にはその剣のための鞘がついていた。


 界徒は豹もどきをすれ違いざまに切り抜いたのだ。恐ろしい程の剣の切れ味、そして

界徒の膂力と技量である。



 (まず一頭目!)

 


 次の標的となる豹もどきを定め、剣を横に薙ぎ上顎を切断する。



 (二頭目!)



 仲間が二頭もやられたのを見てか、他の豹もどき達も襲いかかってきた。

 界徒は振り返り比較的近くにいる豹もどき、左から迫る二体に左手を向け力を集中さ

せる。



 (印と詠唱は省略っ…!!)

 


 「『炎撃短槍(フログニア・ドラ)』!!」

 


 左手から放たれた二つの短い槍状の炎が、二体の豹もどきの喉に命中し絶命させる。



 (三、四っ!!)

 


 今度は、界徒に覆いかぶさるように上半身を上げた豹もどきがが、右側から一体迫る。

 それにたいして界徒は、フェイシングの突きのような動作で右手の剣を突出す。豹も

どきの勢いと自重もあって相手の喉を一気に貫くことに成功する。

 そのまま潰されないようにするために、自身の体と五体目の豹もどきの体をすれ違う

ようにずらし、再び駆けだす。



 (五っ!)



 駆けだしてすぐ六体目の豹もどきが口を大きく開けて、真正面から界徒に迫る。 

 喰らいつこうとするのを紙一重で右に避けて躱し、心臓があると思われる場所に向け

て剣を突き刺す。

 六体目の豹もどきは血を吐きながら倒れ動かなくなった。



 (六っ!)

 


 七体目の豹もどきをを探す。ふと後ろから殺気を感じ振り返ると、最後の一頭が五体

目と同じように覆いかぶさろうとしていた。ただ五体目は上半身だけを上げていたのに

対して、七体目は全身が宙に浮いている。

 押しつぶされた上に動きを封じられてしまったら、後は捕食されるだけだ。しかし、

腹部が無防備になっているのはチャンスでもある。

 

 剣を構え、足腰に力を溜めて跳躍する。


 豹もどきの体が界徒に迫る。



 (ラストッ!!)

 


  ―ザンッ!

   

 

 すれ違いざまに最後の豹もどきを胴切りにする。


 切られた豹もどきは、上半身と下半身に分かれ地面に崩れ落ちた。


 界徒は危なげなく着地し、剣をふり払う。それだけで剣に付着していた血糊は一滴も

残さず飛び散り、血の曇りもない新品同然の刀身になった。


 そのまま静かに剣を鞘に納刀する。


 剣を納刀し終わったその瞬間。


 

 「ぁぁぁぁぁああああああああっ!」


 「ぶべっ!?」



 先程界徒に上空へ放り上げられた女性が、界徒の頭に落ちてきた。


 為す術もなく、女性の尻に敷かれることになった界徒であった。






 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★          






 「本っ当に申し訳ありません!! 助けて頂いたのに、私なんて失礼を…!」


 「いや気にしないで。いきなりあなたを、空に放り投げた僕が悪いんだから」


 「ですが…」  


    

 界徒は彼女が口にしているのと同じ言語(・・・・)で気にしていない旨を伝えているが、先程か

らずっと女性からの謝罪を受けている。  

 彼女にしてみれば、命の恩人に対して感謝の礼を述べるより前に、当の本人の頭の上

に落ちたのだ。不可抗力および界徒の自業自得とはいえ、これは謝罪せずにはいられな

いだろう。

 もっとも、女性の体重を推測するのは邪推なのだろうが、仮にもヒト一人が頭の真上

に落ちてきたにもかかわらず、平然としているのは別の意味で気にかかる。



 「僕は本当に何ともありませんから、そんなに気にしないで。折角助かったんですか

 ら、もっと喜ばないと」


 「は、はい…」



 未だに鼻と後頭部を押さえているが、努めて明るい声で彼女に何でもないと告げる。

 彼女の心情は分かるが、まだ危険を排除できたと決まっていないのだ。すぐにでも他

の場所へ避難し安全を確保したい。ついでに言うならまだ彼女の縄を解いてもいない。



 「まず、縄を切りますからじっとして」


 「は、はい」



 とりあえず、手足を拘束していた縄を切り落とし、その上で改めて女性に目をむける。


 瑞々しい唇に、吸い込まれそうな蒼い瞳、目鼻立ちは整っており、背中の中程まで伸

びた青みがかかった銀色の髪はとても綺麗だ。憐とした雰囲気を醸しながらも、可憐と

いう言葉が似合う女性である。

 歳は界徒と同じか少し上の十八~十九歳ほどだろうか。簡素な服をきているがその上

からでも分かる体型の良さ。細身の体なのに自己主張の激しい胸元は、男なら誰でも釘

付けになるだろう。だが彼女にはそれよりも気になるものがある。


 それは彼女の頭部から見える獣耳(・・)と、臀部付近からみえる尻尾(・・)だ。



 「私の名はアルテナ、狼人族(ろうじんぞく)のアルテナ・ベオノラクと申します。危ないところを

 助けていただき、本当にありがとうございます。」



 (狼人族……)



 彼女の名前を聞き、界徒も自己紹介を行う。



 「僕の名前は…」



 『星神 界徒』と名乗ろうとして止める。


 自分はこの世界の常識について何も知らない。

 あまりにバカ正直に聞いたり答えたりしたら、間違いなく怪しまれてしまう。ようや

く話が通じるヒトに出会えたのだから、それだけは避けたい。

 用心されるのは仕方がないが、それでも可能な限り警戒心を抱かれないようにすべき

だろう。


 そこまで考え、改めて彼女の名乗りに合わせて自分の名前を告げる。


 

 「僕の名前はカイト。カイト・ホシガミです」



 「分かりました。カイト『様』」



 アルテナはカイトの言葉に元気よく答える。



 (…………ん?カイト『様』って…?)



 一応補足すると、彼は聞き間違えていない。

 


 「あの、アルテナさん。『様』は付けなくてもいいですよ」


 「いけません!! 命を救って頂いた方に対して呼び捨てなんて出来ません!!」


 

 『様』付けを断ろうとするも、思いっきり彼女に拒否されてしまう。


 

 「アルテナさん。そんな気を遣わなくても……」


 「いいえ、そんな訳にはまいりません! カイト様こそ私相手に敬語など使わず『ア

 ルテナ』と御呼び下さい!」


 

 訂正するどころか、逆に彼女からダメ押しを受けてしまう。

 それでも、カイトは彼女に対して説得を試みる。



 「いや、そんな偉そうにするのは……」


 「頑張って下さい!」


 「僕、堅苦しくされるのは……」


 「慣れて下さい!」


 「『様』付けなんて必要ないんじゃ……」

 

 「必要です!」


 「別に『さん』付けで呼んでも……」


 「不必要です!」

 

 「あの…考え直しません……?」

 

 「いやです!」


 「どうしても……?」


 「どうしてもです!」


 「ダメ……?」


 「ダメです!」


 「絶対……?」


 「絶対です!」



 結果は言うに及ばず。

 

 カイトを上目遣いで見つめるその瞳は力強く、しかも美しく澄んでおり澱みがない。

両手の拳は、豊かな胸元で揃えられている。

 彼女の意思はダイヤモンドより固く隙間もないようで、交渉の余地は無い。

 カイトは自分が折れるしかない事を悟った。

 

 

 「『様』付きでいいです……」


 「はいっ!!」



 アルテナはこれ以上ない位の笑顔で元気一杯に返事をする。


 兎も角、アルテナの問答には決着がついたので、カイトは次の行動を起こす事にする。  



 「じゃあ早速だけど、どこか…」



 グウウゥゥ~~~~~



 「…………」

 「…………」



 二人の間に微妙な沈黙が流れる。

 なお、音源はアルテナ嬢のお腹ではないことを、今ここではっきり宣誓させて頂く。


 

   

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