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望んだがゆえの顛末。





 執務を終えたその夜、ヴェナートは椅子に腰かけてぼんやりと窓の向こうを眺めていた。空気が揺れたことで、ウィードが室内に現われたのはわかったが、気にも留めなかった。


 そこに。


「ヴェナート」


 珍しくもヴェナートを「陛下」と呼ばない珍客が、ウィードの導きでいつのまにか入室していた。

 ちらりと視線を向け、やはりウィードと同じように気にも留めず、ヴェナートは視線を窓の向こうに戻した。


「久しぶりの従兄に、それか」


 勝手に喋る珍客は、先帝の姉の息子、つまり従兄であるアルヴィス・レイル・ヴァルハラであった。仲がよいと言われるほどの交流はなく、むしろ従兄弟たちはイディアードのほうとばかりつるんでいたので、ヴェナートからしてみればたとえ血縁にある従兄弟であれ他人に近い。友人とも、思っていなかった。

 アルヴィスは、なにも反応しないヴェナートに、それでも諦めることなく、勝手に長椅子に腰かけた。ウィードにお茶を頼み、沈黙が室内を包んでいようとも、一向にかまうこともない。


「おまえの御世に、多くの者が、不満を持っておる。おまえは、それをよく、わかっておるようだな」


 ウィードがお茶を用意したのか、かちゃり、という陶器のぶつかる音が静寂のなかに響く。お茶はヴェナートの分も用意されたようで、そのすぐあとに、香りのよいお茶の匂いがした。

 飲みたいと思っていたわけではなかったが、することもないので、ヴェナートもウィードが淹れたお茶を口に運ぶ。騎士のくせにこういうことができるので、ウィードには侍従の真似事もさせていた。ヴェナートの御世に不安を持つ者が多いこの皇城で、唯一絶対的な忠誠を持つウィードは貴重だ。べつに暗殺されてもかまわないのだが、とヴェナートは思っているのだが、ウィードがことごとくそれを許さないので、今の今までこの命が繋げられている。

 皮肉なものだ、と思った。

 ウィードが今までことごとく潰してきたものを、ヴェナートは今、自ら招いている。だがそれは、今だから必要なことだった。


「……なんの戯れに訪れたのか知らぬが、そなたらが案ずるようなことはなにも起こらぬぞ」

「ほう、知っておると、ぬかすか」

「仕組んだ、と言おうか?」


 半分ほどお茶を飲んでから、茶器を机に戻し、ヴェナートはアルヴィスを見下すように視線を向けた。ヴェナートのその態度が意外だったのか、アルヴィスは軽く目を瞠っている。その顔を見ることができただけでも、今日の鬱屈とした気分は晴れるかもしれない。


「おまえ……やはりっ」


 ヴェナートの態度になにを思ったのか、アルヴィスは蒼褪めたかと思うと、声を震わせた。


「われらを、躍らせておったか」

「なんのことだ」

「白を切るな! おまえは、われらの動きを、知っておったのだろう。なぜ黙っておるのだ」

「そなたらが望んだことであろう」

「なんだと?」

「余にそうあれと、望んだのはそなたらであろうが」

「……なん、と」


 くっと、ヴェナートは唇を歪ませる。


「気分がよかろう、アルヴィス。余の御世が終わるのだ、愉快で仕方なかろう」

「そ……そのようなこと、思っておらぬ!」


 がちゃん、と乱暴に茶器を卓に置いたアルヴィスは、老体とは思えない闊達とした足取りでヴェナートの机に歩み寄ると、その勢いのまま両手で机を叩いた。


「おまえの御世が続けばよいと、われらが思わなんだことが、一度でもなかったと思うか!」

「思わなかったであろうが、そなたらは。余は只人ぞ。証など持っておらぬ」

「証などなくとも、おまえであれば、聖国を正しく導くことができたであろう!」

「だが、そなたらは望んだ。余に、只人であることを。そして、イデアを弑した者であると」

「違うのであれば釈明せんか!」


 一際乱暴に机を叩いたアルヴィスは、興奮のあまり僅かに顔を赤くしていた。老体をこれ以上刺激しないほうがいいだろうと思ったが、今のヴェナートにはあまり時間がない。たまには余計な会話をしてもいいだろう。


「釈明する意味などなかろう。余は疎まれ続けた只人ぞ」

「誤解を招く言い方をするでない。真実を言え」

「自ら咽喉を掻っ切ったに決まっておろうが」

「っ! なぜそれを早う言わなんだ!」

「そのほうが、そなたらには都合がよかったであろう」

「な……っ」

「余が釈明することで、いったい誰が救われるのだ。誰も救われなかろう。余に泥を塗っておいたほうが、そなたらは動き易かったであろう。証もない、只人を皇帝に据え、そうあれと望むことで、聖国の威厳を取り戻そうとしたのであろう。見よ、あれは立派な神子だ。数百年と現われることのなかった神子が、この世に顕現した」

「……おまえ、そこまで……っ」

「神子欲しさに余を玉座に据えたそなたらは、いっそ天晴れだ。さぞ愉快なことであろうな」


 このことを、シオンが知ったら、と思うと、静かながらも昏い炎が、首をもたげてくる。


「離宮の皇子を殺そうとしたのは、そのためか……っ」

「言ったはずだ。余は、望まぬとな。余が望まれなかったように。それだけのことだ」


 欲しくなかった、と言えばいいのか。

 いや、とヴェナートは自嘲する。

 奪われたくなかったのだ、自分と、シオンの、いとしいわが子を。

 もし、ふたりめのわが子に、あの天恵さえ現われなければ。

 もし、イディアードが自害することなく、生き延びてくれてさえいれば。

 疎まれても、シオンさえいれば、それだけでヴェナートは生きていられただろう。

 なにもかも、すべてが、もう遅い。イディアードはヴェナートの目の前で自害し、永遠の愛を告げた。あなたにすべてを渡せると喜んで、この世から消えていった。そんなものは要らなかったのに、シオンがいてくれるから疎まれても生きていられたのに、イディアードの死がすべてを狂わせた。さすがはイディアードだと思う。皆から愛される存在であったイディアードは、それゆえに疎まれたヴェナートを、自分だけが理解できるのだと思っていた。その通りだ、だからヴェナートはイディアードと距離を置いていた。自分とは違うイディアードを、それでも弟として、可愛いと思っていた。そのイディアードを狂わせたのは、ほかでもない、イディアードを慕っていた者たちだ。

 あのとき、イディアードが自ら咽喉を掻っ切ったとき、叫べるものなら叫んでいた。

 おれの弟を返せ、と。

 イディアードを狂わせた世界を、ひどく憎んだ瞬間だった。

 だから、決めた。

 自分を疎ましく思っている者たちが望むように生き、望むように死んでやろう。だが、奪われたわが子をそのままにはしてやらない。その天恵は、狂わせたままにしてやる。

 それが、只人であると疎まれ続けたヴェナートの、イディアードを狂わせた者たちへの復讐だ。


「余を只人だと、あれを国主だと、そうそなたらが望んだがゆえの顛末であると知れ」

「……なぜだ……なぜそうなった、ヴェナート」

「イデアをそなたらが壊したからであろうが」

「な……んと」

「よいか、アルヴィス。余は誰も怨まぬが、イデアを壊した者たちを許す気はない。あれを……サリエを、神子に仕立て上げさせもせぬぞ。あれは余とシオンの子だ。誰にも渡さぬ」


 一瞬にして怒気を散らし、真っ青になったアルヴィスは、今にも倒れそうだった。それに鼻を鳴らし、ヴェナートは席を離れる。


「ヴぇ……ヴェナート!」


 部屋を出ようとしたところで、アルヴィスに呼ばれ、ヴェナートはちらりと振り向く。


「まさか、ウィードは……おまえの」

「余の《天地の騎士》だ」

「……皇帝に寄り添う、ただひとりの、騎士……」


 今さらだ、とヴェナートは不遜に笑い、アルヴィスに背を向ける。直後にウィードが現われると、アルヴィスは腰を抜かしたようだった。がたん、と響いた音に、しかしヴェナートは振り返らず、ウィードと共に部屋を出た。


「漸くおれをディバインと認めたか、ヴェナート」

「言い忘れた」

「なんだ?」

「余とイデアの、《天地の騎士》であったな」


 はあ、と息をつくと、ウィードのどことなく嬉しそうな気配を感じた。ウィードにもはっきりとした喜怒哀楽があったのだな、と暢気に思ったところで、不意に、身体から力が抜ける。


「! ヴェナート?」


 ふらついた身体を壁で支え、襲ってきた眩暈に目を閉じる。


 ああ時間だ、と思った。


「陛下っ?」


 ちょうどそこに、宰相ガランも現われて、ヴェナートはウィードとガランに身体を支えられる。


「知りたかったであろうことを教えてやったが……疲れたな」


 少し眩暈が治まったところで、自力で姿勢を整える。だが、その顔色を見たウィードが、ガランが、共に驚愕した。


「ヴェナート、おまえ……っ」

「まさかとは思いますが、陛下、そんな……」


 ふっと、笑った。


「シオンの許に、余を、連れていけ」


 共に逝こう、シオン。


 その声は、深夜の皇城に、小さく響いた。







*病に倒れたその日のこと、サリヴァンを幽閉から解放するために協力者が話し合いを設けたその前日の話、となっておりますが……【仮初めの皇帝、偽りの騎士。】の「Plus extra:系譜に名もなき皇族」の一部にある話し合いの前日話ですので、意味不明な内容になっておるやもしれません……orz

拙い文章で申し訳ありません。


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