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あいのじじょうのものがたり  作者: ケイト


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1/1

新しいパパ



『ごめんな、もう一緒に暮らせないんだ』


 パパはそう行って出ていった。

でもママは追いかけなかったし、怒りもしなかったから、最初は円満に別れたんだなって14歳の私は思っていた。

けれど、その翌日にそれは私の勘違いだったってことがわかった。


 パパが消えた家に、新しいパパがやってきた。

ママは新しいパパにメロメロで、それはもう、私が見てもママがこの人と浮気したんだなって確信できる程、見ていて心がキュッとするような光景だった。ママのことも、新しいパパのことも好きじゃない。


 私にとって、パパは一人だけ。

すぐに忘れることなんで出来やしない。

なのにママは新しいパパをパパと呼ぶように強要してくるし、昨日まで他人だったのに新しいパパはもう私の父親のような顔をしている。


 私の心への気遣いは、まったくないの?


「はじめまして、今日から君のパパになる……ゆうりだ、パパと呼んでくれていいからね」


「はじめまして、ゆうりおじさん」


「お、おじさん……」


 いきなり馴れ馴れしい、距離感が気持ち悪い。

確かにパパよりもカッコいい人かもしれないけれど、こんな人の前じゃ私はまったく落ち着かないし、家にいるのに外にいるような気分になる。


「あらあら、あてらったら緊張してるのかしら、昨日は新しいパパに会えるって喜んでたのに……きっとパパがカッコよくて緊張してるのかな?」


「そんなことは」


「言ってたじゃない、私が何度注意してもベットで跳び跳ねて、困ってたのよ?」


 ママの睨み付けるような瞳も、笑顔のままさらさらと水のように流れる嘘を流すその性格も私は大嫌い。

パパといた時は、もっと普通だったのに。

私だって好きな男子の前じゃ、可愛い所しか見せたくないから、不気味な新しいパパの前でいい娘といい母を演じたいのかな?

でも嫌、私はそれに乗ってあげない。


「そっか、ねぇ、あてらちゃん」


「何、おじさん」


「フフッ……僕の娘、世界で一番かわいいなって思ってさ」


 いきなり手を握られて、背筋がゾクゾクとした。

気持ち悪い、気持ち悪い気持ち悪い!

仮にも父親を自称するなら、私の表情と態度で気持ちはわかるでしょ?

頼むから離れてよ。


「さてゆうりさん、荷解きしましょう。部屋はこっちよ」


「今行くよ、さてら」


 きっと、ママはパパの部屋をおじさんに渡すんだろうな。

……その部屋はパパだけのものなのに、最低。


「そうだ、あてらちゃん。おこづかいをあげるから、これで好きな物を買うといい」


「お金で私のパパになれると思わないで」


「いいからほら、好きに使っていいからね。世界で一番かわいい君に、俺からのはじめてのプレゼントさ」


 手渡された五万円というお金は、お年玉でも貰ったことのないような大金。

けれど、感謝や儲けてラッキーと思うよりも先に、ますます私の中でこの人への好感度がガラガラと音を立てて下がっていくのが嫌でもわかる。


 金で娘を操ろうなんて、こんなの、私のパパじゃない。

私はひったくるように五万円を掴むと、靴を引っ掛けてそのまま家を飛び出した。


 ムカつく。あのおじさんも、ママも、全部が気に入らない。

けれど、手の中にあるのは今まで見たこともないような大金。

こんなお金を使うチャンス、そうそうないはず。

私は怒りに任せて、ずっと欲しかった少し高めのドライヤーと、気になっていた少女漫画を本屋で棚ごと買い漁るように山ほど買い込んだ。


 重たい袋を両手に下げて、ファミレスの席に滑り込んだ時には、すっかり外は暗くなっていた。


「帰りたくねぇー!」


 思わず漏れ出た本音のせいで、他のお客さんに見られてしまい、口を押さえてから本に視線を戻す。

ダメダメ、周囲や相手を考えないのはママと同じ人間になるってことだから!

私は絶対にそうはならない、人の心に優しく生きていくんだ。


 ボーッと本を読み、ポテトをつまみながら私は名案を思いつく。


 ……そうだ。

あのおじさんをATM代わりに利用して、お金をめちゃくちゃ貯めればいいんだ。そしたら、そのお金で本当のパパを捜しに行って、一緒に暮らせるはず。


 名案、のはずだった。

けれど、財布を開いて残金を数えた瞬間、血の気が引いた。

ドライヤーと大量の漫画、それにファミレスの代金。手元に残っていたのは、一万円にも満たない数千円だった。


 自分のバカさに、猛烈に嫌気が差す。

計画を思いつく前に、感情に任せて使い果たしてしまった。


「パパにお金は考えて使いなさいって言われてたんだっけ……一緒にいてくれたら、きっと止めてくれてたんだろうな」


 本当のパパは、今どこにいるんだろう。

スマホの画面を開き、パパが実家に帰っている可能性を考えて、おばあちゃんの家の住所を地図アプリで確認する。

きっと、パパなら私を待ってくれているはずだ。

ママの浮気で、私と離れて一人だから絶対に寂しいはず。

もっといい子になって、今度はパパにいっぱい恩を返すんだ!


 そう自分に言い聞かせながら、時間を潰すために買いたての少女漫画のページをめくった。

だけど、さっきまでのワクワク感は消え失せ、文字はちっとも頭に入ってこない。

未来はともかく、今日のこの憂鬱さが邪魔してるのね。

こんな気持ちで漫画読んだことないっての!

あんなおじさんに趣味まで妨害されてたまるか、少女漫画の鬼と呼ばれた私を舐めるなよ。


 夜が更けて、これ以上は外にいられない時間になり、補導されて面倒なことになる前にと思い、私は重い足取りで嫌々家に帰った。

玄関を開けると、家の中に満ちていたのは、パパがいた頃には嗅いだこともない高級な酢飯と、生魚の匂いだった。


 リビングのテーブルには、出前のーーおそらく特上寿司の桶が置かれている。

そしてあのおじさんは、当然のような顔をして、昨日までパパが座っていた"あの指定席"に腰掛けていた。


「 ゆうりさん、あーん 

「はいはい、さてらは甘えん坊だなあ」


 ママが、あのおじさんに寿司を食べさせてあげている。

見たこともないような笑顔で、それはもうラブラブと、二人だけの世界を作っていた。

パパがいた頃のママは、もっと静かで、落ち着いた人だったのに。


 ママのあまりの変わりぶりと、目の前の吐き気のするような光景に、私の食欲は一瞬で消え去った。

私がリビングの隅で立ち尽くしていると、おじさんがねっとりとした視線をこちらに向けて、ニヤリと笑った。


「おかえりなさい、あてら」


「……どうも」


「ほら座って、あてらと相談してね、今日は寿司を取ったんだ。きっと気に入るよ」


 お前がいる時点で気に入らないって、言ってやりたい。

こんなことなら、もっとポテトを食べてお腹いっぱいにしておけばよかったなぁ。


「さあお姫様、こちらが大トロでございます」


 おじさんは、自分が使っていた箸で大トロの握りをひょいとつまむと、私の口元へと突き出してきた。

拒絶する間も与えない、有無を言わせない圧力がそこにはあった。

口を開けろ、と言わんばかりに迫ってくる生魚。


 ママの手前、これ以上空気を壊すわけにもいかず、私は嫌々それをつまみ取るように口に含んだ。

脂の乗ったトロの味なんて、全くしなかった。

ただただ、生温くて気持ち悪い。


 最悪なのは、その直後だった。

おじさんは、私が今しがた口に含んだその箸を、平然と自分の口に戻し、チュッと音を立てるようにして含んだの。


「美味しいでしょ、お姫様」


 満足そうに目を細めながら、私をじっと見つめてくる。

 

 気遣いがまったくないなんてレベルじゃない。

わざとだ。

私に、明確な間接キスを実感させて、楽しんでいるんだ。

背筋に、冷たいヘビが這い上がったかのような凄まじい悪寒が走った。

気持ち悪い。

今すぐ洗面所に走って、口をゆすぎたかった。


「もう、ゆうりさんったら! あてらばかりずるい! 私にもあーんして!」


 隣で、ママがキーキーと声を上げた。普段のママからは想像もつかない、電話口でしか出さないような、脳がとろけそうな猫なで声。

おじさんの関心が娘に向いたことへの、小さな焦りと嫉妬が混じった声だった。

安心してよママ、私はママと違ってこんな人は絶対に選ばないから。


 これが、これからの私の日常になるんだ。

目の前が真っ暗になるような絶望感に襲われる。

 

 おじさんのニヤついた顔も、男に狂ったママの甲高い声も、この家に満ちる匂いも、すべてが私を窒息させようとしていた。

早く、ここから出なくちゃ。一刻も早く、本当のパパのところへ行こう。


 私はおじさんから視線を逸らし、握りしめた拳に爪が食い込むほど、強く、強く心に誓った。

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