表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

29/29

第28話:軍師のいない朝 ―未来という名の、手付かずの資産―(最終回)

AI『ロゴス』による管理が「推奨」に格下げされ、九龍の街に不器用な喧騒が戻ってから数年。

かつて世界を裏から操った軍師・ゼノスの名は、教科書の片隅に載る程度の過去となりました。

効率は下がり、無駄な悩みは増えましたが、人々の表情には「自分で選んだ」という誇りが宿っています。

そんな世界で、一人の青年が、かつての事務所跡地を訪れます。

それは、偉大な知略の終焉と、名もなき未来の始まりを告げる物語。

九龍の朝は、再び騒がしくなっていた。

 ロゴスが算出した「最適な起床時間」を無視して、二度寝を楽しむ者。朝から不健康に油の乗った屋台飯を頬張る者。

 かつてのゼノスが見れば「非効率の極み」と一蹴したであろう光景が、今の九龍の、最も美しい資産だった。

「……ここも、ずいぶん変わったな」

 一人の青年が、再開発で公園となった「旧・ゼノス事務所」の跡地に立っていた。

 彼は白銀のコートも、黄金の瞳も持っていない。ただ、この街のどこにでもいるような、平凡で、少しだけ未来に期待を抱いている若者だった。

 公園のベンチには、老婦人となった一ノ瀬凛が座り、鳩にパン屑を投げていた。

 彼女の隣には、分厚い眼鏡をかけた老紳士――九条蓮が、難解な数式ではなく、詰将棋の本を熱心に読み耽っている。

「……あ、あの。お二人は、ここにいた『軍師』のことを知っていますか?」

 青年が声をかけると、凛はゆっくりと顔を上げ、穏やかに微笑んだ。

「ええ。……とっても意地悪で、冷たくて、でも……誰よりも『人間』を信じていた投資家のことね」

「その人は、どこへ行ったんでしょうか? 記録ログでは、あの日、自分を消去したとありますが……」

 九条が本を閉じ、公園の隅に咲く、名もなき雑草を指差した。

「彼はね、自分という巨大な『資本』を、この街の至る所に分散投資したんだよ。……君が今、なんとなく『あっちの道に行ってみよう』と思ったその直感や、誰かのために損をしてもいいと思ったその不合理さの中に、彼は生きている」

 青年は、不思議そうに自分の手を見た。

 自分の中にある、小さな、けれど確かな意志。

「……コンサルタントがいなくても、世界は回る。……でも、彼がいたから、僕たちは『正解』じゃなくて『納得』を選べるようになった。……そう思いませんか?」

 凛は、懐から一本の銀の万年筆を取り出した。

 もう一滴のインクも出ない、ただの金属の塊。

「……さあ、どうかしらね。彼はきっと、今頃どこかで、この不効率な世界を見て『なんてずさんな経営だ』って呆れているはずよ」

 風が吹き抜け、公園の木々がざわめいた。

 青年は二人に会釈をして、自分の目的地へと歩き出す。

 彼の手帳には、自分なりの「明日の計画」が書き込まれていた。それは誰に強制されたものでもない、彼自身だけのポートフォリオ。

 凛は、去りゆく青年の背中を見つめながら、空を仰いだ。

 かつて神々を買い叩いた黄金の瞳は、もうそこにはない。

 けれど、朝焼けの光の中に、一瞬だけ。

 白銀のコートを翻し、満足そうに街を見下ろす「あの男」の幻影を見た気がした。

「――お前の人生だ。……好きに、経営しろ」

 耳元で、懐かしい声がした。

 

 九龍の朝が明ける。

 軍師のいない、けれど、一千万人の「軍師」たちが自分の足で歩き始める、最高に非効率で、最高に輝かしい朝が。

 ――異世界コンサル戦記・第4章「清算編」。

 これにて、全ての業務を終了クローズいたします。

第28話、最終回までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

第4章のテーマは、**「英雄が不要になる世界こそが、英雄が目指したゴール」**でした。

コンサルタントという職業が廃れていく中で、ゼノスが遺した最大の資産は、人々の心に灯した「自分自身への信頼」だったのかもしれません。

物語は終わりますが、ゼノスのスピリットは、今この瞬間を生きる皆様の「不合理な、けれど愛おしい選択」の中に、きっと生き続けています。

「最後の一行に救われた……」「ゼノス、最高のコンサルをありがとう!」

と感じていただけましたら、ぜひ最後に

・ブックマーク登録

・下の【☆☆☆☆☆】評価

で、この物語の「最終決算」を彩っていただければ幸いです。

皆様の人生という市場が、これからも「納得」に満ちたものでありますように。

長らくのご愛読、心より感謝申し上げます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ