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第20話:無限の価値 ―軍師が遺した最高のポートフォリオ―(最終回)

一千万人の命を「価値」に変え、世界経済連盟の艦隊を退けたゼノス。

しかし、数千万人の意志という膨大な情報を、生身の魂で処理し続けた代償は、彼の存在そのものを消滅させようとしていました。

透けていく体、薄れていく意識。

パニックに陥る凛と九条に対し、ゼノスは最期に「軍師」としてではなく、「一人の男」としての言葉を遺します。

魔都・九龍に昇る太陽が、彼らの物語を優しく包み込みます。

…世界経済連盟の艦隊が撤退の進路を取り、九龍の空に静寂が戻った。

 だが、勝利に沸く下層区の人々とは対照的に、崩壊した地下サーバー区の一角では、悲痛な叫びが響いていた。

「……嘘。嘘だよ、ゼノスさん! なんで……なんで触れないの!?」

 凛が伸ばした手は、ゼノスの肩をすり抜け、ただ虚しく空を切った。

 ゼノスの体は、白銀の粒子となって、足元からゆっくりと夜明けの風に溶け始めていた。

「ゼノス、待て! 今、再構築のプログラムを組む! 僕の演算能力のすべてを貸すから、存在を固定しろ! 頼む、行かないでくれ!!」

 九条蓮が、涙で画面が見えないほどになった端末を必死に叩く。

「……よせ、九条。……計算違いじゃない。これは、私が最初から織り込んでいた『コスト』だ」

 ゼノスの声は、どこか遠く、透き通った鈴の音のように響いた。

 彼は、泣きじゃくる凛の頬に、透ける手をそっと近づけた。感触はない。けれど、彼には彼女の心の痛みが、どんな数字よりも鮮明に伝わっていた。

「……一ノ瀬。泣くな。……私はかつて、王のために国を焼き、誰にも愛されず、誰のことも信じずに死んだ。……そんな私が、この歪な街で、お前たちという『想定外の宝物』に出会えた。……これ以上の利益あがりは、私の人生にはない」

「嫌……利益なんていらない! 魔法も、お金も、九龍もいらないから……隣にいてよ!」

 凛が、ゼノスの胸があった場所に顔を埋める。そこにはもう、物理的な質量はほとんど残っていない。

「……九条。……九龍を、頼むぞ。……この街はもう、私の知略という杖がなくても歩けるはずだ。……一千万人の『生きたい』という意志こそが、世界で最強の通貨なんだ。それを……守ってやってくれ」

「……ああ……分かってる。分かってるよ、ゼノス! ……でも、君のいない世界を、どうやって分析しろって言うんだ……!」

 九条は、拳を地面に叩きつけ、子供のように慟哭した。

 ゼノスの体は、すでに腰から上が光の帯となっていた。

 最期の瞬間、彼の脳裏を駆け巡ったのは、前世の血塗られた戦場でも、冷徹な数式でもなかった。

 凛が作ってくれた不格好なおにぎりの味。九条と夜通し議論した、どうでもいい経営理論。

 そんな、一円の価値にもならない「思い出」が、彼の魂を最も深く、優しく満たしていた。

「……一ノ瀬。……お前に、最後のアドバイスだ」

 ゼノスが、凛の耳元で囁く。

 

「……自分自身の価値を、他人の物差しで測らせるな。……お前は、私が全存在を賭けて投資した……世界で唯一の、無限の価値を持つ『希望』なんだからな」

 ゼノスの瞳に、一筋の光が宿る。

 彼は満足そうに微笑み、そのまま朝焼けの中に溶けて消えた。

 あとに残されたのは、ゼノスが愛用していた、一本の折れた万年筆。

 そして、凛の手の中に現れた、一通のデジタルレターだった。

 ――『九龍再建計画書:最終項。 担当:一ノ瀬凛、九条蓮。 追伸:幸せになれ』

「……バカ……。最期まで、コンサルタントなんだから……」

 凛がその手紙を抱きしめ、朝日の中で泣き笑いの表情を浮かべた。

【数年後】

 九龍は、変わった。

 かつての「魔都」の面影は残しつつも、そこは世界で最も自由で、最も活気のある「共生都市」として再誕していた。

 街の中央に立つクリスタルの塔。その展望台で、一人の女性が風に吹かれていた。

 一ノ瀬凛。今や九龍を代表する企業のCEOとなった彼女は、忙しい業務の合間に、いつもここを訪れる。

「――凛さん。次の会議、世界経済連盟との和平交渉の準備ができました」

 背後から声をかけたのは、凛々しいスーツ姿の青年。九龍の技術顧問であり、世界最高のプログラマーとなった九条蓮だ。

「ありがとう、九条君。……彼なら、今の九龍をなんて言うかな?」

「きっと、『効率が悪い、私がやり直そう』って言って、万年筆を回すんじゃないかな」

 二人は顔を見合わせ、小さく笑った。

 

 ふと、凛の視界に、雑踏の中を歩く一人の男の背中が映った。

 トレンチコートを羽織り、悠然と歩く、どこか懐かしい後姿。

 

「……ゼノスさん?」

 凛が駆け出し、人混みをかき分ける。

 だが、そこには誰もいなかった。ただ、風に舞う一枚のレシートが、彼女の足元に落ちていただけだった。

 レシートの裏には、走り書きでこう記されていた。

 『現在の幸福指数:計測不能(無限大)。 経営状況:良好。』

 凛は空を見上げ、眩しそうに目を細めた。

 伝説の軍師は、もうどこにもいない。けれど、彼が遺した「価値」は、この街の至る所に、そして彼女たちの心の中に、永遠に息づいている。

 ――異世界コンサル戦記・第2章「九龍編」。

 これにて、全ての清算を完了。

最後までお読みいただき、本当に、本当にありがとうございました。

孤独な軍師ゼノスが、凛や九条というかけがえのないパートナーに出会い、最期に「自己犠牲」ではなく「未来への投資」として姿を消す物語。

第2章のテーマは、**「失われない価値」**でした。

ゼノスは消えてしまったかもしれません。ですが、彼が変えた世界と、彼が救った魂は、これからも続いていきます。

「涙が止まらない……最高の最終回でした!」「ゼノス、どこかで生きていてほしい!」

と思ってくださった皆様、ぜひ最後に

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で、ゼノスの旅を締めくくっていただければ幸いです。

皆様の応援という「投資」が、またいつか、ゼノスを新しい市場へと呼び戻すかもしれません。

ご愛読、ありがとうございました!

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