第19話:無価値の逆襲 ―一千万人の株主―
八部衆を倒し、瓦礫の街を自らの知略で再生させ始めたゼノス。
しかし、その輝きを「不法な利益」と断じ、世界経済連盟(WEF)の巨大艦隊が九龍の上空を埋め尽くします。
「九龍は、国際法に基づき更地にする。住人はすべて強制退去だ」
無慈悲な宣告。武器を持たぬ民衆は、再び絶望に沈みます。
だが、ゼノスは笑いました。
「この街には、まだ計上されていない『資産』がある」
一千万人の貧しき人々。彼らの「命」を、世界最強の武器へと変えるゼノスの最終計略が始まります。
…九龍の空を、鉄の雲が覆った。
世界経済連盟――国家すら従わせる超巨大利権組織の監査艦隊。その旗艦から放たれた拡声魔法が、再生を始めた街を震わせる。
『――通告する。九龍区は未認可の経済活動拠点と断定された。一時間以内に全住民は退去せよ。抵抗する者は「負債」と見なし、物理的に消去する』
「……そんな。せっかく、みんなで瓦礫を片付けて、水が出るようになったのに……!」
凛が、泥だらけの拳を握りしめ、上空を睨みつける。
せっかく取り戻した「明日」が、再び強者の論理で踏みにじられようとしていた。
「ゼノス……。多勢に無勢だ。彼らのバックには世界中の軍隊がいる。僕たちの『九龍通貨』なんて、彼らの承認一つで紙屑にされてしまう……!」
九条蓮が、絶望に打ちひしがれて膝をつく。
だが、ゼノスは動じなかった。
彼は、かつてヴォルカンが焼き尽くした地下サーバーの残骸に腰掛け、一人の少女――先ほど水を分けた、足の不自由な少女に優しく語りかけていた。
「……お嬢ちゃん。お前はこの街が、好きか?」
「……うん。おじちゃんが光をくれたから、お母さんの病気が良くなったの。……ここを、壊されたくない」
少女の澄んだ瞳。
ゼノスは、かつて前世で裏切られた主君アルヴァに、一度も向けられなかった「混じり気のない信頼」をそこに見た。
「……そうか。ならば、お前の『好きだ』という気持ち、私に投資してくれないか?」
ゼノスが立ち上がる。
彼の瞳が、黄金から透明な「無」の色へと変わる。
「九条。世界経済連盟の全通信網を開け。……一ノ瀬。お前は、九龍の一千万人の住民に、私の言葉を伝えろ。……『今この瞬間、お前たちの命を私に預けろ』とな」
「……えっ? 命を……?」
「そうだ。……これは、世界で最も危険で、最も美しい、**【人命による敵対的買収】**だ」
ゼノスが空中に、巨大な魔導幾何学を展開する。
それは今までのような攻撃術式ではない。
九龍に住む一千万人の「心拍数」「脳波」、そして「生きようとする意志」を、リアルタイムでデジタルトークンへと変換する、前代未聞のシステム。
「――【次元連結・共有価値】!!」
次の瞬間、九龍全体が眩い光に包まれた。
上空の艦隊から放たれた「強制解体」のレーザーが、街に触れた瞬間に霧散する。
『……な、何事だ!? なぜ攻撃が効かん!?』
艦隊の司令官が狼狽する。
「……無駄だ。司令官。……今、この街の一千万人の住民は、全員が『九龍という企業の株主』となった。……そして、この街が傷つけば、世界中の株価が連動して暴落するように、私の演算で世界市場をハックし、直結させた」
ゼノスの声が、空を突き抜けて響く。
「……お前たちが九龍を撃てば、お前たちのスポンサーである大国も、銀行も、すべてが破産する。……お前たちは、自分たちの『財布』を撃つ勇気があるか?」
静寂が訪れた。
一千万人の命。その重みを「時価総額」に変換し、世界を人質に取ったのだ。
艦隊は、引き金を引けなかった。
自分たちの利益を何よりも優先する組織にとって、ゼノスが仕掛けた「心中」という名の投資は、絶対に逆らえない呪縛だった。
「……ゼノス。君は、本当に……」
九条が涙を流しながら笑う。
一千万人の弱者が、最強の軍隊を退けたのだ。
「……一ノ瀬。九条。……お前たちが守りたかったものは、これか?」
ゼノスが空を仰ぐと、一千万人の住民が、歓喜の声を上げていた。
それはかつての戦場では一度も聞けなかった、勝利の勝ち鬨ではなく、**「生きていていい」**という、魂の祝福。
「……はい。……はい! ゼノスさん!!」
凛が、ゼノスの首に抱きついた。
軍師として生まれ、孤独の中で死んだ男。
そんな男が、今、自分を必要としてくれる数千万の家族(株主)に囲まれていた。
だが、代償はあった。
一千万人の意志を一身に引き受け、世界市場と連結させたゼノスの体は、魔導の過負荷によって、ガラスのように透け始めていた。
「……ゼノス……さん? ……体が……透けてる……?」
凛の震える声。
ゼノスは穏やかに微笑み、彼女の頭をそっと撫でた。
「……心配するな。……これは、少しばかりの『精算』だ」
完結まで、あと一話。
軍師が最後に見せる「利益」は、自分自身の命か、それとも――。
第19話をお読みいただきありがとうございます。
一千万人の命を盾にするのではなく、一千万人の命に「価値」を与え、世界を黙らせる。
ゼノスの計略は、常に冷徹でありながら、その根底には深い人間愛が流れています。
自分の存在を賭けて、九龍を、そして凛たちの未来を守ったゼノス。
彼の体が消えゆく中、物語はいよいよ最終回へと向かいます。
「一千万人の株主という発想に鳥肌が立った!」「ゼノス、消えないで……!」
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次回予告
光の中に消えゆくゼノス。
彼が遺したのは、一通の「経営改善書」と、九龍の美しい未来だった。
「一ノ瀬。九条。……お前たちなら、もう、私が居なくてもやっていける」
第2章、感動の完結。
最終回(第20話):『無限の価値 ―軍師が遺した最高のポートフォリオ―』




