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第18話:瓦礫の聖域 ―再生という名の最大利益―

絶対的な支配者・八部衆が消滅した九龍。しかし、訪れたのは平和ではなく、秩序の崩壊でした。

インフラは寸断され、通貨は紙屑と化し、暴徒と化した群衆が街を焼き尽くそうとしています。

勝利の余韻に浸る間もなく、ゼノスは瓦礫の山に立ちます。

「壊すのは一瞬だが、創り出すのは一生だ」

かつて戦場を焼き払うことしか知らなかった軍師が、初めて「守り、育てる」ための戦いに挑みます。

…黄金のドームが崩落してから三日。

 九龍の空は、立ち上る黒煙によって、再び分厚い雲に覆われていた。

「助けて……誰か、助けて……!」

 下層区の広場。かつてシエラが贅を尽くしたホログラム広告が投影されていた場所は、今や負傷者と、住処を失った人々の呻き声で溢れていた。

 八部衆という「重石」が取れたことで、九龍という巨大なシステムは、自重に耐えきれず内側から崩壊を始めていたのだ。

「ゼノスさん……これじゃ、倒す前より酷いですよ……」

 凛が、泥に汚れた手で、幼い少女に配給の水を差し出しながら、力なく呟いた。

「当然だ。……恐怖で統治されていた場所から恐怖を取り除けば、残るのは『無秩序』という名の猛毒だけだ」

 ゼノスは、瓦礫の山の上に腰掛け、手垢のついた九龍の構造図を眺めていた。

 彼の周りには、怒り狂った暴徒たちが鉄パイプを手に詰め寄っている。

「おい! あんたが八部衆を倒した『コンサル』か!? どうしてくれるんだよ! 電気も来ねえ、食い物もねえ! これが、あんたの言う『自由』かよ!」

 九条蓮が、青ざめた顔でゼノスを庇うように前に出る。

「やめろ! ゼノスがいなければ、君たちはあのまま家畜のように搾取されていたんだぞ!」

「家畜の方がマシだったよ! 飢え死にすることはなかったんだからな!」

 暴徒の一人が、ゼノスに向かって石を投げた。

 石はゼノスの頬をかすめ、一筋の血が流れる。だが、ゼノスは避けることもしなかった。

「……九条。退いていろ」

 ゼノスが静かに立ち上がる。

 その瞬間、彼の背後から、目に見えるほどの「圧」が放たれた。黄金の魔力ではない。それは、数多の修羅場を越えてきた、真の「王の軍師」が持つ威厳。

「……お前たちが欲しがっているのは、パンか? それとも、明日の安心か?」

「……あ、ああ……?」

 暴徒たちが、その声に気圧されて足を止める。

「パンが欲しいなら、隣の奴から奪え。だが、明日もパンが食べたいなら、私に従え」

 ゼノスは、懐から一振りの短剣を取り出した。それは武器ではない。九龍の地下、ヴォルカンとの戦いで回収した「高純度のエネルギー触媒」の欠片だ。

「――【次元連結・地域通貨『九龍クーロン』】、発行」

 ゼノスが短剣を地面に突き立てた。

 すると、瓦礫の中から青白い光が走り、九龍の全域に張り巡らされていた光ファイバーの残骸が、再び脈動を始めた。

「九条。今この瞬間から、この街の『残存酸素量』と『瓦礫の撤去量』を担保にした、新しい通貨システムを稼働させる。……一ノ瀬。お前は、この光に触れた者たちに伝えろ。『働いた分だけ、この光が食料に変わる』とな」

「……! 瓦礫を片付けることが、そのままお金になるってこと……?」

 凛の目が輝く。

「そうだ。……私はかつて、王のために国を焼いた。……だが、今は違う。お前たちが生きるために、このゴミ溜めを『黄金の城』に書き換えてやる」

 ゼノスの指先から、複雑な数式が空中に展開される。

 それは攻撃のための幾何学ではない。人々の労働力を、即座にエネルギーと食料の配給に結びつける、究極の「共生アルゴリズム」。

 最初は疑っていた暴徒たちが、一人、また一人と、瓦礫を運び始めた。

 一人が動けば、光が灯る。

 二人が動けば、水が出る。

 

 街が、呼吸を取り戻していく。

 ゼノスは、その光景を遠くから見つめていた。その横顔には、かつての冷徹な軍師の面影はなく、どこか慈愛に満ちた、穏やかな表情が浮かんでいた。

「……ゼノスさん。あなた、本当は……こういうことがしたかったんですね」

 凛が、隣に座り、そっとゼノスの肩に頭を預けた。

「……。柄ではないな。私はただ、非効率な無秩序が嫌いなだけだ」

 嘘だ。

 九条は、ゼノスの震える拳を見て確信した。

 彼は今、前世で果たせなかった「民との約束」を、この九龍で果たそうとしているのだ。

 だが、その再生の光を、上空から冷たく見下ろす瞳があった。

 九龍の崩壊を聞きつけ、世界中から集まってきた「ハイエナ」たち。

 真の敵は、八部衆という内側の怪物ではなく、外側に広がる「底なしの資本の闇」だった。

「――美しい再生だ。……だからこそ、買い叩き甲斐があるというもの」

 次なる脅威、世界経済連合の「監査官」が、九龍の門を叩こうとしていた。

第18話をお読みいただきありがとうございます。

勝利の後に待っていた、泥臭い再建の物語。

ゼノスが初めて「自分のためではなく、他者のために」その知略を振るう姿を描きました。

石を投げられても動じず、人々に「明日」を売る姿は、まさに真の軍師の帰還です。

「ゼノスの背中に泣ける……」「再建システムが格好良すぎる!」

と思ってくださった方は、ぜひ

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第20話の完結に向け、九龍の運命は再び大きなうねりに飲み込まれます。

次回予告

九龍に現れたのは、国家を超えた超巨大利権組織『世界経済連盟(WEF)』。

「不法拠点の解体」という法の大義名分を掲げ、再生し始めた九龍を再び更地にしようとする。

ゼノスは、一人の少女と、一千万人の住民の命を天秤にかけられる。

「……私の顧客を、勝手に査定するな」

第19話:『無価値の逆襲 ―一千万人の株主―』

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