第13話:情報の深淵 ―冷却水の底に眠る遺言―
シエラの暴挙を力技で止めたゼノスでしたが、次なる八部衆【水】のミハイル・羅によって、その事実は「感動的な避難訓練」へと歴史改竄されてしまいました。
民衆の記憶すら書き換える情報の錬金術。ゼノスは、書き換え不可能な「真実のオリジン」を掴むため、九龍の最下層よりもさらに深い、巨大サーバー群が沈む冷却水の底へと足を踏み入れます。
…九龍の喧騒が、遠い幻聴のように消えていく。
ゼノスたちが降り立ったのは、地上から数千メートル地下。そこは、世界中を流れるデータの熱を冷やすため、常に零度近い冷却水が満たされた、巨大なコンクリートの空洞だった。
「……寒い。ここ、本当に九龍の地下なんですか? サーバーの駆動音しか聞こえない……」
凛が自分の腕をさすりながら、青白いLEDが点滅するサーバーラックの列を見つめる。
「ここは『情報の墓場』だ。一ノ瀬。世界で消去されたログ、流出した機密、そして誰にも知られずに死んだ者の遺言……。それらすべてが、物理的な重みを持ってこの水の底に沈んでいる」
ゼノスが指差す先。底の見えない冷却水のプールの中心に、一艘の黒い小舟が浮かんでいた。
その上に座っているのは、細身のスーツを着こなし、眼鏡の奥で怜悧な光を放つ男。八部衆が一人、ミハイル・羅である。
「ようこそ、賢者ゼノス。……ここは、真実が凍りつく場所だ。君が地上で成し遂げた『正義』も、私の海に一滴のインクを落とす程度のことに過ぎない。すぐに拡散され、薄まり、無へと帰す」
ミハイルが指を水面に浸した。
その瞬間、ゼノスたちの周囲にある数万のサーバーが一斉に唸りを上げ、空間に無数のホログラムが展開される。
映し出されたのは、捏造されたニュース、偽の歴史、そして――ゼノス自身が「凶悪なテロリスト」として指名手配されているという、偽りの現在。
「……情報汚染か。九条。お前の解析で、この嘘の波を食い止められるか?」
「くっ……! 無理だ、ゼノス! ミハイルは量子計算によって、一秒間に数億通りの『偽の未来』を生成してネットに流している。真実を見つけるのは、砂漠の中から特定の砂粒を探すより難しい!」
九条蓮が、ノイズまみれのタブレットを必死に操作するが、画面は次々とミハイルの用意した偽の警告文で埋め尽くされていく。
「九条。お前はまだ『外側』の情報を信じている。……ミハイル。お前が情報の海を支配しているというなら、私はその『源流』を枯らしてやろう」
ゼノスはコートを脱ぎ捨て、冷却水のプールへと一歩踏み出した。
水面に触れた瞬間、彼の足元から黄金の幾何学模様が広がり、極低温の冷却水が激しく蒸発を始める。
「――【次元連結・忘却の掘削】」
ゼノスの瞳が、かつてないほど強く輝く。
彼は、ミハイルが流す「最新の情報」など見ていない。この地下サーバー群の最深部、物理的な磁気ディスクの底に刻まれた、書き換え不可能な「最初の記録」へと意識をダイブさせたのだ。
「……何をするつもりだ? 真実はすでに、私の海に溶けて消えたはずだ」
ミハイルの表情から余裕が消える。
「ミハイル。お前は情報の『量』で世界を支配したつもりだろうが、情報は重ければ重いほど、底に沈む。……九条! お前の解析機を、私の背中の紋章(術式)に直結しろ。お前の論理を、私の魔導の『ドリル』として使う!」
「……! 分かった、やってみる! 接続開始!」
九条がゼノスの背後に手をかざすと、青いデータ光がゼノスの黄金の魔力と混ざり合い、一本の巨大な光の杭となって冷却水の底へと突き刺さった。
――ズ、ズズズズズズッ!!
地下空間全体が激しく振動する。
ミハイルが必死に情報の壁を作って遮断しようとするが、ゼノスの「因果のドリル」は、あらゆる偽装を物理的に粉砕し、最深部のコアへと到達した。
「……見つけたぞ。ミハイル。お前が隠し続けてきた、九龍の『真の帳簿』を」
水の底から浮かび上がったのは、一つの古いハードディスク。
そこには、八部衆が数百年にわたって九龍から吸い上げ、海外へ流し続けてきた「富の全記録」が、改竄不可能な形式で保存されていた。
「バカな……! それは、私の海で永遠に沈んでいるはずのもの……!」
「情報は、消えない。ただ、誰も見つけられない場所に置かれているだけだ。……一ノ瀬! このデータを、九龍の全ビルの壁面に直接投影しろ! ミハイルのサーバーを通さず、街の『電力網』の波形を利用して、直接光として焼き付けるんだ!」
「了解っ! ……やってやるわよ、この嘘つき眼鏡!!」
凛がキーを叩く。
次の瞬間、地上の九龍では、何万というビルそのものが巨大なプロジェクターと化した。
ミハイルの情報操作が届かない「物理的な光」として、八部衆の数世紀にわたる犯罪記録が、夜の空に鮮明に映し出された。
九龍の数千万人が、同時に真実を目撃した。
ミハイルが築き上げた情報の城が、音を立てて崩壊していく。
「……負けた。情報の質で、量の海を突破されるとは……」
ミハイルは小舟の上で、力なく膝をついた。
「ミハイル。お前は情報を愛していたが、真実を恐れていた。……お前の海は、今日で干上がるぞ」
ゼノスは、冷却水に濡れた髪をかき上げ、不敵に笑った。
だが、その勝利の余韻を切り裂くように、地下空間の天井が真っ赤に熱を帯び、溶け始めた。
「――情報の掃除が終わったようだな。ならば次は、『物理的な焼却』といこうか」
天井を焼き切り、轟音と共に降りてきたのは、全身を真紅の強化装甲で包んだ巨漢。
八部衆が三人目――【火】のヴォルカン。
情報の海の次は、地獄の業火がゼノスを待ち受けていた。
第13話をお読みいただきありがとうございます!
ミハイルとの情報戦、いかがでしたでしょうか。物理的な力ではなく、「情報の深さ」で勝負するゼノスの知略が光る回となりました。
そして、間髪入れずに現れた三人目の八部衆、ヴォルカン。
彼はミハイルとは真逆の、圧倒的な破壊と熱を操る男です。情報の次は、物理的な生存を賭けた戦いが始まります。
「ドリルで真実を掘り出すシーンが熱い!」「九条との共闘が最高!」
と思っていただけましたら、ぜひ
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第2章、九龍の深部へ向かうほどに、戦いは苛烈さを増していきます。
次回予告
地下空間を焼き尽くす、ヴォルカンの無慈悲な炎。
酸素すら失われる極限状態の中、ゼノスは「熱」そのものを経営資源に変える、空前絶後のカウンターを仕掛ける!
第14話:『焦熱の軍師 ―熱エネルギーを買い叩け―』




