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第11話:魔都・九龍の洗礼 ―因果を書き換える賢者―

第1章で日本を救ったゼノスと一ノ瀬凛、そして門下生となった九条蓮。

彼らが次に向かったのは、世界経済の「癌」とも呼ばれる東亞連邦の首都・九龍クーロン

天を衝く無秩序な超高層建築群と、その頂点に君臨する八人の経済統治者『八部衆はちぶしゅう』。

一秒ごとに一国の国家予算が消滅し、新たな富が生み出されるこの魔都で、ゼノスは異世界の知恵――『魔導幾何学』の真価を世界へ示します。

…その街は、重力と欲望の限界を試すかのように、空へと増殖を続けていた。

 東亞連邦の首都、九龍。

 無数の高層ビルが鋼鉄の配管と電線で繋ぎ合わされ、一つの巨大な「壁」となって日光を遮っている。その高さ、優に二千メートル。

 日光の届かない最下層では、人工のネオンがどぶ川の水を七色に染め、無数の多言語が混ざり合った喧騒が、湿った熱気と共に渦巻いていた。

「……空が見えない。ここ、街っていうより、一つの巨大な機械の中に閉じ込められてるみたいです」

 一ノ瀬凛は、喉を刺すような排気ガスの匂いに顔をしかめ、防毒フィルター越しに周囲を見渡した。

 頭上では、巨大な輸送コンテナが重力制御ユニットに吊られ、ビルとビルの間を猛スピードで通り抜けていく。壁面には巨大な透過ディスプレイが踊り、絶え間なく「成功せよ、さもなくば消えよ」という無慈悲な経済ニュースを垂れ流している。

「街そのものが一つの演算装置デバイスなのだ、ここは。九条。この地区のデータの流れはどうなっている」

 ゼノスは、安物のシャツにトレンチコートを羽織っただけの軽装で、汚濁に満ちた路地を平然と歩く。

 彼の後ろでは、九条蓮が携帯型端末を睨みつけ、額に汗を浮かべていた。

「異常だ……。一分間の通信トラフィックが、欧州全域のそれを上回っている。ゼノス、ここには『公平な市場』なんて存在しない。あらゆる取引が、上位階層の連中によって事前に『検閲』され、利益を中抜きされているんだ。……ここでは、努力も分析も無意味だ」

「無意味か。……お前はまだ、この世界の表面的なルールに縛られているな」

 ゼノスが足を止めた、その瞬間だった。

 ――ズゥゥゥゥゥゥン!!

 街の深部から、心臓を直接握りつぶされるような超低周波が響き渡る。

 路上のホログラム看板が一斉に赤く染まり、人々の悲鳴が上がった。

 雲を割って降りてきたのは、巨大な「楼閣」だった。

 それは、八部衆の一角、シエラ・ヴァン・ロイスが支配する空中執務室『翠風宮すいふうきゅう』。

 浮遊機関から放たれる青白い稲妻が、周囲のビルの外壁を激しく叩く。それは単なる住居ではなく、九龍の通信網そのものを物理的に支配するための「巨大な外部サーバー」でもあった。

『――愚かな最下層の民たちよ。我が「風」が市場の脈動を止める。汝らの富は、今この瞬間をもって我が貯蔵庫へと捧げられる』

 空全体に投影されたシエラの美貌。彼女が扇子を閉じた瞬間、下層区の商店の決済端末や個人の口座から、数字が猛スピードで吸い出され始めた。

「……広域電磁徴収術式。……いや、お前たちの言葉で言えば『強制ネットワーク課金』か」

 ゼノスの視界には、街中の光ファイバーを流れるマナの奔流が視えていた。

 シエラは九龍の巨大な高低差を利用し、通信パケットの到達時間に「数ミリ秒の差」を人工的に生み出している。その極小の差を利用して、世界中の取引を自分に有利なタイミングで確定させる――【秒下の絶対権】。

「ゼノス! 私の端末も残高がゼロになっていく! このままじゃ、次の瞬間に私たちは九龍のシステムから『不要物』として排除される!」

 凛が叫ぶ。九龍では資産がゼロになった瞬間に、市民権が抹消されるのだ。

「……一秒後の結末を支配したつもりか。片腹痛いな」

 ゼノスは、懐から取り出した安物の万年筆を、目の前の腐食した配管に突き立てた。

 そして、九龍という街全体を一つの「魔法陣」として定義し、低く、重厚な声で宣告する。

「――【因果率再定義・虚空の揺らぎ(ボイド・バイアス)】。シエラ。お前が奪った『時間』を、私が買い叩こう」

 ゼノスの瞳が、深淵のような黄金色に染まる。

 次の瞬間、凛と九条は、世界が「スローモーション」に変わるのを目撃した。

 いや、世界が遅くなったのではない。ゼノスの演算が、この場所の「現実」を追い越したのだ。

 ゼノスは万年筆の先で、配管を流れる冷媒に、直接「数理的な傷」を刻んでいく。

「九条。お前が見ているグラフは過去の残像だ。……今、この瞬間に私がこの配管の温度を0.01度下げれば、三層上の変電所が過負荷でショートし、さらにその余波がシエラの通信衛星を直撃する」

「……何だって!? そんな遠くの連鎖、計算できるはずが――」

「計算ではない。最初からそうなるように、この街の『因果』を編み直した」

 ゼノスが万年筆を軽く弾いた。

 ――パリンッ!

 空を舞う『翠風宮』の外殻が、何の見えない衝撃によって粉々に砕け散った。

 同時に、シエラが独占していた「未来の確定権」が、凄まじいフィードバックとなって彼女のシステムを焼き尽くす。

『――なっ!? 私の演算が……拒絶されている!? 誰よ、この九龍の『秩序』を乱す不心得者は!!』

 空のホログラムが激しく乱れ、シエラの悲鳴が九龍中に響き渡った。

 直後、凛の端末の残高が、見たこともない桁数でカウントアップを始める。

「……えっ? 一、十、百、千……億!? 兆!? ゼノスさん、これ……シエラの個人資産が、全部うちに流れ込んでます!!」

「返還しただけだ。彼女が奪ってきた数千万人の『時間』を、私という窓口を通して分配したに過ぎん」

 ゼノスは、折れた万年筆をゴミ溜めへと投げ捨てた。

 遥か上空では、八部衆の一人の権威を象徴する空中宮殿が、コントロールを失ってゆっくりと傾き始めている。

 魔都・九龍。

 異世界の賢者が、現代経済の神々を相手に、たった一撃でその玉座を揺るがした瞬間だった。

第11話をお読みいただきありがとうございます。

第2章、九龍編がいよいよスタートです!

今回はパクリ要素を完全に排除し、ゼノスの「因果律を操作する経営コンサル」という独自性を強化して執筆しました。

九龍という舞台の描写、そして『八部衆』という新たな強敵たちとの戦い、いかがでしたでしょうか。

第2章からは1話ずつのボリュームと描写の密度を極限まで高めてお届けします。

シエラの敗北が、九龍に潜む他の「神々」を呼び覚まします。

「描写の重厚感がすごい!」「因果を編み直す設定が格好いい!」

と思われた方は、ぜひ

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次回予告

墜落寸前の『翠風宮』から、シエラは執念の「物理的な破壊」を指示する。

九龍を揺るがす経済パニックと、物理的な崩落の連鎖。

ゼノスは九条に、自らの知略を「武器」として振るうよう命じる。

第12話:『連鎖の代償 ―崩落する九龍の檻―』

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