その後、私を捨てた王太子は、全てを失い爆ぜたそうですシリーズ
その後、私を捨てた王太子は、全てを失い爆ぜたそうです。サイドストーリー【第二王子テオドールの独白】
こちらは「その後、私を捨てた王太子は、全てを失い爆ぜたそうです」のサイドストーリーとなっております。どちらから読んでも楽しめます。本編も読んで下さると嬉しいです。上の「その後、私を捨てた王太子は、全てを失い爆ぜたそうですシリーズ」をクリック。
私は今、猛烈に不愉快だ。
辺境にいるヨハンナから届いた手紙を、執務机に叩きつける。
それは懐妊したという、あまりに平穏な報告。
そんな私には何の価値もない、ただの「幸福の報せ」をよこしてきたことが、何よりも面白くない。
「……理解できん」
現国王としてこのデスクに座り、私は何度目かも分からない溜息を吐いた。
なぜだ?
なぜあのヨハンナが、あんなレオンなどという「普通」の男と結ばれ、これほどまでに浮かれた手紙を寄越せるのか?
彼女は、私と共に王都の闇を泳ぎ、政敵を葬り去る策謀に命を燃やしていたはずだ。
私という「毒」を共有できる同類。
闇の住人。
それがヨハンナではないのか?
だというのに、彼女は今、暖炉の残り火のようにぼんやりとした、刺激の欠片もない男の傍らで「母」になろうとしている。
レオンという存在が、たまらなく煩わしい。
いっそ消してしまおうかとも考えた。
だがそれは、あまりに悪手だ。
そんな真似をすれば、彼女の「筆」が、次は私に向けられるだろう。
三年前、兄ノエルを失脚させたあの鮮やかな絵図を、私は忘れていない。
彼女が情報を編み、適材適所に配さなければ、私がこうして王座を射止めることは叶わなかった。
もし今のヨハンナを敵に回せば、今度はこの王城が「爆殺」の火に包まれるだろう。
だが、それ以上に……
私は彼女に失望されたくないのだった。
「あなたの度量は、その程度だったの?」と、冷ややかな瞳で見下げられたくない。
これは嫉妬なのか?
それとも恋心か?
何度も自問したが、その度に結論は同じだった。
私は、彼女が「私には理解できないもの」に価値を見出し、それを愛でていることが、ただひたすらに腹立たしい。
私の知略が、彼女の深層に届いていないとでも言うのか?
私を馬鹿にしているのか?
私は、もう一度手紙を矯めつ眇めつ眺める。
どこをどう見ても、ただの便箋だった。
「深層の重筆」で隠された二枚目の指示もなければ、次なる政敵を葬るための毒も仕込まれていない。
ただの、どこにでもある挨拶と近況報告。
それだけだ。
あまりの空虚さに、私の方が失望している。
「……毒が抜けたか、ヨハンナ」
どうにも収まりがつかず、私は立ち上がって道場へ向かった。
近衛を相手に木剣を打ち込み、腹の底で渦巻くもやを吐き出す。
一時間、無心で汗を流し、湯を浴びた。
これで少しは冷静になれると思った。
だが執務室に戻り、あの白い便箋が目に入った途端、またしても苛立ちが這い上がってくる。
やはり面白くない。
あいつは私を置いて、どこへ行くというのか?
「ヨハンナめ」
私が虚空を睨みつけ、椅子に深く身を沈めていると、執務室の扉が静かにノックされた。
入ってきたのは、私専属の侍女リズだ。
渇いた喉を見透かしたように、茶を携えている。
私は彼女と目を合わせることなく、ただ一方的にヨハンナへの不満をぶちまけた。
毒が抜けただの、腑抜けた手紙を寄越しただの。
「テオドール様。他の方に聞かれますよ」
「……防音のマジックアイテムを起動させている。ここでの言葉が外に漏れることはない」
私の答えに、リズはこれ見よがしに溜息を吐いた。
「そんなことよりも、ご自身の婚儀の件はどうされるおつもりです?
引く手あまたの縁談をすべて退けて……
いい加減に決めてください。
周りがどれほど迷惑しているか、ご存知ないのですか」
「うるさい。余計なお世話だ」
「まさかテオドール様。実は女性には興味がない、などと言うことはありませんよね?」
「何?」
「王宮ではそんな噂が立っておりますよ。あまりに女性に、見向きもなさらないもので」
「見向いているさ。今はただ、時期を見計らっているだけだ」
「何の時期です?」
「私は国王となった。
だが玉座に座れば、すべてが手に入るわけではない。
即位してからの三年間、私は盤石な体制を築くために血を流してきた。
だが、ようやくそれも終わる。
不満分子を根絶やしにし、地盤を固め終えた。
もう誰にも文句は言わせん」
私は椅子から立ち上がり、目の前で茶を淹れている侍女を見つめた。
「だから、もうそろそろだと思っている」
「何がですか?」
「嫁探しだ。既に相手は決めている」
「へえ、それは重畳。どこの令嬢です?」
「お前だ」
「え?」
リズの端整な顔が、露骨に歪んでいく。
常に冷静なこの女が、これほどまでに表情を露わにするのは珍しい。
「ご冗談を」
「冗談ではない。私はいつでも本気だ」
「気が触れましたか、陛下」
「至って正気だ」
リズが僅かに顔をのけ反らせる。
「一国の国王が、ただの侍女を娶るなど……
聞いたこともありません。
狂気の沙汰です。
王宮のしきたり、貴族たちの面子、民衆の目。
どれほどの影響が出るか、あなたに分からないはずがないでしょう?」
「だからこそ、三年の月日を費やしたのだ。
王として常識を曲げる。
しきたりをねじ伏せる。
誰にも文句を言わせぬ。
反対勢力はすべて叩き潰した。
それでも身分が釣り合わないと抜かす輩がいるのなら、お前を有力な伯爵家の養女としてねじ込む。
出自の過去も、孤児であったことも、すべては私が作り直してやる。
実のところそのための書類は、既に――」
「ちょっと待ってください!」
リズが両手を広げ、私を拒絶するように突き出した。
だがそんなものは織り込み済みだ。
「ふざけないでください。いい加減、頭を冷やしてはいかがです?」
「ならば勝負だ、リズ」
「は?」
呆気に取られる彼女に向かって、私は壁に飾られていた剣を放り投げた。
私も一振り握り、鋭い音を響かせて鞘から引き抜く。
リズの足元には、受け取られなかった剣が転がっていた。
リズの瞳から呆れの色が消え、代わりに氷のような冷たさが宿る。
「ここで、やるおつもりですか」
「他にあるか。人前で晒せるようなものではない。
この部屋は完全防音だ、問題あるまい」
リズは小さく首を振った。
「テオドール様、あなたはこれまで、一度として私に勝ったことがない。
それをお忘れですか」
「私が勝てば、私の妻になれ」
「馬鹿もここまで来れば救いようがありませんね」
リズは深い溜息と共に、足元の剣を拾い上げた。
その瞬間、彼女のまとう空気が一変する。
侍女の皮が剥がれ落ち、そこには血の匂いを知る「暗殺者」の顔があった。
肌を刺すような殺気に、私の背筋がゾクリと震える。
そうだ。これこそがリズの顔。
ヨハンナが計画を編み上げる「脳」なら、リズは私の命を忠実に遂行する「手」だった。
「身の程を、教えて差し上げます。陛下」
リズが剣を構える。
その姿は、闇の中で私を支え続ける暗殺者のそれだった。
静寂だった執務室に、鋭い金属音が鳴り響く。
一合、二合、三合と、抜き身の剣が火花を散らす。
だが五合も合わせぬうちに、私の手から剣が弾き飛ばされた。
私は無様に床を転がり、再び剣を拾い上げる。
室内の調度品は、私が吹き飛ばされて衝突するたびに砕け散った。
部屋はさながら戦場の様相を呈していた。
私の腕や首筋からも、細い血の線が幾筋も走っている。
リズは、明らかに手加減をしていた。
急所に、わざと浅く刃を引く。
私を恐怖させ、この無謀な求婚を諦めさせようという魂胆だ。
「これ以上やったら、死にますよ」
「ならば殺せば良いだろうが!」
私の怒声に、リズの瞳に戸惑いの色が浮かんだ。
リズは理解できないというように、大きく首を振る。
「なぜ? なぜ、そこまで私を求めるのですか?」
「馬鹿なことを聞く」
私は荒い息を吐きながら、剣を正眼に構え直す。
「言葉を尽くさずとも私の意図を汲み、背中を預けられる女。
私を常に刺激し、退屈させない女。
そんな女が、この世界にそう何人もいてたまるか」
「テオドール様。あなたは、私にヨハンナ様を重ねているだけです」
「違うと言っているだろうが!」
私は吠えた。
「ヨハンナに命を懸けるほど、私はお人好しではない」
ヨハンナが他の男のものになるのが、たまらなく気に食わない。
それは確かだ。
だがその程度の理由で動けば、ヨハンナに軽蔑される。
私は、それが一番気に食わんのだ。
そしてそれ以上に——
「私は、お前がいつか誰かの女になると思うと、虫酸が走るほど腹が立つ。
気に食わんのだ!
お前に軽蔑されようが嫌われようが、そんなことは構わん。
とにかく私は、お前を手放したくない!」
「馬鹿すぎる」
私は再び、死力を尽くして切り込んだ。
だがその瞬間、リズが自らの剣を投げ付けてくる。
虚を突かれて、飛来する剣に意識を削がれた刹那。
懐に潜り込んだリズの拳が、私の顎を正確に撃ち抜いていた。
剣を捨てて、殴り合いだとおおお!?
私は飛びかけた意識を必死で繋ぎ止め、リズの手首を掴んだ。
2人で獣のように取っ組み合い、調度品の破片が散らばる床を転げ回る。
やがて、リズの力が徐々に抜けていった。
私は彼女の両手首を床に縫い付け、その体を組み敷いた。
「はあ、はあ、はあ……っ」
私は息も絶え絶えだが、リズは澄ました顔で下から見据えてくる。
「理解できません」
「これから、理解すればいいだろうが」
「私はこの手で、数えきれないほどの命を奪ってきたんですよ?」
「知っている。私が命じたことだ」
「情報を得るために、多くの男が私を抱いてきたのですよ?」
「それも知っている。だがそれは全て俺のためだろう?」
私の問いに、リズの瞳に初めて熱が籠もった。
その暗い瞳の奥で情念の炎が揺らめき、私が移り込む。
「そうです……すべてはテオドール様、あなたのため」
「ならば、地獄の果てまで俺に付き合え」
暫く見つめ合う。
その間、言葉はない。
そのまま、どちらからともなく唇を重ね合わせた。
その時、私の唇に鋭い痛みが走った。
口端が裂け、赤い血が滴り落ちる。
困惑する私を見ながら、リズが淡々と述べた。
「私、噛み癖があるのです」
「構わん」
「爪で、貴方の背を無残に引き裂くかもしれません」
「それも構わんと言っている」
組み敷かれたリズが、ふっと口角を上げた。
その貌は、執務室に咲くどの花よりも毒々しく、美しかった。
「この部屋は今、完全防音。そうでしたね陛下」
「そうだ。誰にも邪魔はさせん」
それを聞いた瞬間、リズが弾かれたように私に抱きつき、激しい口づけを仕掛けてきた。
呼吸すら許さない。
私はその奔流に身を任せながら、指先を鳴らす。
その合図で、執務室を照らしていた魔導の照明が一斉に落ちた。
残されたのは暖炉の熾火だけ。
暗がりの中で、壁に映る私とリズの影が重なり、揺らめき続ける。
我らには、この闇の中こそ相応しい。
*
北国の静かな書斎。
ヨハンナは、届いたばかりの手紙の封を切った。
そこには「近々、王妃を迎える」という、国王テオドールからの言葉だけ。
「ふふ……相変わらず素っ気ないこと」
ヨハンナはそれが可笑しくて、テオドールの手紙をそっと机の引き出しに仕舞った。
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