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その後、私を捨てた王太子は、全てを失い爆ぜたそうですシリーズ

その後、私を捨てた王太子は、全てを失い爆ぜたそうです。サイドストーリー【第二王子テオドールの独白】

掲載日:2026/01/21

こちらは「その後、私を捨てた王太子は、全てを失い爆ぜたそうです」のサイドストーリーとなっております。どちらから読んでも楽しめます。本編も読んで下さると嬉しいです。上の「その後、私を捨てた王太子は、全てを失い爆ぜたそうですシリーズ」をクリック。


私は今、猛烈に不愉快だ。

辺境にいるヨハンナから届いた手紙を、執務机に叩きつける。


それは懐妊したという、あまりに平穏な報告。

そんな私には何の価値もない、ただの「幸福の報せ」をよこしてきたことが、何よりも面白くない。


「……理解できん」


現国王としてこのデスクに座り、私は何度目かも分からない溜息を吐いた。

なぜだ?

なぜあのヨハンナが、あんなレオンなどという「普通」の男と結ばれ、これほどまでに浮かれた手紙を寄越せるのか?


彼女は、私と共に王都の闇を泳ぎ、政敵を葬り去る策謀に命を燃やしていたはずだ。

私という「毒」を共有できる同類。

闇の住人。


それがヨハンナではないのか?

だというのに、彼女は今、暖炉の残り火のようにぼんやりとした、刺激の欠片もない男の(かたわ)らで「母」になろうとしている。


レオンという存在が、たまらなく煩わしい。

いっそ消してしまおうかとも考えた。


だがそれは、あまりに悪手だ。

そんな真似をすれば、彼女の「筆」が、次は私に向けられるだろう。


三年前、兄ノエルを失脚させたあの鮮やかな絵図を、私は忘れていない。

彼女が情報を編み、適材適所に配さなければ、私がこうして王座を射止めることは叶わなかった。

もし今のヨハンナを敵に回せば、今度はこの王城が「爆殺」の火に包まれるだろう。


だが、それ以上に……

私は彼女に失望されたくないのだった。

「あなたの度量は、その程度だったの?」と、冷ややかな瞳で見下げられたくない。


これは嫉妬なのか?

それとも恋心か?

何度も自問したが、その度に結論は同じだった。


私は、彼女が「私には理解できないもの」に価値を見出し、それを愛でていることが、ただひたすらに腹立たしい。


私の知略が、彼女の深層に届いていないとでも言うのか?

私を馬鹿にしているのか?


私は、もう一度手紙を()めつ()めつ眺める。

どこをどう見ても、ただの便箋(びんせん)だった。

深層の重筆(オーバー・ライト)」で隠された二枚目の指示もなければ、次なる政敵を葬るための毒も仕込まれていない。


ただの、どこにでもある挨拶と近況報告。

それだけだ。

あまりの空虚さに、私の方が失望している。


「……毒が抜けたか、ヨハンナ」


どうにも収まりがつかず、私は立ち上がって道場へ向かった。

近衛を相手に木剣を打ち込み、腹の底で渦巻くもやを吐き出す。


一時間、無心で汗を流し、湯を浴びた。

これで少しは冷静になれると思った。


だが執務室に戻り、あの白い便箋が目に入った途端、またしても苛立ちが這い上がってくる。

やはり面白くない。

あいつは私を置いて、どこへ行くというのか?


「ヨハンナめ」


私が虚空を(にら)みつけ、椅子に深く身を沈めていると、執務室の扉が静かにノックされた。

入ってきたのは、私専属の侍女リズだ。

渇いた喉を見透かしたように、茶を携えている。


私は彼女と目を合わせることなく、ただ一方的にヨハンナへの不満をぶちまけた。

毒が抜けただの、腑抜けた手紙を寄越しただの。


「テオドール様。他の方に聞かれますよ」

「……防音のマジックアイテムを起動させている。ここでの言葉が外に漏れることはない」


私の答えに、リズはこれ見よがしに溜息を吐いた。


「そんなことよりも、ご自身の婚儀の件はどうされるおつもりです?

引く手あまたの縁談をすべて退けて……

いい加減に決めてください。

周りがどれほど迷惑しているか、ご存知ないのですか」


「うるさい。余計なお世話だ」

「まさかテオドール様。実は女性には興味がない、などと言うことはありませんよね?」


「何?」

「王宮ではそんな噂が立っておりますよ。あまりに女性に、見向きもなさらないもので」


「見向いているさ。今はただ、時期を見計らっているだけだ」

「何の時期です?」


「私は国王となった。

だが玉座に座れば、すべてが手に入るわけではない。

即位してからの三年間、私は盤石な体制を築くために血を流してきた。


だが、ようやくそれも終わる。

不満分子を根絶やしにし、地盤を固め終えた。

もう誰にも文句は言わせん」


私は椅子から立ち上がり、目の前で茶を淹れている侍女を見つめた。


「だから、もうそろそろだと思っている」

「何がですか?」

「嫁探しだ。既に相手は決めている」


「へえ、それは重畳(ちょうじょう)。どこの令嬢です?」

「お前だ」

「え?」


リズの端整な顔が、露骨に歪んでいく。

常に冷静なこの女が、これほどまでに表情を露わにするのは珍しい。


「ご冗談を」

「冗談ではない。私はいつでも本気だ」


「気が触れましたか、陛下」

「至って正気だ」


リズが僅かに顔をのけ反らせる。


「一国の国王が、ただの侍女を娶るなど……

聞いたこともありません。

狂気の沙汰です。

王宮のしきたり、貴族たちの面子、民衆の目。

どれほどの影響が出るか、あなたに分からないはずがないでしょう?」


「だからこそ、三年の月日を費やしたのだ。

王として常識を曲げる。

しきたりをねじ伏せる。

誰にも文句を言わせぬ。


反対勢力はすべて叩き潰した。

それでも身分が釣り合わないと抜かす輩がいるのなら、お前を有力な伯爵家の養女としてねじ込む。

出自の過去も、孤児であったことも、すべては私が作り直してやる。

実のところそのための書類は、既に――」


「ちょっと待ってください!」


リズが両手を広げ、私を拒絶するように突き出した。

だがそんなものは織り込み済みだ。


「ふざけないでください。いい加減、頭を冷やしてはいかがです?」

「ならば勝負だ、リズ」

「は?」


呆気に取られる彼女に向かって、私は壁に飾られていた剣を放り投げた。

私も一振り握り、鋭い音を響かせて鞘から引き抜く。


リズの足元には、受け取られなかった剣が転がっていた。

リズの瞳から呆れの色が消え、代わりに氷のような冷たさが宿る。


「ここで、やるおつもりですか」


「他にあるか。人前で(さら)せるようなものではない。

この部屋は完全防音だ、問題あるまい」


リズは小さく首を振った。


「テオドール様、あなたはこれまで、一度として私に勝ったことがない。

それをお忘れですか」


「私が勝てば、私の妻になれ」

「馬鹿もここまで来れば救いようがありませんね」


リズは深い溜息と共に、足元の剣を拾い上げた。

その瞬間、彼女のまとう空気が一変する。

侍女の皮が剥がれ落ち、そこには血の匂いを知る「暗殺者」の顔があった。


肌を刺すような殺気に、私の背筋がゾクリと震える。

そうだ。これこそがリズの顔。

ヨハンナが計画を編み上げる「脳」なら、リズは私の命を忠実に遂行する「手」だった。


「身の程を、教えて差し上げます。陛下」


リズが剣を構える。

その姿は、闇の中で私を支え続ける暗殺者のそれだった。


静寂だった執務室に、鋭い金属音が鳴り響く。

一合、二合、三合と、抜き身の剣が火花を散らす。

だが五合も合わせぬうちに、私の手から剣が弾き飛ばされた。


私は無様に床を転がり、再び剣を拾い上げる。

室内の調度品は、私が吹き飛ばされて衝突するたびに砕け散った。


部屋はさながら戦場の様相を呈していた。

私の腕や首筋からも、細い血の線が幾筋も走っている。


リズは、明らかに手加減をしていた。

急所に、わざと浅く刃を引く。

私を恐怖させ、この無謀な求婚を諦めさせようという魂胆だ。


「これ以上やったら、死にますよ」

「ならば殺せば良いだろうが!」


私の怒声に、リズの瞳に戸惑いの色が浮かんだ。

リズは理解できないというように、大きく首を振る。


「なぜ? なぜ、そこまで私を求めるのですか?」

「馬鹿なことを聞く」


私は荒い息を吐きながら、剣を正眼に構え直す。


「言葉を尽くさずとも私の意図を汲み、背中を預けられる女。

私を常に刺激し、退屈させない女。

そんな女が、この世界にそう何人もいてたまるか」


「テオドール様。あなたは、私にヨハンナ様を重ねているだけです」

「違うと言っているだろうが!」


私は吠えた。


「ヨハンナに命を懸けるほど、私はお人好しではない」


ヨハンナが他の男のものになるのが、たまらなく気に食わない。

それは確かだ。

だがその程度の理由で動けば、ヨハンナに軽蔑される。

私は、それが一番気に食わんのだ。

そしてそれ以上に——


「私は、お前がいつか誰かの女になると思うと、虫酸が走るほど腹が立つ。

気に食わんのだ!

お前に軽蔑されようが嫌われようが、そんなことは構わん。

とにかく私は、お前を手放したくない!」


「馬鹿すぎる」


私は再び、死力を尽くして切り込んだ。

だがその瞬間、リズが自らの剣を投げ付けてくる。


虚を突かれて、飛来する剣に意識を削がれた刹那。

懐に潜り込んだリズの拳が、私の顎を正確に撃ち抜いていた。

剣を捨てて、殴り合いだとおおお!?


私は飛びかけた意識を必死で繋ぎ止め、リズの手首を掴んだ。

2人で獣のように取っ組み合い、調度品の破片が散らばる床を転げ回る。


やがて、リズの力が徐々に抜けていった。

私は彼女の両手首を床に縫い付け、その体を組み敷いた。


「はあ、はあ、はあ……っ」


私は息も絶え絶えだが、リズは澄ました顔で下から見据えてくる。


「理解できません」

「これから、理解すればいいだろうが」


「私はこの手で、数えきれないほどの命を奪ってきたんですよ?」

「知っている。私が命じたことだ」


「情報を得るために、多くの男が私を抱いてきたのですよ?」

「それも知っている。だがそれは全て俺のためだろう?」


私の問いに、リズの瞳に初めて熱が籠もった。

その暗い瞳の奥で情念の炎が揺らめき、私が移り込む。


「そうです……すべてはテオドール様、あなたのため」

「ならば、地獄の果てまで俺に付き合え」


暫く見つめ合う。

その間、言葉はない。

そのまま、どちらからともなく唇を重ね合わせた。


その時、私の唇に鋭い痛みが走った。

口端が裂け、赤い血が滴り落ちる。

困惑する私を見ながら、リズが淡々と述べた。


「私、噛み癖があるのです」

「構わん」


「爪で、貴方の背を無残に引き裂くかもしれません」

「それも構わんと言っている」


組み敷かれたリズが、ふっと口角を上げた。

その(かお)は、執務室に咲くどの花よりも毒々しく、美しかった。


「この部屋は今、完全防音。そうでしたね陛下」

「そうだ。誰にも邪魔はさせん」


それを聞いた瞬間、リズが弾かれたように私に抱きつき、激しい口づけを仕掛けてきた。

呼吸すら許さない。

私はその奔流に身を任せながら、指先を鳴らす。


その合図で、執務室を照らしていた魔導の照明が一斉に落ちた。

残されたのは暖炉の熾火(おきび)だけ。


暗がりの中で、壁に映る私とリズの影が重なり、揺らめき続ける。

我らには、この闇の中こそ相応しい。



    *



北国の静かな書斎。

ヨハンナは、届いたばかりの手紙の封を切った。

そこには「近々、王妃を迎える」という、国王テオドールからの言葉だけ。


「ふふ……相変わらず素っ気ないこと」


ヨハンナはそれが可笑しくて、テオドールの手紙をそっと机の引き出しに仕舞った。





最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

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