099話「天空を撃ち落とす」
部隊全員に作戦内容を告げ私たちはエリアD2へと進軍を開始した。敵との接触はまさに目と鼻の先、私は腰に構えた武器に手を置きつつ少しでもプレッシャーを抑えようと努力していた。そして脳裏には自分が考案した作戦が毎秒滝のように流れていく、何度も何度も繰り返して。
「………。」
少し高くなった丘を登り、最前列からその戦場を確認する。すぐ下にはこちらに気づいていない魔暴が数百体、そして報告の通り雷雲の中に映し出されるは二体、いや三体のブレクトルコクーンだった。この膨大な魔暴の数、そしてその中に紛れている魔人族。相手はこちらにすぐに気がつく、それゆえに私は作戦のための合図を一つ送る。
「戦闘開始。」
「任務了解。」
私の声一つ、その瞬間にワルツ先輩が丘の先から飛び上がり魔暴が虫のように溢れる大群の中へと身を放り込んだのであった。普通の人間ならばこの行動だけで死に至る、まさしく自殺行為である。だがワルツ先輩であればこの行為が不可能から可能へと置き換わる、それは彼女の卓越した戦闘能力、そして全てを置き去りにすると言っても過言ではない魔術魔法の力であった。
「ワシに続けぇぇ!!」
続いてフォース先輩が大盾を構え、進軍斜面をスライドしながら駆け下り、ワルツ先輩によって注意が一時的に惹きつけられた魔暴に向かってシールドバッシュをかまし、続けて兵士たちがその勢いに負けんじと魔暴へと切り掛かる。
戦闘が開始した。ワルツ先輩の独断専行によって最前列の魔暴達が一斉に惹きつけられる中、私たちはその隙を叩く形でどんどんと魔暴達を蹴散らしていく。そして敵の魔人族の発見を第一に三角形型の陣形で少しずつ魔暴達を倒していく、この時背後を取られないように殲滅戦に切り替えてもいる。
「………っ早い。くるか!」
「!ブレクトルコクーン!!」
落雷が落ち、悪雲の中からブレクトルコクーンが姿を現す。腹に空いた大きな口、翼に寄生されているような目玉達、そしてそこから伸びる10の首と頭まさしく魔暴の名がふさわしいほどに悍ましい見た目である、そして三体のうち一体のブレクトルコクーンがこちらを標的と定める。
「ワルツ!!」
「!」
最前線で魔暴を引きつけながら殴り殺していたワルツ先輩が大ジャンプをしてこちらへと戻ってくる。魔暴は依然としてこちらを標的だと認識して攻撃を仕掛けてくる。
(やっぱり、魔暴の犠牲は関係なし。ブレクトルコクーンは私たちを確実に焼くつもり!)
それがわかったとして、次の一手はこちらがどう生き残るかである。現状ブレクトルコクーンの攻撃は数十名の魔術師による防御魔術でしか防ぐことはできない、それも全員高位の魔術師だ。そして今ここにいるのは全員魔術の素養がそこそこの人間だけ、とてもじゃないがブレクトルコクーンの初撃を耐え切ることはできない、あの10頭から放たれる光線は触れた瞬間あらゆる生物を消滅させるまさしく破壊光線だ。触れただけでも致命傷になり、長時間による照射を防ぐ手立てはあまりにも少ない、それゆえに今回の作戦があるのだ。
「フォース先輩!!」
「よぉし!あと何秒だ!?」
「……6秒!!」
「────シールド展開ッ!!!」
当てずっぽうの勘で大体の秒数を伝えるとフォース先輩は大盾を前に構え、最新技術によって構築された水色の半透明なバリアを展開する。そして同時にそれを重ねがけするように魔術が上乗せさせられる。このシールドの耐久テストはすでに済んでいるが、ブレクトルコクーンの攻撃を何秒間も受け止められるほどの力はない。しかしこの我々の陣営において何よりもの防御力があるのは確かだった。
────。
ブレクトルコクーンの10の頭が光り、瞬間光線が放たれる。空気を裂き、大地を削り、魔暴達を消し炭にする、その奇怪な光線にはこれでもかというプレッシャーと野生本能からくる死の恐怖が伝わってくる。そして気づいた時にはフォース先輩のシールドにそれが引き寄せられるように照射されていた。
「っ!?ぐおおおぉ!!!」
光がシールドによって左右上下へと逸らされている。分たれた光線達が私たちの周りの大地を破壊し、次の瞬間には一瞬にして消し炭にして何事もなかったかのようになる。シールドと光線の激突によって捻じ曲がった金属の音が常に絶え間なく私たちの耳を塞がせる。
その体にかかる負荷に思わず雄叫びを上げるフォース先輩、背後にいる私たちはただただ黙って見ていることくらいしかできなかった。
「……まだか!?」
「─────!」
私の合図を待つフォース先輩。
私は光の先のブレクトルコクーンをじっと観察しながら、あの時の違和感を感じるために神経を研ぎ澄ませる、タイミングは今ではない。
けれども目の前の圧倒される光景に一瞬脳内に作戦会議の様子がフラッシュバックする。
私たちの作戦を立案する際に1番の関門となったのがブレクトルコクーンへの対処方法である。ブレクトルコクーンの攻撃をモロに喰らえばこちらはまず間違い無く全滅する、最新式の装備であろうと魔術であろうと向こうが一般的な攻撃をし続けるだけでこちらは壊滅する。
ブレクトルコクーンの光線攻撃、これにどう対応するかが問題であった。
『ワシのシールドで防げるは防げるが持って20秒だ。』
『私も一瞬だけなら弾き返せはしますが、限度は3、いや5回です。一斉発射でくるならそれ以前に蒸発しておしまいです。』
『……難しすぎるな。まるで勝ち筋が浮かばない。』
『……ですので、全員で協力します。フォース先輩が受け止め、そしてその中の一瞬、ブレクトルコクーンの光線が一時的に弱まるタイミングを見つけて私が剣技で一瞬だけ消します。』
『消す?』
『本当に一瞬ですが。』
『いや、大したものだ。本当に可能なのか?』
『それは、クリスと実践済みなので一応。』
『そ、そうか。』
『ともかく一瞬消せはしますので、その隙に。』
『ワルツでか?』
『はい、正面から行けば確実に少し軌道をずらされた程度で消し炭になってしまいますがワルツ先輩ならおそらく落とせます。』
『危険な賭けだぞ。』
『ですが、これが1番最善です。』
『そうだな、そうだ。』
その作戦会議を頭の中で忘れたことはない。
思考が現実へと巻き戻される。目の前で苦痛の声を上げるフォース先輩、私は光の中にある一瞬の歪みを見つけるためだけに神経を集中させていたはずだ、周りの一般兵達が魔術を行使してワルツ先輩の来るべき時に備えてバフを重ねがけしていることが遠く聞こえてくる。
光の中、粒子の集まり、その中に決定的に不純性が見られる。それを捉えるのはまさしく飛んでいる羽虫を刀で一刀両断するかのようなそんな紙一重の隙である。ブレクトルコクーンが完成された生物ではなく一つの生物としての欠陥がある、それを前提にした無茶苦茶すぎる作戦。
しかし私はそんな中で一つ見つけた。
光の中に黄色い何かが見えた。それを確認した、それはまるで星のように輝かしくそして釈炎のように刹那的な一瞬の輝きだった、私が今まで見てきた確信、今まで見てきた現実、今まで感じ取ってきた直感その全てが「今だ!」と叫んだ。
「」
同時に私は刀を抜いていた。狙うは一点、穿つは一点、次の瞬間には光は虚空へと消えている。だからその前にそれよりも先にそのずっとずっと向こう側へと、この刀から放たれる一条の閃光で目の前の破壊光線を消す。
「─────」
まるで風船が割れるかのようなあっけない音が鳴った。その瞬間光に包まれていた現実に世界が真っ白になった。終わったわけでもなく、始まったわけでもない、ただただ目の前にあった現実が塗り替えられるように一瞬に白になった。誤魔化せるのは次まで、それまでに一手を一手を繰り出さなければならないのだ。
「ワ─────!!」
名前を呼ぼうとした時、それはすでに飛び立っていた。学生の頃に見たクリスが自作したロケットというもの、それを見ているかのような感覚だった、大地を粉砕するかのような脚力が生み出す莫大なパワーはワルツ先輩の肉体を空へと打ち上げた、人の身が起こす、極大的な力。魔人族でも魔族でもきっと起こせはしない、彼女だけの渾身の力である。
真っ白な世界の中に飛び込んでいくその後ろ菅原次の瞬間には光線の眩くも邪悪なものへと置き換わっていた。
「ぐおおおおお!!!」
フォース先輩の雄叫びが動き始めた時の中で開始を告げた。すぐ隣にはワルツ先輩は確かにいない、彼女は遥か数百メートル先にいるブレクトルコクーンに向かって単身跳躍突撃していったということだ。だがそれが事実であるのならばどうして光線は止まないのか、私は視力をフルに使ってブレクトルコクーンの姿を確認する。
そして絶望が希望に塗り替えられた。
彼女が跳躍してから1秒が経過した頃だった。空中へさも放り出される形になったワルツ先輩はブレクトルコクーンの破壊光線のちょうど上らへんを飛んでいた。正しく光線の流れに逆らう形での平行的な立ち位置、そしてその平行性を維持したまままっすぐただひたすらにブレクトルコクーンの頭へと向かっていた。
側から見れば直立した人が斜めへと飛んでいるとてもシュールな光景だろうが、彼女からしたら少しでも光線にあたれば消し炭になるそんな命懸けの状況なのだ、それだけではなく圧縮しきれていない光線の粒子の一部が確実にワルツ先輩の肉体を焼いている。それこそ火に触れていないが火の熱で体が歪んでいるというくらいだ。それを全て帳消しにしているのが彼女治癒魔術、治癒魔法である。
なぜ、ワルツ先輩が最強とも言われているのか、その理由はその戦闘スタイルにある。ワルツ先輩が得意とするのは治癒魔術、治癒魔法である、よほどの適性がないと使えないとも言われている魔法を使いこなし両方とも治癒系統、つまり回復系である。しかしこれの脅威的な使い方としてワルツ先輩は常に自分を回復し続けているという点だ。
腕がちぎれても再生する。下半身が消し飛んでも再生する。
ここまでならすごい魔術師でもできる芸当だが、ワルツ先輩のそれは遥かに上回っている。
個人限定ではあるものの、ワルツ先輩は自分の脳と心臓の復元まで可能である。
つまりところ、彼女の肉体をチリ一つ残さず葬らないことには無限に再生し続ける。というものである。リジェネレーション、リザルヒーラー、魔術と魔法による極限的な回復能力。
だがこれらは全て痛みが発生するという致命的な欠点を変えている。死の恐怖、痛みへの恐怖、それは生物である限り克服できない弱点だ。だが、彼女はそれを驚異的な精神力によって耐え抜いている。相手の攻撃で死ぬことはなく、相手が死ぬまで無限に戦闘継続可能。それが事実上最強と言われるワルツ先輩の力である。
そのワルツ先輩は脚力による跳躍によって遥か上空から一方的なブレスを吐き続けているブレクトルコクーンの頭部の一つへと到達した。彼女の速度の乗った攻撃によって信じられないかもしれないが人の数十倍の大きさを誇るブレクトルコクーンの頭部が一つ跡形もなく消し飛んだ。そして身を翻した彼女はその動体に向かってドロップキックを放った。
その瞬間、私たちを命の脅威にしていたブレクトルコクーンの一体の命が完全に潰えた。ワルツ先輩は回復能力によって自身の傷ついた筋肉を無限に再生しているため、筋力が上がり続け、人の形をしているがその中身は魔人族と大差ない人間離れした身体能力を隠し持っている。そしてブレクトルコクーンが先のドロップキックによっておそらく全身の骨格を丸ごと破壊され、心臓の停止に至った。
私たちが光線の光に怯えなくなった時、大地にはブレクトルコクーンがぐちゃぐちゃの状態で倒れており、落下時の衝撃とワルツ先輩の一撃に肉体が耐えきれなかったのだとすぐに察する。こんなことをしたのだからワルツ先輩も少なくとも反作用で体に大ダメージを負っているはずなのだが、回復魔術と魔法によって何事もなかったかのように死体の中から飛び出していった。
そしてもう一体の獲物の元へ。
私たちの粘り強さに痺れを切らしたブレクトルコクーンがもう一体地上吹きへと降りてきていたのである。一体では無理でも二体の光線で私たちを焼き切る魂胆だったのであろうがわずか一瞬のうちにその光線を出していた一体が死体となっていた。それを理解して飛び立とうとする頃にはすでにワルツ先輩が二体目のブレクトルコクーンを殺しにかかっていた。
「─────ワルツ、隙を見逃さんな。」
「二体目は、先ほどの方法でと思っていましたが。」
「あれは、もう───死んだか。」
フォース先輩が諦めたような言葉を吐いたと同時に二体目のブレクトルコクーンもすでに死んだ。彼女に光線を放っていればまだ勝ち筋はあったのだがそもそも超人的な機動力と攻撃力を兼ね備える彼女に反応することを求めてはいけないのだ。それよりも早く殺されるゆえに。
二体目のブレクトルコクーンは首を全てへし折られ、大腸のようなものを引き摺り出されて死んでいた。
ワルツ先輩は敵を殺すためであるのなら容赦はなく、それが頭を潰すことによって勝つのか、それが大量出血によって勝つのか、はたまた心臓を握りつぶすことによって勝つのか、いかなる場合がわからない時は全てを試して殺すのだ。動かなくなったらワルツ先輩の勝ちである。
三体目のブレクトルコクーンはワルツ先輩に反応できなかったのか、それとも戦局が理解できなかったのかわからないがずっと空中に飛んでいる。敵ながら今はそれが最大の安全策だと私も思っている。ワルツ先輩の跳躍も数百メートルまでしか届かないため、それより上にいる間は一応安全ではあるのだ。
「───全軍!!まだ魔暴はいる!攻撃!!!」
『は、ハッ!!』
現実に引き戻された私たちは進軍を開始したワルツ先輩が縦横無尽に暴れ回っていると言っても、魔暴はまだ数百体は存在している、指揮官を潰さないことにはなんともできないがそれより以前に敵の兵力を潰すことを考えて動かなくてならない。私たちはワルツ先輩のような行動ができない分、そのあたりで戦場を支えるほかないのだ。




