095話「戦場の向かい風」
魔人族による攻撃が開始されてその日のうちに私たち本隊が異界へと送り込まれ混沌とした大地は思惑を持つ者達の計略上と化した。相手は魔人族を司令塔とし、その配下には無限とも形容できる数の魔暴が配置されている。
対してこちらは全て人、獣人、エルフ、ドワーフなどの種族が混成した部隊である。
魔暴は単体で見ても人間、エルフ、ドワーフの少し上ほどの戦闘能力があり一体につき二〜三人を用して戦うことが基本と私は学んでいる。そして魔暴はこちらの戦力を圧倒的に上回る物量を誇っているため純粋な兵数と平均的な戦力差で見ればこちらには勝ち目がない。だがそれは戦術と一騎当千の司令塔によっていくらでも覆せるものである。
戦争が始まって一週間もする頃にはすでに開戦と同時に設立された戦場技術開発部門が魔術式、新装備の立案を行い人間国、獣人国の生産は全てそちらに向けられることとなった。
そして数日も経たないうちにそれらが支給され、戦力はまた傾くことになる。
一般兵が装備できる対魔暴装備、私たちの特注装備の下位装備に当たるこれは魔暴との戦闘データと、私たちの先蓄データを流用し量産を主に開発された。
この装備はかなり優秀であり魔暴の致命的な一撃も半減するほどの防御性能を誇っていた。魔暴は生物的な観点から見てもかなり優秀であるがその弱点として、汎用的な生態をしていない。
前面が強く、側面が強く、頭部が強く、脚部が強い。など一方的で多種的な強みはあれどそれ以外は現世の生物よりも劣っている、そのため知恵を持って行動すればその強力な攻撃性を除いて対応はしやすくなる、魔暴の種類が正しく区分され紙を用いた対策プランが建てられるようになった頃には私たちの有利性が出てきた。
が、それでも魔人相手には遠く及ばず。
私たちや冒険者ギルドのなかの凄腕などがそれらに対峙することになった。そうした目まぐるしい戦場の裏舞台と表舞台が行ったり来たりしているなか、私たちは互いにこれという決定打を見せずに拮抗状態まで持ち込むことができた。
初期は電撃作戦も視野に入っていたこの戦争は意外にも攻撃性が強い相手側が必ず有利に立っているわけではなく数々の過去の戦争によって磨かれた、先人の知恵を持った我々もそれに対応していっていた。
「ふぅ。」
戦果報告にちなんだ自分なりの日記を書き終え、そっとパタリと閉じた。本来戦場にこうしたものを持ち込むわけにはいかないと戦士としての私が嗜めるなか、一人の人格を持つ私はこれを否定している。明確な理由があるわけではない、ただの日常の責任が乗った代物だ。だがそれでも直感的な必要性がこの日記を持ち込むという選択肢を選ばせた。
(私は、もう少し合理的だったはずだ。)
そう思いながら精神衛生的な側面から持ち込ままれた植木を眺めながら考える。暴音加工が施された私を囲う壁は外の紫電と目が痛くなる地獄の風景を一時的な忘れさせてくれる。
これも平和な時代によって進化した戦争時の急速のあり方と考えると感謝しかない。
父と母が驚く顔が再び鮮明に脳裏に映る。あの二人が経験した戦争ではこんなのはなかったのだ。
「………あと5分。」
戦場に存在する時間はメンタルケアの10分とそれ以外の食事などの最低限なものだ。こんなことを続けていればきっと肉体的な疲労以外の理由でも疲れてしまう。戦場は快適な生活空間ではなく常に知らないところで誰かが死ぬ、文字通りの死地なのだ。
だから生きて、休んでいる自分に与えられる時間が短いことに不満はない。もとより私はこう言った自己鍛錬に強い。
(…………。)
ただそれでも戦い続けるという姿勢はどれほど慣れが効いてきたとしても目を瞑りたくなるのだ。
私を含む魔術秘宝を与えられた者達は相手側に本格的な大戦力が投下されるまで戦場の指揮官役として足りない場所に配置される。相手に対して後手に回る、このシステムについて不安はあるもののどこも人手不足ということは重々承知していたため、異界探索部隊の時に鍛えられた指揮能力を発揮して、軍隊を動かす日々が続いている。クリスとも、母とも、父とも、それぞれ離れ離れであるがこの戦場のどこかで戦っていることを考えると自分も負けていられないと思う。
「ラナ・プラノード殿、本部隊の一時的な指揮をよろしくお願いいたします。私はこの小隊の隊長をしております、ミハイル・ブレッドマンです。」
そう名乗る鍛え上げられた初老の軍人は私に敬礼し、堅苦しくも磨き上げられた処世的な挨拶をしてくれた。レジェンドと言ってもいいだろうこの人物の代わりを私がすることに少しの不安と罪悪感を覚えながら私は敬礼で返す。
「どうも。私は正規軍ではないけれども、貴方達を戦場で生かすと約束しましょう。」
「光栄でございます。」
自信があり油断がない声色に思わず尊敬を抱きたくなる。その背後にいる兵士達の目はこんな地獄と正反対の輝かしくも幼くない目していた。
「本部隊は、エリアD2への侵攻であります。その後は第055隊とエリア占領を行う計画となっております。」
「説明、ありがとうございます。早速進撃を開始しましょう。全体に装備チェック、そして……対魔暴妨害手榴弾の用意を。」
「了解。」
ミハイルが場を離れ後ろの兵士たちに情報を伝達すると、私は脳内に叩き込まれていた地図を展開する。エリアD2とは現在衝突が最も激しい最前線、エリアD3の的なりから上の位置である。詰まるところこの場所を占領することによって迂回してでの攻撃作戦を今後展開する可能性がある。私がこの部隊の一次指揮を任される身になったことを鑑みても。
(最前線で何らかの事情があったのか。)
そう深読みする。私は一人の指揮官でもあるがこの戦場において魔術秘宝を扱う一人の戦略人物でもある。ナリタテンマが何の算段も無しに動かすとは考えずらいため、おそらくこの予測は当たっている。
「準備が完了いたしました!」
「よし。総員隊列を組め!」
私の号令に従い、模範的な動きで従う兵士たち。そしてこの作戦の意図を理解しているのが私を先頭にした三角形型の隊列をすぐに構成する、このミハイルという人の優秀さが垣間見える瞬間だ。
「進撃開始!」
時に部下がいる身は声を荒げなければならない。この戦争は私の声帯トレーニングの一つかもしれないと思いながら部隊を引き連れ、時間通りに出撃する。臨時拠点の門が開き私たちが飛び出していく時、門番が敬礼してくれる。
そしてその次の瞬間には魔暴達が襲ってくるのだ。
「手榴弾、2列目まで投擲!」
指示を聞き入れた兵士たちが手榴弾を投擲し前方の荒れた魔暴達が蹴散らされていく。音に惹きつけられるように少し後方の大勢の魔暴達がこぞってこちらに向かってくる。その動きに相手指揮官の単調的ながら指揮慣れしていないスタイルが窺える。
「続けて5列目まで投擲!」
最後尾の大盾を構え魔暴の進撃に構える形のこちら、その後ろで手榴弾を的確な位置に投擲し、進軍してきた魔暴をほとんど爆炎に包み込ませる。
「おぉ、見事!」
「このまま突撃体制に移行する。二列は盾を持ったまま側面からの攻撃を可能な限りいなしつつ、こちらは前進し一気に敵指揮官を叩く!!」
隊列の二列目が三角形の二等辺になり私たちはそのまま前進を開始する。雄叫びなんかあげずにただただ戦場の空気から吸えるものを選び取り呼吸だけを意識してまっすぐ前へと進むのである。
先の手榴弾によって片付けられたのは全体の2割程度である。ここからは陣形を整えつつ乱戦に持ち込ませないように注意しながら敵司令を倒すのと同時に魔暴の殲滅へとシフトチェンジをする。
「プラノード殿、敵の指揮官を発見しました。」
よほどミハイルの目がいいのか彼がそう言った場所には確かに魔人族の指揮官が見えた、自信満々な顔をしているが自分が推されていることを戦術的に理解していない、何とも典型的な殺戮魔であることが垣間見える。
そも、魔人族で殺戮的な性格じゃない者など存在しないのだが。
「私が相手をする。全員、3組の陣形を維持しつつ掃討にあたれ。」
「お一人で?」
「心配は無用。ミハイルさん、貴方に指揮権限を譲渡いつものやり方でどうぞ、お好きに。」
「お心遣い、感謝。ご武運を。」
褒められない指示に深く礼をするミハイルはそのまま部隊員に指示を送った。本来、こうした場面で私がいくのは倫理的な問題でダメなのだが、従っている側もミハイルさんの方がやりやすいだろうというのと、私はどこまで行っても単独行動の方が好きなのだなという自己理解のもとあのような指示を出した。
私情を持ち込むのは言うのは簡単だが、実際のところ効率は悪いのだ。
だから私は戦争型ではなく冒険者型なのだと思う。
「!」
地面を蹴り上げ、大きくジャンプをする。対空能力のない魔暴が基本的に多いため一点で突破をする際、もしくは敵指揮官を狙う際はそのようなアサシン的な動きが1番近づきやすい。
「人間カ!」
「」
相手がこちらに気づいたと理解した時、すでに刀を鞘に納め抜刀術の構えをする。鞘ごと頭上にあげ刀を上から切り伏せるかのように持ち、神経を集中する。魔人族はかなり馬鹿である。
こちらの攻撃に対して必ず一度目は防御できる、次で確実に仕留める。と言った戦術しか取ってこない、これがマニュアルに載っているのだとするならば相手の教本がいかに能無かが伝わってくるものである。
そしてこの手の相手で私が負けたことはない。ただの魔人族相手では私には勝てないのだ。
「プラノード抜刀術──イッセンコンゴウ──」
「!?」
魔人族が上段からの攻撃受け止めようとする中、私は防御に回っていた腕を刀でスルッと切り伏せる。そしてそのまま頭部にかかり、そのまま一刀両断する、私の刀は硬いことに加えて改良もされているので魔人族の肉体耐久をゆうに超える斬撃を放てる。だがこれでも死なないパターンが最近は少し多いので。
「クロスストラッシュ」
通常の剣技によってエックス時に切り伏せ抜く。足にかなり力を入れたため相手が六等分にバラバラになる前にその奥にいる魔暴の一体を完全に屠りきる。
「が、バ!?」
断末魔を上げる暇なく魔人族がバラバラになり、魔暴達は指揮を失ったからか怯えた動物のように動揺を始めた、ここ最近分かったことなのだが魔人族に使役されている魔暴は本来その目的に生み出されたのか、野生の魔暴とは違ってかかってくることが少ない。
(ということは、クランクドラインの力が異常で、そして魔暴達をコレ専用に生み出している可能性がある。)
と判断できる。
がそれが目の前の魔暴を生かす理由がないので私は剣技を使わずにただ淡々と刀を振るって魔暴達をその場で殲滅する。数はそんなにいなかったため軽く捻り潰すことができすぐにミハイル達の救援に行こうと考えていたのだが、そんな暇なく彼らは多少の損傷であの群れを突破してきた。
「プラノード殿、ご無事で何よりでございます。指揮権限のお返しを。」
「どうも。それでは引き続き進軍しましょう、戦っているのは私たちだけではありませんから。」
「……ハ!」
何か言おうとしたミハイルを一蹴して私は部隊を引き連れて先へと進む。今のに魔人族が配置されていることを考えると、エリアのところには最低でも3体くらいはいるんじゃないかと思い気が少し重くなる。
「プラノード殿。」
「何でしょう?」
「失礼を承知願います。軍属のご経験が?」
「いいえ、異界探索部隊です。」
「そうでしたか、申し訳ありませんこの老骨。好奇心が出ました。」
「……ミハイルさん、貴方の実直さには私も好感を抱きます。」
「それは──私など乗り遅れの。」
「それを言ったら私は小娘です。いまだに戦うことが慣れませんから。」
「……慣れるものではありません、それにプラノード殿は若い。私も、心苦しいのです。」
「そうですか。そうですね。話はここまでにしましょう、今はどうあっても私たちは必要とされる人物です。戦場にとっても、世界にとっても。」
「ハ……貴方の命令通り生き残らねばなりませぬ。」
戦場において会話は得策ではない。
けれども、私はこの戦場で生きている一人の人間だ。甘さが出ることは悪ではなく己を知る糧として、この歴戦と戦争を生き残らねばならない。
「………」
向こう側の嵐はまだまだ収まる気はしれない。




