091話「星に願って」
夜、王城はいつも通り静けさに包まれている。虫の鳴く音も聞こえなければ人が歩く音も聞こえ話ない、真っ暗闇の中で部屋の中を唯一照らすのは蝋燭の明かりではなくカーテンから漏れ出る月明かりだけである、この静寂と暗闇の中で体が知覚するのは己の熱が移ったベットと部屋の中で小さく聞こえてくる家族の寝息程度である。それらが睡眠を阻害することなどほとんどない。
だが私の敏感すぎる神経は、外部からの干渉ではなく内部からの干渉でもすぐに眠れない状態に入ってしまう。どれだけ体が疲弊していてもこれがくるものなのだから、訓練しても実践しても、私にとってはこの状態が1番怖い。
「眠れないっ。」
暑苦しいとすら感じる勢いで掛け布団を蹴散らし、私は起き上がる。こんな荒さでは父が気づくかもしれないがそれはそれで別に気にしない、今最も気にしているのは私自身のメンタルと体調である。
「………。」
少し散歩に出ようと、真っ昼間でもないのに私は軽く見られていい服に着替えて部屋の外へと出た。
部屋の外の方も自室と同じく月明かりが廊下を照らしていた、ただカーテンという遮りがなくなっているおかげか部屋よりも私はホッとした気持ちになり、そのまま行くあてもなく彷徨うように歩き始める。夜目がきくこの瞳の前では別に蝋燭で照らしながらの移動などしなくても良いのだ、だから本当にこれは昼に行っている散歩の夜バージョン、私の中ではその程度だ。
万が一警備の兵士に見つかったとしても適当な言い訳を述べられる自信すらあった。私の揺れる心の前ではそのほかの問題は全て些事のように投げられる事象。そんな心意気でたまらなかった。
(……中庭。)
しかし目的もなく彷徨い続けるのは良くないと思い。どこか座れる場所が欲しいと感じた時には、私は中庭を提案していた。クリスと定期的に関わりこの間は母の武勇伝に花を咲かせたあの場所、夜のこの時間帯でも大丈夫なのだろうか?と疑問に思いつつもとりあえず行こうと足を向ける。
運が良かったのか警備の兵士とは鉢合わせもせず、難なく中庭に訪れることができた、そこは鍵もかかっておらずいつもと変わらぬ心を豊かにするスペースがただ純粋に設けられていただけであった。まるで真夜中に中庭に来ることは特別おかしいことではなく、今夜も誰かが訪れるのを待っているようなそんな気配すらあった。
「………!」
中庭に踏み込んだ時だった誰かがいると私の耳が察知する。こういう気配察知は今の神経過敏な私にとっては特に鋭い、私はゆっくりとできるだけ足音を立てずに中庭の奥へと進んでいく、招かざる客は私の方なのかもしれないが相手が誰であるか断定できない以上は先手を取れる今が有利である。戦闘的な脳にシフトチェンジしてからの私の行動は型にはまったように典型的でありながらもその技術には自信があった。
中庭の特徴的な見た目に切り取られた植木を遮蔽にしながら中心へと向かっていく。いつのまにか相手は中心にいると私は理解していたのだ、そして慎重にゆっくりと顔を出し気配が確実にする方を一瞥する。
「………クリス。」
そこにはクリスがいた。私と同じ寝巻きに羽織ったような状態でただただ空を仰ぎ見て星の流れをボッーと観察しているようだった、あまりの落ち着き具合に一瞬本人かと疑ったものだがこんな夜に騒ぎを起こしたいと思わないのは彼女も同じだろうと考え私はあえて平然を装いつつ、すこしわかるように遮蔽から姿を現した。
「!───ラナさん?」
自分の姿を見られたという事実に警戒するも咄嗟に私であることを理解したクリスは胸を撫で下ろしながら私の進行に対して黙ったままだった。
「こんばんはクリス。」
「……こんばんは。」
元気のないクリスの返事、というより落ち着いているというべきか。隣のベンチに座ってもいいのかと目で合図をし、彼女はそれを頷き了解する。私がゆっくりと隣に腰を下ろした時、彼女は再び星空を仰ぎ見ていた、これがルーティーンのようなそんな当たり前な雰囲気をもって。
私たちの間にしばらく会話は発生しなかった。しかしながらお互いに何をしにこんなところまで赴いたのか?という1番重要で初歩的な問題に限って簡単に解決していた。私も彼女も互いに眠れないのだと、そんなんだから私も彼女も今ただ目的もなく星を見てその幻想的な風景に心をどこか引っ張られようとしている。
この形容しようがない悩みをただただ単純に誤魔化したいという気持ちがあるから。
「星を見ていると、何か馬鹿馬鹿しく感じるのです。」
「………?」
クリスの方に目だけ動かし言葉に反応する。それを彼女も理解したのか言葉を続ける。
「私はどうして生きているのか?たまに、ごくたまに、本当に一人になった時にこんなつまらない問いを浮かべることがあるのですが今まで解決したことはありません。解決する前にこうやって星を見て、どこか誤魔化しを抱きながらまた明日の朝に向かっているのです。」
一見独り言のように呟かれるそれは彼女の心情を確かに出力していた。それは自分自身の性に納得できていない、自分自身という存在をどこか認めることを拒んでいる一人の少女の言葉であった、ゆっくりとため息が今にも混じりそうな声で語られるそれはきっと私が理解できる範疇よりももっと複雑な何かを抱えているのだろうと、理解できないなりの私は感じた。
「……昔、お父様が話してくれました。あの星々は全てこの大地のようなものがあるらしいです。そこに生物がいるかどうかはわからなくても私たちが見ている星に、星が私たちを見ているということもあるそうです。昔の私はそれがちっとも理解できませんでしたが、別の大陸、別の生物、別の世界、そういったものがあるのなら、私たちが今いるこことは違う、似ているけど少し違う場所があの星のどれかにあるのではないのかと、そう考えるようになったのです。」
「………。」
「壮大なものを前にしたら私の悩みなどちっぽけに感じられて、いつもここらあたりで部屋に戻って眠れるのです。」
クリスの物語に耳を傾けていた私は少し罪悪感を覚えた。私という存在がきっとクリスを変えさんとしているお守りになっているのだろうと、でもあまりにクリスが嬉々とそれを語るのでどちらか判別が遅れた私は言葉にするのも行動にするのもはるかに遅くて、代わりにもっとクリスといたいという自己中心的な思いからこんな言葉を漏らしていた。
「ここから見える星は、好き?」
「もちろん。」
クリスのそういう言葉には無駄が感じられた。私の質問などに意味はなかった、だから彼女が求めているわけではないのに、こうなんというか。私自身の話を口から出すしかなかった。
「……私は、詩人じゃないから上手く言えないけどさ。」
「はい。」
クリスの返事を聞き入れて私は少し自信気にそれを口から出す。不安でもなく恐怖でもなく、ただただ淡々と語る中に自身の複雑化してしまった言葉を乗せるだけ。
「星って、あんなに小さいのにあんなに遠くて手が届かないのにどうして光っているんだろうって思う時があるんだ。」
それは父と共に今みたいに屋根の上に登って星を見た時に感じた幼い日の感想だった。私は星々を見ながらそれが綺麗だと感じて幼い心を隠しきれず掴み取ろうと手を伸ばしたのだ。だが星は捕まえられるどころか、手を伸ばして伸ばしても意味がないことに泣きそうになったことを思い出した。あれは今考えれば自分の甘すぎる思考の記憶で子供ならではなのに単に思い出すだけだったのに恥ずかしさまで込み上げてきてしまった。
そして今の私はただ綺麗なものを無邪気さはない。そこに絡みつく気持ち悪い合理的な思考が言葉を意味不明に繋ぎ止める。
「綺麗なものは取れない。それなのになんで光る必要なんかあるんだって………。」
「───ラナさん。」
「私、全然子供っぽくないや。」
それは悪いことではない、けれども子供のような無邪気さはもうどこにもない、そう思うと何故だろう他人と自分は別の生物のように感じられて仕方がないのだ。それを大人と形容すべきなのか、それとも新種の化け物と形容すべきなのか。世の大人の名誉のためにも私は後者の方がしっくり来るなと、肩を落としながら思った。
自傷には慣れている。自分を傷つけることによってどこか解決したような気分になれるから、いわゆる鬱憤バラシに自分を使ったということになる。ずっと罪を抱え込んでいると思って、ずっと妻が自分にあると思ってきた私にとっては慣れたことだった、自分を傷つけることは正しいことだと、そう錯覚できたから。たとえそれが辛くてもそれで正義感に溢れた自分を納得させられるのならばそれでもいいと思ったからだ。
(……でも、変なんだよね。)
そうおかしいことなのだ。傷つくことがわかっても進むのは、自ら自分を殺すのはおかしいことなのだと。ここ数日でようやく理解できた。だからクリスがどこか私のことを気にかけてくれる理由もその一つで、最近はそれが手薄になったから彼女も私もどこか離れていると感じてるようになったのだ。
「うん、やっぱり難しい。」
「……ラナさん。私は、そんな難しいながらも進むあなたのことを尊敬しております。」
「ありがとう、私もクリスのまっすぐさにすごく憧れてるよ。」
変に捻ってまっすぐ見えるようにしているよりも、クリスのその率直さは本当に羨ましいのだ。こればかりは嘘も偽りも存在しない、心からの尊敬と嫉妬である。
「ラナさん、この戦争が終わったら私。何をするか決めています。」
「…何をするの?」
聞いてもいいか一瞬考え、私は口にした。クリスは私の押しに、誤魔化すように笑いながらもどこか嘘のないように。
「貴方にこの気持ちを伝えます。」
そう決意と嬉しさに満ち溢れた顔で伝えた。それがなんなのか私には見当もつかない、その顔から感じられるのはただ単純に彼女が私はと向ける期待とその他大勢の友人としての思いなのだろう。言葉、意識、それらを読み解くのが下手くそな私は彼女の顔になんだが同性ながら少しドキッと、言いようのない気持ちに初めてなった。
「うん。じゃあ生き残ろう……!」
「はい…!」
私たちはそう二人で決めて少し星を眺めた後互いに眠りに再びつくために部屋へと戻った。いつもよりもクリスの濃密な時間を過ごした気分か、心にあった悪雲はどこか消え失せていて代わりに満足感と心地いい胸騒ぎを覚えながら私は目を瞑ってベットの中で眠りについた。




