090話「お淑やかさ」
「あら、」
「あ、クリス。」
なんでことのない日の訓練場での帰りのことだった。自分たちの部屋に戻ろうと母を連れた私はクリスとばったりであった、パチっと目が合うとクリスは笑顔でこちらの方へと駆け出してきた。
「ラナさん!奇遇ですね、本日は訓練の帰りといったところでしょうか?」
「うん。クリスは?」
「私はお散歩を、おや……」
クリスは私の後ろを見るように少しズレた。私の背後に母がいることに気がついたのか、一回の咳払いを通じて下半身を覆い隠していたスカートをゆっくりと上げて上品な挨拶をした。
「失礼いたしました。ラナさんのお母様がいらっしゃるとは。」
「あらら、クリスちゃん。別にいいんだよ、そんなに畏まらなくて。」
「お心意気の広さ、感服致しますが。私も今はこのようになっておりますゆえ。」
クリスは両手を広げて自分の姿を現した。母は納得したように首を縦に振り、私もなんとなくクリスが上品にしている理由を読み取った。
今クリスは王族として振る舞っているという意思だ、さもなければここまで派手に着飾った姿をあらわにすることはない。
「クリスちゃんも大変だね。」
「……私と話していてもいいの?」
「それはもちろん。この城にいる間は御客人ですから、そんなラナさんと会話するのもまた王族としての責務でもあります。」
「そっか。」
クリスの畏まった喋りか方にどこか不慣れが出てしまう。私の方こそ明るく振る舞うべきなのにと内心後悔する。
「どうでしょう、よろしければ私の責務ならぬ息抜きに付き合っていただけますか?」
「もちろん。」
「私も一緒でいいの?」
「はい。ラナさんのお母様も是非ともご参加ください、」
クリスは態度を崩さずにプリエルを呼び、そのまま私たちは中庭にある小さなテーブルと椅子が用意された場所まで向かった。プリエルが私のためにコーヒーを用意し、母とクリスには紅茶を出したところで話は始まった。
「申し訳ありません。」
「?なにが。」
「いえ、私は先ほど散歩とおっしゃいましたが実のところ王族としての巡回のようなものがメインでありまして、ふぅ。」
「巡回?」
「いわゆる、権威を見せるための行動だね。名目はなんであれ王族は貴族をまとめ上げないといけないからそのための恒例的な見回りってかんじ?」
「はい。随分とお詳しいですねラナ様のお母様。」
「ミィーナでもいいよ。」
「それではミィーナ様。ミィーナ様の言うとおり、定期的にこうした機能性が壊滅的な装いをして出向かなければ至福を肥やす貴族たちはより傲慢になりますから。」
「王族も大変だね。」
「えぇ。ですからこんな身分で、出歩かなくても良くなりたいのですが………」
おそらくいつもの外出がクリスのそれなのだろうと予測する。クリスは公的な外出を除けばいつもテンションは高いしなんだかキラキラしながら過ごしている、今のクリスも十分に着飾っているが本人の声色から出てくるため息は苦労の証だ。
「貴族は大変だよね、私も元貴族だから。」
『………ぇ?』
母の何気ない一言、それが私とクリスの耳に止まりほとんど変わらないタイミングで声が発せられた。
「あれ?いってなかったけ、ラナ。」
「あの、初耳ですお母様!?」
「もちろん私もですわ!えぇ、貴族。ですか?」
「うん。没落したというか私が逃げ出したが正しいんだけどね。」
母は懐かしみ覚えながら少し恥ずかしそうにそうかだった。まるで若気の至りで行動したそれが黒歴史だとでも言うように。
「逃げ出した、あのそれは詰まるところ獣人族の貴族ということですわよね?」
「うん。公爵だった。」
「公爵!?」
またも出てきたインパクトある言葉に驚かざる負えない。母はそんなに驚かなくてもいいのにと軽口を静かに叩いているがこちらはそれどころではない。
「幼い頃はね、今のクリスチャンみたいに着飾って大勢の人たちの前で所作を間違えないように苦労してたなぁ。」
「………あの、お母様。たまにナイフとフォークで上品に食べますよね?」
「え、あ……もしかして、自然に出てた?」
「はい。」
「あ〜。どうしよ、冒険者になった時に癖をなくせたと思っていたんだけど。」
「冒険者?!あの、えっとそれでは逃げ出したのちに冒険者に?」
「うん。あぁ〜この辺りも話していないっけ、」
『初耳です!!』
「それじゃあ、今語っちゃおうか。」
母はその後自分の今までの人生を簡単に話してくれた。公爵の貴族として生まれた母はその責任感に耐えきれなくなり逃げ出し、冒険者へその途中に父と出会い、一度貴族へ引き戻されるも父の言葉で自分の道を決め、そして現在は私の母になっているという。
「なんという、壮大ですね。」
「そこまでじゃないよ。ゼルの方が実のところは私よりもすごい一生送ってるし。」
「それでもです。ほら、ラナさんなんてフリーズしてしまって。」
「………ごめんなさい、そのお母様が貴族なことがまだ信じられなくて。」
「うーん、正直これは内緒ね。私も見せびらかしたいわけじゃないし、それに今の身分にすごく満足しているから。」
母は口元に人差し指を立てて苦手そうに笑った。それを見ていたクリスははぁっとため息を吐きながらもどこか決心した目をしていた。
「私も、逃げ出しましょうか。」
「あの、クリスちゃん。私がいうのもなんだけど逃げ出す時はせめて置き手紙くらいした方がいいからね。私も今じゃ全然会ってないけど両親にはすごく大切にしてもらったなって思ってるから。」
「………両親。お祖父様、お祖母様ですよね。一度も会ったことありませんが。」
「うん、一応5年に一度くらいは手紙を送ってるよ。だからきっとラナのことは知ってるけど合わせたことはないかな。」
「どうしてですか?」
「えっと、その……確かに大切にしてもらったなとは思ってるんだけど。会うのが少し恥ずかしくて。」
「……お母様にもそんな一面があったのですね。」
「うんー。ちょっとおばあちゃんはともかくお爺ちゃんはちょっと強い人でね。ラナの教育に悪いかなって。」
「えっと、そんなに酷い人で?」
「言葉が足りなさすぎて良くないというか、とにかくしっかりしているしまっすぐなんだけど、うん。言葉がすごく足りなくてね。」
「そ、そうなのですか。」
母の座った目からはそこはかとない苦手意識が垣間見える。一度会ってみたいものだと考えるが、母がこの調子だとこれ以上話を続けるのは良くないのかもしれない。
「なんでしょう、ミィーナ様にはシンパシーを感じますわね。」
「そう?てことはやっぱりナリタテンマも言葉足らず?」
「言葉は足りているのですが、態度が気に入らないというやつです。そもそもですね!」
クリスは貴族の化けの皮が一気に剥がれたように饒舌にナリタテンマの口を話し始めた。その様子に私はクリスが元気になったと安堵したものの聞こえてくるナリタテンマの愚痴はかなり強く聞いていてなんだか、悲しそうな彼の顔が容易に浮かんでいた。




