09話「束の間がもたらす。」
今日は友人達が特に忙しい日だった。私と共に帰る人物はいつも決まっている、クリスだったりラプだったり。あるいは偶然知り合った他の誰かであったり、クラスメイトだったり。
ただこういった、一人で帰る日というのは意外にも珍しい。
「…………」
この期間、学園祭が行われるまでみんなみんな思い思いに日々を過ごしている。それは紛れもなく平和な日々だ。だが私にとってこの期間は運命のカウントダウンに他ならない、自分の見た悪夢が現実になるのかそれとも現在進んでいる計略がそれを防ぐ未来を見せるのか、一度の予知夢でこれらを判断するなど到底難しい。
予知夢は一度しか見ない。だからその一度をただの夢だとスルーしてしまえば、それで終わりでその時見た夢通りの現実が訪れる。
そしてそれは決まって不幸なことだ。
ただ寮に帰るわけでもなく、私は舗装された道のベンチに腰を下ろしてただただすぎていく時間をその目で焼き付けていく。いろんな人が目の前を横切っていく、楽しく談笑しながら帰る学生、台車を使いながらなんとか箱を押してどこかの店に荷物を運ぶ人。
そして、聖職者のような服を着ている───。
「聖職者?」
黒の神父服を見に纏い道をトットと歩いていく人の姿があった。私は瞬きを2回挟み、それが自分の夢でも幻でもないことを自覚した。
この時代においてその服はかなり珍しかった、何せ数年前に現人間国王ナリタ・テンマが宗教解体という王令を出して以降、人間大陸にあったほとんどの教会は破壊され、聖職者という役職は事実上の廃業を告げられたのだ。
なぜ宗教解体という王令が発せられたのかは今でも謎に包まれている。だが、どちらにしても聖職者が今やただのハロウィンのコスプレ程度の価値しか無くなったのは事実だ。ましてや白昼堂々そんな目立つ格好をしていれば世間から痛く見られることは周知の事実。
「………」
私は気になって通り過ぎていった聖職者の後を追った。別にとって衛兵なんかに突き出すつもりはない。別に宗教解体を行われてから今まで数年は経過しているし、現に法律で宗教を無くすというのに該当したものはない。
だからするのもやるのも勝手だが、世間の目は厳しいぞ。的な具合だ、だがそれでも私は気になって後をつけた。
尾行の経験はないが、別に警戒している相手にやるわけでもないため、私は散歩の要領でそれをしていた。しばらくして神父服の聖職者は建設中の建物の前で止まった。
「………。」
実際に見るのは初めてだったが、それはおそらく教会と呼ばれるものなのだろう。象徴的な三角屋根、それとなんとも細々とした住宅街の一部にそれは建とうとしていた。
驚きだこの島は確かに学園とその他商業施設が充実するくらいの大きさしかなく、二つの大陸に比べれば情報はかなり早く耳に入る。
だというのに、教会が建てられるなんて言葉は聞いたことがなかった。
「………こんにちは?」
「あ、こんにちは。」
少し離れたところから教会を見ていた私を先ほど尾行していた相手が声をかけてきた。私は反射的に挨拶をしてしまったが、どうしたものか。
「気になりますよね?」
「はい。教会ですか?」
「はい。教会です。来年には建つ予定です。」
神父服の聖職者は教会を見ながら心待ちにしているように言ってくれた。
「……最近の子からすれば珍しいでしょう。」
「はい、初めてこの目で見ました。」
「そうでしょう。そのセリフは実際に建った時に言ってください、きっと喜んでくれます。」
「神がですか?」
「いいえ、教会が。」
神父の人の口調は物腰柔らかかった。私がイメージしていた堅苦しくて意味不明な言葉の羅列を並べる聖職者と違い、ごく普通の大人にそれは見えた。
「知りたいですか?」
「え?」
「なぜ、この時にこの教会が建つのかを。」
「ぁ、いや。」
知りたいと言えば知りたいが、そこまで知る気でもないためなんとも言えず返してしまう。
「では独り言として。この教会は今までのものとは違って人々の心の安らぎとなることを目的として建てています。ですのでぶっちゃけた話、神がどうとかそう言った宗教らしい意思はないのです。」
「……あくまで、セラピーとして?」
「はい。そのために教会が必要だと。例えば貴方のように、」
「私?」
「貴方はいま迷っているでしょう。」
「!」
顔に出ているつもりはなかった初対面の人には敬語で話すし、何より他人と関わっている私は特に考えを悟られないように距離を置く秀才がある。あのコミュニティ能力の塊であるクリスでさえ私とのファーストコンタクトはかなりぎこちなかった。
「私も貴方と同じような時に迷いました。考えて考えて考えて、それでも答えが出なくて、これで正解か?これで本当にいいのか?正しさとは何か?それをひたすら求めて彷徨って考えていました。」
「………」
「若いうちにはたくさん悩めと多くの人は言いますが、悩んで答えが出なくては最後にはやるせない後悔が残ってしまう。私はそれでは意味がない、それでは悩んでいるという行為に。ピリオドをつけることができないと思うのです。」
「答えが必要と?」
「少し違うかもしれません。私は───答えを求める手助け、もしくは答えを必要とする者に、少し肩の力を抜いて欲しいのです。焦らなくていいと、急がなくていいと、時間はあると。答えを求めるのはどんなに先になってもいいと、」
「………。」
「少し難しいですよね?私も実はそう思います。なのでぶっちゃけてしまうと、悩んで道を踏み外しそうになる子羊の相談役になる。それが私がこの教会でやるべきことだと思ってます。」
「相談役。」
「不思議なんでよね。どれだけ相談しても、どれだけいい回答を見つけても、それに自分が納得できない時がある。私は自分の経験を活かして同じような思いにある人の終着点、もしくは通過点になりたいのかもしれません。」
まるで自分のことを相談するみたいに聖職者は語る。こっちが相談しているのか向こうが相談しているのかわからない。
「私も人生の途中。答えというのは死んだ時に見つけられます。まぁ、私は死ぬ前に見つけたい派なのですがね…!だって、悩んで死ぬなんて嫌じゃないですか、終わる時はせめて全てに別れを告げられて誰であっても許せるようなそんな気持ちの言い終わり方をしたいと思いますから。」
「………私、は。」
「?」
「……私は、その資格がありますか?」
「無論です。人生の先輩としていいます、貴方には資格があります。ですので、あとはどうかその資格を持って歩んでください。」
「………。」
「おっと、説得力ないですよね。仕方ありません、ただの独り言で世間話ですから。それでは、私はこれで教会が建つまではたまにこうしてここにいるので、機会があったらまた話しましょう。面白い話でもいいですから、何かあったらぜひ。」
聖職者はそう言って、誰かに呼び出されたように建設中の教会に入っていった。バツが悪くなったから話を止めたようにも聞こえていた。だが、私はさっきの会話で心が少し軽くなった気がした。
不思議だった、なんの接点もないただいまさっき会って話しただけの相手にこうも心を動かされることが起こったなんて。
「いや、いいや。」
そうそんなことはいい。大事なのは私には資格があるということを、私自身が認めたことだった。これが心のモヤを晴らしてくれたのか、少し億劫だった帰りの道のりがスムーズになった。
どこかにあった不安は一時的だが取り除かれた、永遠でなくともそれで十分だ。




