089話「懐かしい者とは話を」
この人間国の王城に移り住んでから数日が経過した。今やあの我が家が懐かしいと思ってしまうほどだ、自分にホームシックの才能があるなんてことに今更気がつきつつも娘と妻がいる前で表情をあらわにすることもなくただ単に毎日をそれとなく過ごす日々が続いていた。
「今日も運動したね!」
「あぁ、ミィーナも着実に前の感を取り戻してきたしな。」
「ゼルの方だって。体は本当に大丈夫?」
軽い訓練帰りのことだった。ミィーナが俺の顔を覗き込みながら心配の眼差しを向けてくる。俺とミィーナはほとんど身長差がなかったはずだがこの十年で数センチほど俺が高くなったらしく、今では俺はミィーナを見下ろす側になっている。だが個人的にはこの身長差がどこか気に入っている自分もいる。
「右目と右腕が無くなったって俺は変わらないよ。」
「それはいいけど………。」
ミィーナはそう言いながら俺の左腕に絡みつき、体重を預けながら共に部屋へと向かう。廊下には誰もいなくてよかったと内心にして思う。ミィーナは俺が帰ってきてからかなり積極的になっている、きっと寂しかったんだろうと容易に想像もつきながら新婚の時のような雰囲気を出すのは中々にプレッシャーというものがある。
「ミィーナ、ここは家じゃないよ。」
「ごめん、でも。」
注意してもやめられなさそうな彼女の顔に弱りながらそっと歩くスピードを緩める、誰かが来たら止めればいい。そういう意識なのだ。
「……そうだ、ミィーナ。今日の夜は少し出る。」
「わかった、どこへ?」
「ナリタテンマのところに。きっと今夜はあいつは俺と話したいはずだ。」
「友人の密談?」
「いや、というより戦争経験者の違和感共有ってところだ。」
俺の言葉にミィーナ了承しつつ部屋に戻るギリギリまで自分の匂いを俺の左腕へと擦り付ける。この愛らしい求愛行動に昔もかなりドキドキしたものだが、今では恥ずかしさがかなり優先される。それでも疎かにしていたのだからしっかり落とし前というか責任は取らなければという精神で彼女とは妻と夫の距離を維持する。
夜。静けさだけが城全体に溢れてくる頃、俺は何かの拍子で自然と目が覚めた。眠気も全くなくそれはまるで高齢者が朝早くに嫌でも目が覚めてしまうようなそんなスッキリとしたものだった。だがそれがなぜこんな真夜中に起こったかを俺はどことなく察している。
「天馬か。こんな形で呼び出すとは。」
俺の体には勇者の武器が自分の合わせて4つ格納されている。そもそもの話勇者の武器とは神の体が一部分離して生まれた存在であるため、今天馬が持っている勇者の剣を除けば俺の神としての性質は6割ほどもっていることになる。
しかしこれがたまに共振を起こして俺に天啓を授けることがある、時には未来予知、時には最適解、時には回復能力、まちまちだが今回のは察知の類だった。
(天馬、昔より勇者の剣の使い方、上手くなったな。)
身構えていた俺はそんなことを思いながらベットからおき、隣で眠るミィーナの髪を少し撫でた後ひたいにキスをし身なりを整えて部屋を出た。ラナは気づいているかもしれないが付いてくる様子はなかったため特に気にはしない。ついてきても構わない用事でもあるから。
夜の城を足音立てずに歩き直感が示す方向の通りに足を動かす。神の心という最大資格を持つ俺にとっては自身の分けた半身を探すことなど容易いことだ、迷いなく進んでいくが全くの不安は生まれず逆に誰かに尾行されていないだろうか?とそっちの方が気になる。
右目と右腕がないせいかたまに感覚が鈍る時があるため、警戒心はかなり高い状態で歩いている。
だがそれらも杞憂に終わり、俺はとある一室へと辿り着いた。
(魔術か。まぁこんなものいらないけどな、)
扉には特殊な魔術式らしきものが刻んであった。もちろん時間をかければ正攻法で解くこともできるが、衛兵に見つかりでもしたら迷惑をかけてしまう。そのため俺は自身の権能でこれを無効化することにした。
魔術は神の秘術を人間が使えるグレードに落とし込んだものである。そのためそれ以上の存在である俺はもちろんこれを行使することができる、まぁ正確には勇者の杖が模っていた神の秘術という権能の一部をそのまま使っているだけだけなのだが。
「開いたな。」
より上位の特権で上書きしたみたいに魔術式はバラバラにされ、俺はドアノブに手をかけそのまま部屋へと入った。部屋は会議室となっていたのか広々とした一室に正方形の額縁のような机が並んでおり椅子が均等に配置されている。豪華さで言ったら金の配色がされてあったり床に敷かれているカーペットが何よりそれを物語っている。
そんな豪華な部屋の中、窓からさす月明かりに照らされた正装を身につけたなんとも身なりがいい男が一人、ナリタテンマである。国王スタイルでの登場は別に驚くことでもないがにあまりに似合っていないので苦笑しそうになる。
「笑うんじゃないよ。私だって好きでこんなの着てるわけじゃない、ただ衛兵に見つかった時言い訳が効かないだろう?」
「ずいぶん臆病になったな。前ならそれとなりの服装で誤魔化すくらいの勢いがあったはずだが。」
「いつの話だ。」
「……お互いにずいぶん腐ったな。」
「俺はな、お前は腐らないだろ。逆に清々しくなって浄化されているみたいだ。」
「それは、どうも。」
前会った時はとやかくに説教垂れた弁舌を披露した天馬も今や服装を除けばかなりラフな言葉遣いをしてくれる。旧友の再会というのは気まずさが生まれてしまうが、どうやらそんな恥ずかしさは加齢と共に消え失せてしまったらしい。天馬のいう通り変なことに気にしているのは俺だけなのかもしれないと思った。
「……」
「なんだ?」
「いや、いつも脊髄と脳だけのお前が何百回も蘇ったりするのを見たりしてたから、今回も。とかそう思っている自分がいて馬鹿馬鹿しいと思ったよ。」
天馬が俺の体を改めてまじまじ見てそういうもんだから、こっちも少し面食らった。こいつからしてみれば俺は不老不死の化け物か何かなんだろう。まぁそ思われても仕方ないなと思いつつ、眼帯つけた自分は意外にもかっこよくないなと自己分析する。
「魔族の体も悪くはない、ただあれはメンタルに悪すぎる。なろうと思えばなれなくもないかもしれないけど、娘と妻の前で闇堕ちなんてしてみろ、恥ずかしさでもう手を一緒に繋ぐことすらできなくなりそうだ。」
「ハ、たしかに。」
「……もう神にも悪魔にもならないつもりだ。ミィーナとラナが悲しむからな。」
「そうだな。俺も見張っているよ、娘がお前のファンなんだ。」
「俺の?」
「まぁ正確には娘の父親ってことだから、かな。俺はクリスに嫌われているから。」
あぁ。と納得したセリフを吐く。確かに天馬はどこで教育方針を間違えたのかクリスから嫌われている。逆にクリスはラナのことをすごい気にかけているわけで当然その父親の俺は、どこか理想に見えて仕方がないのだろう。嫌いよりか普通の方がマシという考え方はある種合理的だとも取れる。が、当の本人はかなり悲しそうだ。
「カテナを愛しているんだろ?」
「当たり前だ!」
「じゃあ、大丈夫だろ。」
「…………そうだといいけどな。」
直感に過ぎないがあのクリスという子は母親と父親の複雑さを読み取れる鋭い子だ。なれば父親が邪道に走らない限り殺しにかかるなんて悲惨なことにはならないだろう。だがそれを行ってしまうアクセルの強さはうちの娘に比べてはるかに高いとどこか危うさを感じる。
「それで、今日は?」
「あぁ。相手が中々攻めてこない理由についてな。」
「……随分慎重ってことか?」
その辺りの情報はまるでこちらに伝わっていなかった。だから疑問を汲ませつつの問いを天馬に投げかける。
「さぁな、でも向こうが宣戦布告してきたってのに、ここ最近はまるで動きなし。見張り番をしている奴らが可哀想なくらいにだ。」
「………どう見るか教えて欲しいって顔だな。」
「まぁ、考えはつくけど。お前が言ったことは現実になる癖があるからな。」
よせやい。っと軽口で返し少し考える。
相手が攻めてこない理由を考える時、こちらの戦力が高いこと、もしくは何かを裏で準備している、の二つの可能性が浮かび上がってくる。気を見て攻めるをするほど狡猾ならばそもそも宣戦布告など攻権を使いましない。
こちらの戦力補充を待つという慢心的な考えもある。
「いっぱいだな。」
「そうだな、相手が油断してくれているのか。はたまた狙っているのか、俺はどっちかだと思う。」
「宣戦布告しておいてそれはないんじゃないか?向こうは勝てる算段があるってことだ、気だけでいくのは、まぁらしいっちゃらしいけど、魔人族の王がそこまで考えなしのバカには見えない。きっと奴みたいに狡猾さ。」
「見てもいないのにっ、よくいう。」
「お互い様だろ。」
「……この話は平行線か。」
「あぁ、やっぱり考えても考えはうまくまとまらない。というより情報戦で敗北している気がする、相手はこっちに勇者と神がいることを想定して、それ以外が脅威じゃないと考えているなら。」
「対神聖武装か?」
「ありうる。」
相手が闇でこちらが光ならば両者はどちらとも相反する存在、火力勝負で負けた方が純粋な敗者と考える時、相手が待ち構える体制なのは対神聖武装を用意している可能性があるということになる、狡猾で賢さがカンストしているのならあの混沌の地で最も効率的に叩き潰す方法をとってくる。実際に魔族はそんな人類の模範的な行動をしていたのだから。
「なら近いうちに出るべきだな。くそ、珍しくまずった。考えてみれば戦争という舞台に持ち込んだのは、相手からの配慮だったのかもな。」
「なら狙ってくるのは完全勝利だ。厳しいぞ、」
「わかっている……だがこんな時に魔術秘宝を保有しているのはラッキーだな。」
「トリガーになる可能性はさておきとして、間違いなく一点突破は難しくなる。分散させつつ最大限の被害を想定してでの苦戦勝くらいが、今の俺たちにできる最大の勝ち筋か。」
「となると神聖魔術の用意はしておいた方がいいか。」
「片手にライフルな訳じゃないが、神を撃ち落とすことを名目にしているのなら特攻兵器は俺とテンマに狙いだ。」
「一戦闘力で勝っているから、完全勝利のための先駆けってことか。そう考えるとそうとしか思えなくなってきた。」
「………予備プランを用意しておかないとな、」
「何かあるか?」
「あぁ、一つだけ面白いのが浮かんだ。ただこれは最後の手段にする、なにぶん自分同士との賭けになるからな。」
「わかった。気をつけておくことは?」
「あの、召喚魔法を使う……」
「プリエルのことか?」
「あぁ、プリエルを生き残らせてくれればいけるはずだ。まぁでもお前が落とされた場合は流石に勝ち筋がきついかもしれないから───」
「わざと受けるのか?」
「大丈夫だ。算段はあるし、軌跡もある。」
「………いつものか?」
「あぁ、お前が好きないつものだ。信じてくれ。」
「わかった。」
頭をフル回転させた会話もこんな感じですぐに終わってしまった。だがこの会話でこの先の方針がまとまったり予備プランや作戦のことをこの時点で話せたのは良い時間だったと個人的に思う。
「不思議とお前と話すのはこんなのばっかりだな。」
「難儀な立場になったな。これが終わったら国王なんて辞めたらどうだ?」
「考えておくよ。それじゃあ、また今度な。」
「あぁ。」
軽い挨拶をして俺は部屋を出て自室へと戻った。久しぶりの友人との会話で感じたのは懐かしさでもなくプレッシャーでもなく。
(可哀想な奴め。)
哀れみの方だった。




