083話「提案」
「ラナさん、どうぞこちらに。」
「ありがとうクリス。」
クリスの紳士的な案内を通して私は窓側の席に座った。背後には若干戸惑いながらも椅子に座る母となぜか慣れたような姿で荷物を上に押し上げる父の姿があった。
少し前のことだ。無事交渉が成立した。ということで、私とクリスはたまに人間国へと戻り異界探査部隊、もとい戦争で先陣を張る戦士としての役目を果たそうと荷物をまとめていた頃のことだった。父がクリスにこう提案したのだ。
「私も参戦することはできるか?」
「え!?」
この提案にはクリスも驚いていた。無論私もだった、父は異界で何十年も戦っていた、けれどもその肉体は欠損がひどく戦闘継続が可能であっても見るからに全盛期は過ぎていた、そんな本人から戦いの提案を申し出されればこうもなる。
「理由をお聞きしても?」
「娘ひとりに任せるには荷が重いと。それと、私の兵装は奴らの有効打になる。」
「……承知しておりますが、お父様はきっとしかめるでしょう。」
「それはなんとかする。それよりも私は何よりこうして黙っている人でもないんだ。」
「あら。それなら私の方もそうだけど?」
父の言葉に母が続けていった。父は母の思惑を感じ取ったらしく迷惑そうな顔をして、苦笑いをして困った。
「それなら私も行ってもいいでしょ?」
「お母様!?」
父のことはともかくとして母のことは私の方が驚いた。その穏やかな口調からは戦いの気配を知らないように見て取れるが、そうではない。
とわかっていても私は困惑するのだ。
「ミィーナ。」
「何から何までラナに任せていたし、それに……戦争はもう、経験しているから。」
「………お言葉ですが、お二人にはできるだけ危険が少ない方がよろしいですよ。ラナさんのためにも。」
「………。」
複雑な心境をクリスが代弁した。しかし私はこの1ヶ月で両親のことをよく知れた、成長したらその分だけわからなかった部分が埋まっていくというが、それである。しかしわかったことといえば思った以上に私の両親はチャレンジャーだということだ。
「それはわかっている。ただ戦争では戦える人間が一人でも多く必要だ、私としては家族を守ることが第一だ。だが、それで娘をむざむざ死地に送って帰ってこなかった時、それが1番怖いんだよ。」
「お父様。」
「すまないな。でも、命懸けには慣れている。こんなことを言うのはおかしいが、父として娘のそばには死ぬその時まで居たい。黙ってみることなんて、ごめんだからな。」
父の言葉には重みがあった。今まで幾度となくそれを繰り返してきたという重みである。こうを言われてしまえばクリスであって唸ってしまう。
「私も同じだよ。この10年間何もしてあげられなかったから、」
「………。」
私はそうじゃないと言いたかったがいえなかった。母の同期はそれ以外にもいっぱいあるが、私が母を放っておいたことを未だに悔やむように母も私を放っておいてしまったと自己責任を感じて悔やんでいるのだ。気難しさがよく似ているとはこのことだ。
「……ラナさん、何かお言葉を。私には手に負えません。」
「……お父様、お母様。」
私は二人の前に立って、なんというか考えた。断るべきなんだろう、二人は確かに戦争を経験している。けれども次の戦争も生き残れるわけではない、だからこそここに居て欲しいのだと私は思うし願っているけど。
(残された時、どうなるかなんて。)
それは私自身がよく知っていた。
だから私は普通の女の子が言わないような言葉しか出せなかった。
「私の前から勝手にどっかに行かないで。」
「………あぁ。もう、今度はどこにも行かない。」
「うん。私たち家族だからね。」
私の言葉に父と母も抱擁と優しい言葉で返す。少し奥でうまく行かなかったことを嘆くクリスのため息が聞こえたような気がした。
「雀の涙程度のお言葉を付け加えておきます。こればかりは父がどう出るか、火を見るより明らかでしょうから。」
「……アイツは私が納得させるよ。」
クリスの心配に父が安心した言葉を重ねる。それに再びため息をつくクリスはとても苦労人に見えた。
「せっかくだ。エルザードも連れていくか。」
「おばあちゃんを?」
「きっと協力してくれるからね。」
「もうっ、ご勝手にしてください。」
クリスはこの先に待ち受ける様々な問題に頭がダメになったのか唸りながら、思考放棄していた。彼女がここまでに至るのには相当なストレスでもかけないといけないのだが、それが今だったのであろう。
と、このような経緯を経て、私たち家族とエルザードとエルフル。合計五人は人間国へいくための大陸貫通列車に乗車している。クリスは私と自分の分しかチケットを買っていなかったため、残りの四人は自腹である。とはいえ無理という値段でもないが。
「大陸貫通列車、初めて。」
「お母様、乗り物酔いとかは?」
「大丈夫。馬車でも酔ったことないから、それと酔になれるように訓練積んでいたからね。」
母が貴族出身だと最近知った私からすると、なんだか現実味のない話のように聞こえる。だが母の根底にある逞しさはまさしく私が見てきた貴族のそれである。特に隣いる最高位の逞しい女傑が何よりもそれを物語っていた。
「それにしても、まさかエルザード様までご同行するとは。」
「様。」
「変ですか?私達、魔術師からしてみれば最後の竜なんですから、色んな意味で様付けせざるおえないのですよ。」
「いいや。」
クリスの道理その通りだ。エルザードおばあちゃんは現存する最後の竜、その鱗でさえ尻尾でさえ、ツノでさえ今では剥ぎ取って売れば大金持ちになれるほどの存在だ。加えて魔術的や歴史的立ち位置から見ても相当な人物に当たる。だが。
「おおぉぉ!?」
「エルザードおばあちゃん!あんまり暴れないでね!!」
今にも飛び跳ねそうな彼女を制止するエルフル。まるではしゃぐ子供のような彼女の姿に私はどうさても威厳なんか感じられないのである。
大陸貫通列車は大陸を越え海上の橋を線路を渡り、そしてそのまま人間国に停車した。王都中央駅に停車した列車から降り、そのまま王城へ。門番はクリスの顔を見るや否や穏やかな顔で無言のまま扉を開けて通してくれた。
「ありがとうございます。」
クリスの感謝の言葉に門番はどこか憂いた顔を見せていた。それは親しんだ友人を死地に送ってしまった加害の精神を抱えているようだった。
王城の廊下を歩きながらクリスは簡単な施設の説明を付け加えていた。それらはもうほとんど使わないためか私の時よりも簡素でそしてかなり適当だった。本人の気疲れが影響している証拠なのかも知れないと、私は内心クリスを案じていた。
そして一つの応接間でクリスは立ち止まった。少しの深呼吸。クリスにとってはここ最近が必死の日々だったせいかその呼吸は短くも重みが確かに感じられていた、ドアノブに手をつけゆっくりと回し押し開かれる扉はその先にある重圧をそっと外へと放出した。
「お父様、ご連絡を送りました通り、ご招待いたしました。」
「ご苦労。ラナ・プラノード、今回は──よろしく頼む。」
「はい。」
ナリタテンマは椅子から立ち上がり真っ先に私の前へと歩み寄り、握手をした。王自らの言葉となればおそらく大変に長いものなのだろう。若人が戦いの場所に行く、それを案じる大人の精神は予想以上に複雑なはずだ、それが友人の子供なら尚更。しかしそれでも短く納め、その中でもかなりの要素があると私は無意識に感じ取った。
「そして、ゼル・プラノード。」
「お初にお目にかかります。勇王ナリタテンマ殿。」
「………こちらこそ。」
挨拶こそ交わすけれども決して握手まではしない。そんな複雑じみた雰囲気だけが流れ続けていた。
「クリス、先に案内して差し上げなさい。」
「はい!」
クリスは私の手を引いて部屋を出た。それは嫌な雰囲気から娘達を少しでも早く逃すための王の計らいのように見えた。私は閉じられた扉を少し見ながらクリスの後を追って行った。
「ラナさんのお部屋は少し広々としたものに変えさせていただきました。せっかくなら家族三人でと。」
「ありがとう、ごめんなさい、父と母が。」
「いえ。ラナさんに少しでも幸福な時間を過ごして欲しいのは望むところですから。」
「………クリスは私のことを、どうしてそこまで?」
「。」
急な質問だったと思う。私自身、話題性がなくて頑張って捻り出した質問がこれなのはいささかどうなのかとも思った、しかしら言ってしまった手前これはどうすることのできない話なのだ。
「……まだいえません。」
「まだ?」
「はい。この気持ちにはしっかりと整理と順序があります、女の子には秘密がいっぱいですから。」
「そう、なんだ。」
「ですが、決して利益やそういったものではありません、おそらくそれはわかっていただけていると思います。なので、あえて言わせていただくのならまだその時ではない。というのです。」
「……わかった。わかってるよ。言いたいこと。」
「助かりますラナさん。」
苦労の多いクリスの心情を少しでもわかってあげたい。それは昔から変わらない私の基本的な精神思考なのだ。そんな会話をしながら私はクリスに部屋の前まで案内される。
「どうぞ。」
「………」
クリスは私にドアノブを譲り、私は少しの緊張のもとその扉を押し開けた。部屋には大きめのベットが三つ備えられており、いつぞやで見た宿屋のような印象を受ける。部屋の隅には私が前の部屋手間置きっぱなしにしていた荷物が積まれていた。
「荷物はあちらに、それ以外は特に動かしてませんわ。といっても少ししか使いませんが。」
「ありがとうクリス、その少しってのは。」
「はい、明日ごろには招集がかかります。戦争に向けて、ナリタテンマから直々に渡すものがあります。ラナさんにはそれを受け取ってもらいます。」
「……それがなんなのかは。」
「秘密です。漏洩でもすれば、貴族達が厄介ごとを口にするので。」
「それって、まずいものなんじゃないの?」
私のニュアンスは国にとってという言葉と付け加えている。貴族は黙っていないがナリタテンマが行っているということはほぼほぼ国王の独占的な行動だということだ。メンツを守りたがる臆病なもの達がクリスの貴族像ならばこれは当てはまる。
「ええ、ですがそもそもこう言った緊急事態にのみその真価を発揮するものです。要はただの置物から、使えるものに置き換えるだけ。価値を大事にする気持ちはわかりますが物というのは使ってなんぼ、ですから。」
「………」
「それでは、私はこの辺で。」
「もう、行っちゃうんですか?」
「えぇ。私も今は王女として少し忙しい身になってしまいましたから。」
クリスは振り返って私に顔を見せない。自ら嫌いな王女の立場を名乗る、それがクリスの内心をどれだけ疲弊させているかを物語っている。
「…なにか、辛いことがあったり苦しかったら遠慮なく頼ってくださいね。クリス。」
「はい!それはもちろん、それに大丈夫です。ラナさんの敬語も久しぶりに聞けましたし。」
そう言ってもクリスは振り返らなかった。そのまま扉を開けて喜びに似た声で扉を閉めて行った。私は一人の友人のそんな姿をただ背中から見ているだけしかできなかった。




