082話「戦力交渉」
1ヶ月間の休暇の後、クリスが訪ねてきた。この1ヶ月の間私に仕事の話をしないように気遣ってきたことがなんとなく伝わってきたがいざ来たということは、含めて何か進展があったことなのだろうと思い家へあげた。
「いらっしゃい。何か飲み物は、」
「いえ。プリエル紅茶とコーヒーを。」
母がクリスに尋ねるもクリスの隣で控えていたプリエルがすでに準備を始めていた。クリスと同じく全く変わらない様にどこか安心するものがある。
母は家事をしながら私たちとは少し距離を置き、父は同じテーブルに座っていた。聞く耳を立てるというよりかは自分を話に加わるべきなのだろうという姿勢をほのかにしていた。
「さて、ラナさん。最近はどうですか?しっかり心を休めていますか?」
「もちろん。クリスの方は少し疲れている?」
「そうですね。こちらの方はバタバタでしたから、ですがラナさんの笑顔を見ることができてそれも吹っ飛ぶというところです。」
「………今日はなんのようで?」
プリエルの手によって提供されたコーヒーを一口飲んだ父は長引きそうな世間話を置いておき、率直にクリスに聴いた。クリスもそんな父の姿に一瞥を交わしたのち理解したのか続けた。
「はい。人間国内で、異界の魔人族たちとの戦争が正式に可決されました。詰まるところ、戦争を公式的に執り行うということです。」
「!」
「……よくもまぁ納得させられたな。」
「人間国の上層部はまだまだ臆病者が多いのですが、お父様こと、ナリタテンマが王位についてからは実力も権力も一級ですので。その点に限っては楽で助かります。」
クリスはまるでものを語るような口調で言った。それに父も少し苦笑いするほどだった。
「言伝はそれだけ?」
「まさか、これだけなら玄関先で十分です。この戦争、私たち異界探査部隊が正規軍として参入し先陣を切ることとなりました。」
「!!」
「それは、娘が戦場に行くということで合ってるか?」
「お父様。」
父の雰囲気がガラリと変わったことに私は気付く。まるで怨敵を目の前にしているかのような声色と眼光、向けられているのがクリスであるのに隣の私も鳥肌が立ってしまうほどだった。
「その認識で構いません。ですが、もちろん選択肢はあります。すでに他の方々にはお話ししましたが、私たちの目的は異界の探査であり戦争参加ではありません。意向が変わったのはこちらの方ですので、これを。」
クリスがプリエルのてから受け取ったのは退職届と書かれた紙だった。それが何を意味するかは無論わかっている、私に降りろというのだ。
「本人の意思によって決めてもらうのが1番ですが、私個人としては……大切に思う方の意見も取り入れるのが正当だと思いまして。」
「潔いな………ラナ、決めなさい。」
「────」
父は最後の選択肢を私に委ねた。私はクリスが何をしてきたのかなんとなく理解している。おそらくは目の前の彼女は私以外の人ともこうした対面の場を作り家族、兄弟、もしくはそういった大切な人達が集まる空間を作った上で全ての非難と結果を覚悟の上でここに来ている。
私には到底真似できないことだ。
(……)
答えは決まっている。このまま幸せに過ごすのならばここで断る。だがそれは同時に一瞬でもかけた責任を放棄して逃げるということだ、逃げて逃げて逃げ続けた先にあるものなどたかが知れている。それに、私の目指すものは最初から決まっている。
「。」
「ラナ。」
私は退職届を手に取りそれを両手でビリビリと半分に破った。それを見ていた父は驚き、クリスはなんとなくわかっていたような顔をしていた。
「ラナさん、これは独り言ですが。貴方が加わる理由はありません、それが責任という名の強制であるのならば尚更。貴方はお父様を助け出すためだけにその人生の長い時間を費やしました、本来普通のどこにでもいる女の子として、今までの苦痛を楽しい時間にできていたのです。だから。」
「ありがとうクリス。でも私はなりたいものになるんだよ、」
「なりたいもの。」
「うん。私はずっと父のようになりたかった、父のように強くて父のように優しい存在、そして父のように目の前のことから逃げ出さない人に。それがどれだけ辛いことかはわかってる、知っていることが増えればそれが後から呪いになることだってなんとなくわかる。それでも、私にとっては何よりも変え難い"なりたいもの"だったんだ。」
「…………わかりました。一人の友人として、その言葉を刻ませていただきます。」
胸に手を置いてクリスは覚悟を決めた瞳で返した。そう、私のなりたいものは最初から決まっていた。確かにここまでは茨の道で何度も体は傷ついたかもしれないけど、でも私はまだ決して諦めていなかった。父の姿を見て、再びそう思えた。この1ヶ月はそれの覚悟をつけるための時間だったのだ。
「では、続けて申し訳ありせんが。ゼル・プラノード様、お願いがあります。」
「私?」
「はい。ゼル・プラノード様には獣人国王へ交渉に行ってもらいたいと思っています。」
「……なるほど。」
父はクリスの旨を理解したのか深く納得した。だがその納得の裏にあるいくつもの理由を私はなんとなくでしか理解できない。
「つまり援軍要請か。たしか獣人国と人間族の関係はかなり良好なんだな。」
「はい。ですが納得してくれるかは別です、獣人国は王に権力が集中していますがそれでも民主制。かの王の一存では決めかねぬ点や私たちの言葉は弾かれるということもあります、ですのでお願いしたいと考えているのです。」
「わかった。乗りかかった船だ、こっちでなんとかしよう。」
「ありがとうございます。」
どうして父なのだろうという私の疑問は全く解消されず話は終わった。きっと父には獣人国王へのツテがあるのだろう、そう思うことにした。クリスが算段なくしてお願いするとは思えないこともある。
その後父は母を連れて王都へ行き、無事に交渉が成立したと戻ってきた。なぜ母も行くのかと私が父に尋ねたところ。
「私がいると少し有利だからね。」
っと母は得意げに口にした。それを見た父はどこか複雑そうな顔をしていたが私からすればなんのことかさっぱりだった、帰ってきた時はそこのあたりを聞いてみようと思う。




