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075話「渇望」




 暖かい日差しに包まれて大勢の人たちが私たちを祝福していた。ブーケを片手に社交界でも見せることはなかった本当の私のメイク、純白のウェディングドレスを見に纏って愛する人の隣に立って本当に幸せな時間が流れていた。


 「………。」


その光景を私はやっと開けたまなこで見ていた。体は鉛のように重くすでに動く気力も筋肉もすら残っていない腕はまるで痩せ細った枝木のように細くなり机の上に置かれた一つの幸せそうな自分とは似ても似つかない。どうさてこうなってしまったんだろうと何度心で思ったことか、されだそれも全て些事のように思えて仕方がなかった。


 「……、」


時計の針がカチカチと音を立てて進む。その音が今日はより鮮明だった、外は雨が降っているもう音で目を覚ますことなんてないと思っていた。耳も目も数日前からその役割を失っていた体ももう起き上がることすらままならなくエルザードがきてはほぼ毎日のように世話を焼かせてもらっていることを思い出す。

彼女には悪いことをした、動けない私の代わりに色々と。


 「で、も。」


それももうおしまいだ。

鋭い野生の感覚が私に死を囁いてくる今日お前はここで死ぬのだと、今日ここでお前は朽ち果てるのだと。そうか、っと安堵しつつもそこには後悔しかなかった娘の顔を真っ先に思い出した。


 「ラナ。」


私の宝物。私が自分の全てをかけて守るべきものだったもの。あの人との大切な大切な愛の結晶。それはもう私の隣にはいない寂しい湿度と低気温が入り混じった部屋では私の言葉は虚空へと消えていく、そこには何の痕跡も残らない。大切な存在に見限られたのだと勝手にそう思ってしまう自分が現れるほど、私は心身ともに衰弱していた。


 「ゼ、ル。」


目を閉じれば彼の姿があった。私に優しくて、私よりも強くて、私よりもかっこいい人、私が愛した人。その姿ももう何千日も見ていない、彼を失ってからの日々は辛いそのものだった毎晩ラナが寝たのを確認した後嗚咽を漏らしながら必死に声を押し殺して泣いていた。

そんなことを繰り返していたのか私の体は数年でまるで老婆のようにすっかり痩せ細って今にも折れそうな体になってしまった。


 (ごめんなさい。ラナ、私はあなたのことを愛していたのに、でも───やっぱり。)


ゼルがいない世界は私にとっては苦痛だったのだと、この時初めて認めた。


 「…………」


 少しの余韻。私はその余韻で脳裏に浮かんだ人たちに別れを告げた。そして私はあろうことが立ち上がった。本来この体はすでに立ち上がることすらできない、寝たきりの生活が基本となってから筋肉はすっかり衰えて今では一歩二歩歩くだけですぐに転倒して骨折してしまうからだ、しかし命が枯れてなくなる前であれば自分の燃え滓の全てを使って足掻くように動くことができる。


 自分の最後を決めるために、自分の残り短い時間を使って私は久しぶりにベットから起き上がった、通り過ぎる鏡に映る自分の姿は亡霊そのものだ。だがそれは正しい。だって私はもうすぐ亡霊になるのだ、でも誰かに迷惑をかけるつもりはないただただ自分が望んだ場所で死ぬために動くのだ。


階段を降りて、一階へ肩にかけてあった薄い布切れは気休めの温度を私にくれる。体全身は冷えに冷え切っている凍死してしまうのではないかと思うほどだ、それでも私の心は唖然として燃えていた。雨、嵐に横殴られてもなお最後の自分の役割を全うしようと意思に従って動いてくれた。


 「雨…。。」


外はザーザー降りになっていた。サンダルを履いた私は扉を開け、その病人には過酷な世界を目の当たりにした。だがだからと言って私は止まらなかった外に出て扉を閉めて雨に濡れた。


 「ぁ、」


雨が気持ちいいと感じた。これまで温められたタオルで体を吹かれていた私にとってこの全身に水を浴びる行動はどこか清々しい気持ちにさせてくれた、その水が凍りつくような寒さであっても私は構わなかった。一歩一歩身体中がずぶ濡れになりながら誰もいない街中をただ一人歩いていた。


 (どこへ向かっているんだろう?)


わからない。ただ一説によれば獣人族は死ぬ時思い出の場所で死ぬと誰かが言っていた気がする、もちろんそうしない人が大半であるということも、そういった点では私はまだ体を動かせて思い出の場所にむかえているだけマシなのだろう。雨が容赦無く私の体を打ちつけてくるけれども私の体は決して止まることはなかった、雨にも風にも負けずただただ進みつく付けていた。


どこに向かっているのかは何となく理解していた。きっとあそこだ。私が、彼に愛の告白を初めて伝えた場所、娘とエルザード、そしてゼルと共に何度も訪れたあの花畑が広がる大木の真下、あそこに自分が向かっていることを理解した。


 (ぜ、る。)


そこに行けば彼に会いえるのではないか?彼が私のことを迎えにきてくれるのではないか?希望と絶望、そして現実感が何十回も私の中で回り続ける。ずぶ濡れになった服は重かった、視界が雨によって滲んでくる。それともこれはついに目が使えなくなってきていることの表しなのだろうか?

どちらにしても先ほどまでかろうじて寒いと感じていた私の体の感覚はもうなくなっている。


 「……」


なんでこんなことをするのか、私にはわからない。でも必要だからするのではなく、おそらくこれは私が自分の人生の幕を閉じるために行う。そう、あの幸せな私と同じ式をするために向かう、巡礼なのだと思った。




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