073話「親子関係」
ナリタテンマ、クリス、そして私の三人は座標133GDから北側の方へと偵察を行っていた。個人的な気分としては偵察というよりも探査に近い、しかしながら幼い頃に思い描いていたようなドキドキと好奇心の狭間を行ったり来たりするような気分ではなく。
どちらかと言えば魔窟の中をただひたすらに警戒しながら歩むといった感じだ、気にしすぎと言えばそうなのかもしれない。なぜなら、
「お父様、帰った時なんと言い訳するかは決めていますか?」
「そうだなぁ、娘と久しぶりにこうしていたいというのはどうか?」
「気持ち悪いですよ。」
「そこまで言わなくてもいいじゃないか…!」
「……。」
ナリタテンマとナリタクリス、どちらも保有している大胆不敵というとんでもない性格のせいで私のこの警戒心は客観的にみれば場違いのように見えて仕方がないのだ。私もこの雰囲気通りに気軽に話せば良いものをと個人的にに思わなくもない、だがそれに至る理由がないのである。年頃の娘とそれに悩む父親の構図を目の前で見せられてしまえば、そこに付け入る隙というか会話に入る隙がないことは誰から見ても明白だ。
そのせいか魔暴の一匹すらこの辺りには湧いていない。
「お父様は少し本を読んだ方がよろしいです。」
「たとえば?」
「そうですね、専門書ではどうせ飽きられるのが先の山ですから、文学小説などいかがでしょう?」
「小説ねぇ……柄じゃないだろう?」
「そういう問題ではなく、もう少しデリケートを学ぶためということです。いわば教本がわりの小説ですよ。」
「……クリスの方が詳しいだろう?」
「では、私が代わりに説明するとでも??」
「いや……」
「ですから読めと言っているのです。」
クリスの強い口調にナリタテンマは防戦的な態度しか取れていない。おそらくこれが年頃の娘とその父親の図として正しいのだろう、私はこう言った展開はまず起こらないので見ていて羨ましい、というよりかはどこか新鮮味が溢れる。文学小説を読まないという私の性質のせいか目の間で繰り広げられる模範例にどこか見入ってしまうのだ。
クリスはナリタテンマにたいして強く出ているのは本人の意思からくるものであるとわかる、父親に負けたくない。こんな人を認めたくないという意思がところどころから溢れている。普段人に親しくするクリスにとって、関わった人の多くは父親と本人との関係を険悪だと囁くものも少なくない。
実際に知り合ったばかりのことを今にして思い返せば私も同じ感想を抱いていた。だがクリスと長く関わっていく中でそれは違うと断言できる、クリスはナリタテンマのことを厳しく見ているだけで決して愚別しているわけではないのだ。
親しき仲にも礼儀ありとはクリスの論であるが、クリスの場合はそれと実例の合間に挟まれながらナリタテンマとの関係を今のものにしていると私は思う。クリスの性格と父親に対して誰でも抱くであろう尊敬が摩擦を起こしているのだ。それゆえに決してクリスはナリタテンマが嫌いというわけではない(なお私であっても本人の前でこれは公言できない。)
して普段全身を常に戦闘体制にしている私がこんなことをなぜ思っているかと言えば、それは緊張をほぐすためである。ナリタテンマとクリスという二人の親子関係を見ていると、意識に隠していた父の姿を思い浮かべてそしてそれに思いを馳せてしまう。これからあの厄災となった父に会うにあたって私は心の準備ができていないのだ。だから、二人のくだらない会話を聞きながらそれに考えを移し誤魔化すことで自分をいつも通り律しようとしている。
(こうも、自己分析が上手いなんて。)
自慢ではない。逆に私はこれを皮肉と思っている、客観視することは悪ではないただその分人間的側面がかなり削られていることの表明である。私は父と再会した時も同じようなことを思うのだろうか?っと不安になる。
そう言った点では目の前のどんな時でも姿勢を崩さないクリスは少し羨ましく見えた。
「……この辺りの魔暴が少ないのは、どう見ますかラナさん?」
「え、あぁ……」
仲睦まじく会話をしていたと勝手に思い込んでいた私は急な真面目な話にたじろぐ。
「私はゼルが原因だと思うな。」
ナリタテンマが変わらない表情で告げる。それは友人の性格を言いあたるものではなくまるで生物の性質を語るときのように冷徹だ。
「理由は?」
「そういう実体験があるからだよ。そもそも俺たちに気づいていたのかいなかったのかをかかわらずあいつは戦闘中はいろんなことに目を向ける思考タイプだ。それなのに無差別攻撃に近いスタンスを取るってことは、人としての意識はそこにはなくて逆に本能的闘争と防衛本能がそうさせているように見える。」
「随分とおっしゃりますわね?ラナさんの前で。」
「すまない。だが、衝突を避けられなくなったとき責任は私が取るよ。」
「そう来なくっては。」
クリスの怒りを鎮めるためにナリタテンマは苦笑いをしながら答える。それを聞いていて私はどこか複雑だった、ナリタテンマは父と交友関係であったというがところどころから複雑な匂いがするのはなぜだろうと疑問に思う。
もしかしたら私がイメージしているようなものとは少し、いや二転三転違っているのかもしれない。
「……もし、アイツが私に対して真っ先に奇襲をかけてきたら、私が相手をしよう。」
「………そうですか。ラナさんにはいらないと?」
「そうじゃない。それをするのは最後の仕事だ、アイツも自分の娘と戦いたくないだろうからな。」
「ラナさん。」
「いや、私は別にいいよ。」
「…………癪です。」
クリスは私のことを過大評価しすぎだ。
確かにここにくるまでに父と再会する心構えは自分的にはつけてきたつもりだ、ただそれが未完成の塊であることは誰よりも私が知っている。そうなればすでに完成された気持ちを持っているナリタテンマが当たった方がはるかに良いということ。合理的だがたったそれだけである。
「プラノード、一つ断りを入れておく。私が彼と戦っている間は何があっても手出しはしないように。」
「お父様。」
「クリスもだ。命令としろ。」
「………わかりました。」
ナリタテンマの急変する口調にクリスも心情察してか、何も言わなくなった。もろん私は頷くだけだ。ナリタテンマから漂う雰囲気がどことなく変わったような気がする、今までとは違う戦士というより勇者としての側面、とでもいうのだろうか形容できない闘気が感じられる。
「どんなものであれ、生物は精神体で動く。しかし本能がそれを許さない、戦えと告げる本能が毎秒自分の肉体を蝕んでそして駆り出そうとする。戦いをやめた存在は生物にあらず。────そういう点では俺とお前は変わらないな、いつまで経っても……この余計な楔から解き放たれた試しはない────!!!」
鋭い衝突音が正面で起こった。次にそれは武器同士によるものだと理解した、だがどこからそれが飛んできて誰の手によって行われたのかそれを理解するよりも早くナリタテンマは剣を抜き、厄災は私たちの目前へと姿を現す。
「────」
思考が止まる中、体が目の前の厄災に危険信号を発する。身の毛がよ立ち、すぐさま本能的に武器を構えようとした私がいた、前に立つクリスも私も守るように片手をだし身構えたままゆっくりと地面からはい立ち上がる厄災を凝視した。
「手出し無用だぞ。絶対に武器を抜くな。」
「………お父様っ」
「安心しろ。これは約束だったんだよ、アイツがこうなったときのための俺、そのための勇者の剣だ。」
ナリタテンマが一人の戦士として勇者の剣を構える。しかしその立ち振る舞いは王たるものではなく一介の戦士としての荒々しさと若々しさが織り混ざったような振る舞いだった。片足をゆっくりと下がらせ構える。
厄災は何も言わずにただただ人の姿を保ったまま薄汚れた元白色の衣装を見に纏っていた。それはまるで泥だらけになった惨めな賢者のようだった。
「─────お父様、」
私が初めて言葉を口にする。
シャラシャラと鎖が鳴る中で恐ろしく、そして似ても似つかない風貌を被り続けている父に私は心の底から否定と恐怖でいっぱいになったのだ。




