069話「魔人族」
魔術結界の構築が完了し、無事任務を終えた私たちは帰還の準備を行おうとしていた。ここまでの道のりはさほど遠くはなく時間もそれほどに立ってはいなかったが、それでも多くの出来事が起こった。仲間の死や魔人族と呼称し始めた新たなる敵、奴らが私たちを敵視しているのは紛れもないこと。元の現世へ帰ったらきっとこれらのことについて色々話し合うことになるのだろうとそんなことを考え私はみんなと同じく支度を始めていた。
「……!」
ふと何かが鳴ったような気がして向こう側を見る。思い出してみれば魔人族が上半身だけで逃げ去った方向であった。何か嫌な予感をそれとなく感じ取って身の毛をよだたらせ、細めて向こう側に聳え立つ丘を見た。
「っ戦闘準備!!!」
『!?』
私の声に他の仲間たちも一斉に目をやる。私が見つけたのは大群とも言える魔暴の群れであった、暗がりで大地と同化していたのかよく目を凝らさなければ判別が不可能なほどの大群が文字通り第二を埋め尽くしこちら側に向かって進行していた。暴れ牛達が止まらず丘を下るかのような絶望的な状況であった。
私の声を聞き、状況を把握した大隊員達は急いで装備を整える。これから帰還の準備であったことも相待ってそこまで時間はかからなかったが、魔暴達はすぐにこの場所に駆けつけた。
魔術結界が何かと衝突する音が響き渡り、一斉に結界の耐久精度が跳ね上がった。白金色に輝く結界の光が絶え間なく光続け、そして同時に爆音のような音が奏でられる。
「魔術結界を破る気かっ!!」
すぐさま仲間の一人の発言に、一斉に走り出す。魔術結界は神聖属性が付与されていることも相待って従来の魔術結界よりもかなり強固である、しかし無敵ではないため許容値を超えた攻撃を浴びせられ続ければこれは破壊される。
それが今目の前で起ころうとしているのだ。
「これだけの数がいったいどうして!!」
「早く迎撃しないと、結界が破壊されるぞ!」
ここにいる全員がわかっていた。結界に鳴り響く音は明らかに限界を迎えていることを合図している。対して魔暴の数は止まることを知らないどころか、まるで軍隊ありのように丘の果てまで埋め尽くしている。ほとんどが興奮状態でいくら敵対心が高い魔暴であっても、一斉に、それも種別がバラバラでここまでピンポイントなまるで戦略的な行動を行うことは不自然だった。
「正面破られます!!」
パリーンっと刻みいい音がなったと同時に、魔暴達が突き破って侵入してくる。私たちが迎撃する暇なく、クリスやナリタテンマが対処するよりもはるかに素早く行われていた。
「────私としたことがっ!!」
そう後悔を漏らすクリスは正面切って入ってきた魔暴達に向かって炎の壁を形成し、直ちに燃やし尽くす。灰と化し進行が一時的に止まった魔暴達だったが、その中から炎に耐性がある個体が次々とすり抜けて私たちの方へと攻撃をけしかけてきた。
「やらせないわ!」
そこにグランドリア先輩が攻撃を撃ち込み的確に撃ち落としていく。さらに前衛を担うセルスス先輩やナリタテンマが私と共に対処をしていく。しかし削れど削れど数は一向に減りはせず、正面結界だけではなくついには側面に当たる結界が次々と破壊され、一気に包囲状態にされる。
「まずい。こうも近くてはっ!!」
これだけの数を一人で相手にすることはできない。多大数向けの技もあるが防戦の形状を意地でも作られてしまってはうまく振るえない、ここにいるのは一騎当千であるがほとんどが範囲攻撃を使う際に味方も巻き込んでしまう可能性がある。一点を囲むように展開される私たちの防御陣形は、それぞれの戦闘コンセプトとは縁遠いものだった。
加えてここから散開でも行えばこの魔暴達の群れに一人で向かうこととなる。単独行動はできなくもないが魔暴の海の中放り込まれては誰も対処がしようもない、一方的にやられるだけとなる。だがそれはこの状況も同じこと。
「─────このままではっ!」
諦めたくないが諦めかけた言葉が漏れそうな時だった。
「そこまでだ、不良品ども。」
たった一つの声が戦場に響き渡ると魔暴達は攻撃の手を止め、私たちとの交戦の意思を無くした。この一瞬は私たちにとって好機となったがそれ以前に問題視すべき点があった。
なぜ魔暴達は動きを止めたのか、そしてそれを支持したものは、何者なのかだった。
空を見上げてみれば一人の黒鳥のような翼を持った男が空中に足を止めていた。その姿はまるで見えない地面がそこにあるかのようにピッタリと地上に向けて並行で私たちのことを見下ろしていた。
「誰だ。」
「………魔人族?」
警戒を続ける仲間の疑問に私は聞こえないほどの小さな声でその正体をなんとなく言い当てた。根拠はない、ただ前にあった少年と同じ気配がした。そんな恐ろしいほど曖昧なものでも奴らが私たちより強いことはこの獣人としての生物的直感が告げていることはたしかだった。
「……ビラインドが真っ二つにされたと思い、きてみれば──なんだ。この世界にはいつから外来種の申請を出すようになったのか……。」
「………。」
「面白そうかもしれないときてみれば、ここにいる奴らで骨があるのは───そこの、お前。お前だなぁ?その剣からは嫌な匂いがする。神に付属するものか、天敵だな。───だが、使い所は何やら悪そうに思える。」
「!」
ナリタテンマを指差す魔人族はクスクスと笑いながら正確に戦力の把握を行っている。それは強者の余裕、いや強者が弱者を蔑む言葉であった。
(それもそうだ、さっき魔暴を止めたのは間違いなくコイツ。)
とどのつまり、コイツがこの大量の魔暴を仕掛けて、そしてまるでショーの余興を止めるかのように止めた。私たちはあのままでは遅かれ早かれ犠牲が出ていた、今この魔人族に命を握られているのに等しい。
「一つよろしいですか?」
「……なに?」
「クリス…!」
私は彼女を振り返った。彼女は見下ろされる形であるのにも関わらずその表情は一歩も譲っていなかった。私はなんの原動力が彼女を突き動かしてあの魔人族に対してこうも威圧的に出れるかが謎だった。
憶測でしかないが、ここにいるほとんどの者は彼の指先一つで次の瞬間命が消えるかもしれないというそこはかとない恐怖心があるというのに。
「なんだ小娘。今、俺の言葉に意見をしたのか?俺の時間をとったのか?」
「貴方の時間ではなくて。正しくはこの世界に流れる時間です、ここに生きる私たちここに生きる貴方の不良品達、そしてこの世界に生きる生物、その時間です。残念ながら決して貴方の時間ではありません。」
(クリス……ここで煽るのっ!?)
「は、随分と口が回るな。その解釈は今まで聞いた中で一番反抗的で、許し難いことだが、だが実に面白い。俺は高度な奴は好きだ。お前の話をしてみろ。」
「では述べたとおり一つだけ。貴方は私たちを殺す気なのですか?」
「殺す気────?あぁ、なるほど。お前達はその程度で死ぬのか、そうかそうか。さほど気にしてはいなかったが今にして考えれば惜しいな。お前達を死体ではなく生け捕りでペルソルドに差し出してやれば、さぞや面白いやつが作れたかもしれんそう考えると。あぁ、悪い、こちらの話だ。それで、お前達を殺す気だったのかか?そうだな、殺す気はなかったがそうなりそうだったとでも言っておくか。」
「おや、貴方はこの程度では死なないと。」
「当たり前だ、せっかくだその饒舌に付け足すように言ってやろう。俺たちの種族は魂を破壊されなければ死なない。心臓でも、脳でも、血管でも、脊髄でも、どれを切断しようが潰そうが死なないのだ。すぐさま肉体が再生する。」
「それはそれは、さぞや退屈でしょうね?」
「そうでもないさ、寿命はなくはないからな………ぁ────面白い、今の俺の会話でお前は俺たちが退屈だと見抜いたのか!」
クリスの顔は変わらない。まるで貴族達と話しているときのようなお淑やかさを感じる、相手に動じることなくそして私たちの生きる時間を臆せず稼いでくれている。問題は私たちがクリスのために何もしてあげられないことだ。
「やはりだ、お前は賢い。」
「お褒めに預かり光栄です。差し出がましいことですが、貴方を退屈させないために少しばかり後質問よろしいでしょうか?」
「許可する。お前のような奴は良い。そのあたりにいるバチどもとは違って面白い。」
「では、続けて。実のところ私と同じくらい頭が回る方がこの世界に誤ってきてしまったのかもしれないのです。私たちと違って、落ちてしまったという言い方もできますね。」
クリスはうまい言葉を並べる。
相手はクリスに興味を持っている、でもそれは賢さからくるものである、ならば同じくらい賢い人物がこの世界に流れ着いていないかと質問すれば相手は積極的に答えてくれる。
これは私たちの目的である失踪者の捜索の手がかりを言っているのだ。
「ほう?この世界にか、そういえば最近この世界に妙な穴ができることがあるな。」
「穴でございますか?」
「あぁ…俺は空間を移動できる力があるからな。その力の関係でこの辺りで、渦なものがたまに何かを落としていくところを感じる。」
「そうでございますか。ありがとうございます。もしや、その空間を移動する力でここまで?」
「あぁ!その通りだ。俺の固有の力だ!どうだ、いいものだろう?」
「えぇ。続きましてもう一つ、貴方のお名前をお教えいただけないでしょうか?」
「名前?その程度ならいいぞ。聞け、俺の名前はクランクドライン───空間と隷属の力を持つ者である。」
「………クランクドライン、素晴らしいお名前ですね。失礼いたしました、これで質問は終わりです。」
「そうか、そうか。まぁ面白かった、まるで変化しない水面に小石一つの波くらいはたったくらいにはな。さて───、面白くなくなったら終わらせなければな。」
クランクドラインは手を挙げる。すると魔暴達は一斉に殺気立つ。こちらに標的を向けたままだった魔暴達が合図をもらいすぐさま襲いかかってくるような臨戦体制へと牙を向け始める。
私たちは心を構え再び武器を外敵へと向ける。クリスの言葉によってクランクドラインから情報を引き出すことはできなかったが、奴がこちらの動きを観察していたせいで時間はまるで稼げておらずいいところ延命程度であった。
「惜しいものですね。」
「そうだな。惜しいが、俺はそこまで暇ではない。」
そして挙げた手が振り下ろされようとする時、クランクドラインは目を見開き、向こう側を見始めた。その様子の変化に私も同じ方向を見た。
「バカな、なぜ奴がここまでくる───」
クランクドラインが口を閉じるよりも早く一条の閃光と共に黒槍が胴体に突き刺さり無理矢理にでも言葉を止めさせた。その光景は私たち大隊のメンバーを驚愕させた。
空中でよろめきながら息を切らし始めるクランクドラインに強者の余裕はなく、一瞬にして狩られるものの状態へと移行した。彼が豪語していた瞬時の肉体再生は起こらずヘドロのような血がドロドロと空中から滴り落ちている、それも大量出血だ。
「───っぐ、忌々しい厄災の武器めっ……どこまでも邪魔をッ!」
クランクドラインはそう言い、小さな黒渦の中へとその身を隠していった。それは私の記憶の中にあるあの渦によく似ていたが根本的に違うものだとすぐに理解した。そしてクランクドラインが姿を消したことによって魔暴達からはこちらへと特定の殺意性がなくなり、自分と同じく集まった別種の魔暴へと向けられ始めた。
「乱戦っ!」
「いきなりで色々わかりませんが、今が好機ですよね!?」
「あぁ、総員撤退────」
そうナリタテンマが命令を下そうとした時だった。まるで地面に何かが衝突したような爆発が私たちの目の前で起こった、そこはちょうどクランクドラインが消えた場所だった。石が転がり弾ける音と同時に何やら奇怪な音と砂煙の中に蠢く存在を私は見た。
「…………」
「ぁ…」
その姿は厄災。黒のボロ布を纏いその手には黒槍を握り無数に蠢く尾のようなものの先端には鋭利な刃が形取られている。その異形の姿に私はこれがクランクドラインを一瞬にして撤退させた正体、そして私が今この上ない恐怖を抱いている存在なのだと理解した。
「────そんなバカな。」
「ナリタテンマっ、」
「お前は───また、」
ナリタテンマが言い終わる隙もなく、厄災は行動を開始した。その無数に生える尾は瞬時に近くにいた魔暴の頭部を掻き切り、次々と殴殺し始めた。片手に持った槍は、恐怖で動けなくなっていた周囲の魔暴達を殲滅していく。
それに魔暴たちもまた恐怖して戦い、そして逃亡を開始していた。魔暴の注意が一気にあの厄災に向いた瞬間である。
(でも、あの厄災が勝つっ!)
「ラナさんッ!!」
「クリ、ス。」
「撤退です!!今がチャンスです!!」
「────で、っも。」
なぜだか私はあの厄災を知っている気がした。でもそれはありえないことだと、あまりある直感を捨てて合理的に理性的にクリスの差し出した手を取り、二人でその場から撤退を始めた。
前を走る先輩達の姿、後ろでただ一人で暴れ続ける厄災の姿。
「………っ」
私はどうしてか前の先輩達の安否よりも後の厄災のことが気になって仕方がなかった。




