066話「敵存在知性体」
ストームラビリンスを突破した私は目標の座標に到着し休憩を入れていた。ただ私が一番乗りだったのか私以外のメンバーは見当たらない。こうもひとりぼっちでこんな魔界とも形容できる世界にひとりぼっちだと私であっても心細いと感じてしまう。
「ストームラビリンスの活性化は始まっている。でも本当に誰もいないの?」
目標時間内に越えられなかった場合、体はストームが運んでくる石片と鋭い結晶体でズタズタに引き裂かれ、瞬く間にミキサーにかけられた野菜のように肉片散らばってバラバラになる。考えただけでもゾッとする感じになってしまう。
「本当に、私だけ?」
焦る。今まで焦らなかったことがないわけじゃない、ただ何か見落としていること、何かおかしなことでも起こっておいるんじゃないかと勘探ってしまう。そんな時だった。
「─────」
私はこの世のものとは思えない奇妙な悪寒に取り憑かれた。すぐさま肉体が反射行動で刀を取り出して悪寒が向かってくる方向に切り掛かる勢いで振り向いた。
「みぃーつけた……!」
「─────」
振り返ったそのときには私とその人の姿をした化け物は目と鼻の先だった。細竜種を彷彿とさせる鱗のついた長い手は私の頭部を今にも鷲掴みにする勢いだった。人の姿をしている、人の姿をしているのにも関わらず私はそれを的だと認識した。
だが時すでに遅くその爪先が私の頬に触れる瞬間。不思議なことが起こった。
「………!?!」
爪と私の間に電流が迸ったのだ、大手は私の体から弾かれたように空中に上がり、予期せぬ出来事で相手もよほど動揺したのか大きく後退した。
(今のはッ?!)
「っくそ!なんだよソレ!?!インチキ!!」
相手はことをうまく運べなかったのか地団駄を踏みながら顔を怖くさせた。それは怒りと憎しみと負の感情で完全構成された恐ろしい表情だった。そして問題なのは表情だけではなかった、相手はヘドロのようなドス黒い長々髪で、その目はアメジストのように光り輝いている。体は痩せ細り今にも死にかけの骨人間のようで筋肉どころか皮と骨しか存在しないような見た目であった。それに見合わない長く鋭い爪と巨大な手が特徴的な、化け物の姿であった。
(人じゃない。)
そうすぐに断定すると、目の前の相手は私の敵だとスイッチが切り替わる。そもそもあのままあの手に掴まれていたらどんなことになっていたのかわからないのだ。そして相手から感じるのは明確な敵意と殺意、それと愉快感であった。
(こいつは、私を遊んでいる?)
冷静に分析しつつも腹が立ってくる。自分が格上だと全く疑わない姿勢がその不気味な行動一つ一つから読み取れる。正直気色悪い。
「は、あははは!面白いね、面白いや。初めてじゃないかな?君が、君が僕のおもちゃにならなかったの?」
「……何を言っているの?」
「おもちゃだよ!僕の手はさ、触れたらみーんなおもちゃになるんだ!暖かい液体をドロドロ出してそれを僕が飲んだ方ちょーーう最高なんだぁあへへへへ!」
「……狂ってる。」
「ふふ、ああはははへへへ!!」
奇怪な笑いをする少年のような人型には心底共感できなかった。それは紛れもなく恐怖、負の感情が凝縮された、御身を持っているからであろうと私は推測する。同時にこうもふざけた態度をとっているのに私の体は攻めの姿勢に入れずにいる。一度でも迂闊に前に出れば一瞬のうちにその手で串刺しにされる。そんな直感が過って仕方がないのだ。
「あははへへへ、でも………面白いのは一回でいいや。」
「っ!!!!!!」
次の瞬間少年はそこに元々いなかったかのように消えて、私の背後に回り込んでいた。プラノード抜刀術、その中で最速のライキリ四式を使ってなんとか鋭い爪からの攻撃のガードに成功する。
「はぁ!??なんで見えてるのぉぉぉぉ!!!!」
「っ!」
なんて力だろうか。とてもじゃないが見た目のスピードからは想像できないような恐ろしい力だった。相手は空中にいて力をかけているようには見えないのに、この刀を通して伝わる岩を持ち上げているような感覚はなんなんだ。
「ならならならならぁぁぁぁ!!!」
(連撃ッ!)
鋭い爪は私の刀と火花を散らし、その両腕の攻撃の先はとてもじゃないが見えたものではない。純粋な素早さで負けているのだ、だがそれでも自分の獣人の血が致命傷になる攻撃を少しでも見切ってくれる。体に刻まれた勘を頼りにひたすらにパリィを行い続ける。
(腕を無鉄砲に振り回しているようで、体に刻まれているのか、動きが鋭すぎる。)
まるで刃物の達人と戦っている気分だった。鋭い爪は針で穴を縫うように滑らかでそして一番弱い部分を確実に探ってきている。護摩化をきかせつつ、これらを捌くのは容易ではない。
「っはははははは!!!消えちゃえ!切れちゃえ!貫かれちゃえ!!」
(───プラノード抜刀術──ジョロウ!!)
一瞬の隙を狙って、納刀から抜刀まで僅か一瞬で行う。しかし私の一撃は鋭い爪先で刃先を受け止められてしまう。
「っ!!」
「だめだよぉ!危ないことしちゃあああ!!」
剣を持つ手を外さないことが逆手に取られ、その爪先の力だけで私は近くの岩へと投げ飛ばされる。人型から出せるレベルの力を大きく逸脱した行動になすすべなく岩に叩きつけられる。
「っ!」
これには流石に私も小さく声を上げる。
「うっふはははは、早いねぇ、鋭いねぇ、見たことないねぇ!でも、これでお・わ・り・だ……ねぇっ!!」
鋭い爪が私の目先に近づいてくる。瞬きの隙に爪先は私の眼球をすぐにでも傷つけられる距離となっていた、わたしはその瞬間に走馬灯のように記憶が駆け巡った。その爪先がわたしの目をつぶしそして頭の半分どころか体の半分が持っていかれるまで、刹那の時間。
(ぁ、ごめんなさい。)
すぐに思いついた言葉を心に刻んで次に訪れる虚無に耐える準備をした。
─────。
鎖のような音が聞こえた、そして目の前の光景に目をやる。少年の鋭い爪はわたしの肉眼を傷つける一歩手前で寸止められている。真っ暗な体には似つかわしくない無数の炎の鎖がその動きを静止していた。
「っガガガがガガガが、ががかかかかか!?!」
動きを封じられ、今直ぐにでも俊足を使いたいと鎖が鳴り続ける。しかしその直後炎の鎖は少年を吊り上げ、遥か向こう側の地面へと叩きつけた。そしてガシャガシャと炎の鎖を紐解こうと足掻く少年の前に、まるでモデルのような足取りで近づく人影が砂煙から姿を現した。
「あら、礼儀がなっていないお客様、いいえお迎えでございますね。
「………クリス!」
「ご無事ですかラナさん!」
「うん。」
「アガギャャャギガカカガガガガガ!!!」
炎の鎖は鋭い爪を止めることはできてもその少年の姿に似つかわしくない怪物の口の前には無力であった。少年は炎の鎖を粉々に噛み砕き口元に残った魔術によって編み出された鋼鉄を拭った。
「ダレダ、誰なんだ、どこなんだ?お前なんだ?なんだ!?誰だ!!誰なんだよぉ!」
「私の名前は、ナリタクリス。貴方のように殺戮とその他大勢を好むお方に正しいダンスレッスンを教えることです。」
「ダンス、タタダダダダダンススス?!うまいのか?うまいんだろう!お前うまそうだ、マソウウマソウうまそうなんだヨォ!」
「人間の血肉は食用に向きません。どうやらダンス以外にもテーブルマナーをご所望のようですね。私の依頼料は───その命を持って支払わさせていただきましょうか。」
「……イノチ、命命命!!命の血肉、命の味!命の全て、手、足、腕、頭、腰、背中!脊髄!脳髄!内臓!!全部全部、ジブンのもの!ジブンのぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
「おやおや、逆鱗に触れてしまいました。ということで連帯責任とかどうですラナさん?」
「え……!」
「私と一緒に彼の腐った性根とその他諸々を────。」
「ヒヤァアアアアアアアッ!!!!」
少年はクリスの言葉がよほど逆鱗に触れたのか、言葉を待たずすぐさまこちらへ飛びかかってくる。だがクリスが再び炎の鎖を出して四方八方からガンジラがらめにする。あと一歩というところで止める神技を披露する。
「ああああっははは!ははははへへへへひゃああああああ!!」
「私、話の途中で───何か言われる方には……」
瞬きの次、クリスは右拳をこれでもかと握りしめ怒りと技術、そして力が合わさった渾身の右ストレートをあの化け物の口を持つ少年に向けてはなった。魔力強化を何十層にも積み重ねた拳は鋼鉄を優に超え、金剛とも評される硬さへと進化を遂げる。
「────ぐぅをぉぉぉぉん!!!?!!?」
炎の鎖が断ち切られるほどの衝撃波と音速を超えた一撃は真っ赤に燃え盛り少年を頭から向こう側にある地面へと突き飛ばした。目の前では爆発が起こったような空気の破壊音が聞こえた。
少年はぐるぐると回りながら地面に激突し、直ぐそこの地面には目を見開くほどの大きなクレーターが出来上がっていた。地面は大きく裂け、周囲には岩石と化した地面の破片が転がっている。
「かなり嫌いなのですよ。」
「─────へ、あかかかか!!!ひゃああああららららら!!!!!!」
少年はクリスの本気の右ストレートを受けたのにも関わらずその歯には傷ひとつなくその肉体は大地の汚れが少しついているだけであった。恐るべき耐久力である、それも高笑いをしながら。
「……ラナさん、よろしくて?」
「──わかった。援護する、アタッカーはよろしく。」
「はい!!お任せくださいっ!!!」




