064話「進行」
ブレクトルコクーンの奇襲によって大隊の大勢の仲間が死んだ。この事実は私と同期の先輩に深い傷跡を残すと同時に大隊全体の士気を大きく低下させる要因になった。
部隊の点呼と誰が死んだかのリストチェック、そして装備の最終点検など事細かに行われ私たちは予定通り座標77Zへと到達した。
『………。』
大隊全体の雰囲気は鉛のように重かった。
その雰囲気からついさっきの悲鳴のことを思い出した。私の2個上のペリー先輩は出発前に涙を流しながらこう叫んでいた。
「ここに、ここにおいて行くんですか!仲間を!!」
彼女の背中をさすり同じく涙を流す同胞たち、決して口には出さなかったがペリー先輩と心は同じだった。原則として異界で死んだ仲間の埋葬をしてはならない、それは異界において同じ場所に居続けることは魔暴の標的になる可能性があるから、死んだ仲間のように次は自分が死んではいけない。そのため仲間の埋葬時間すら惜しいのである。
「当たり前です。顔を上げないさい!貴方は仲間の死を悼んで涙を流すことができる!それだけでまだ十分なのです!!」
誰もかける言葉が見当たらない中、クリスは声を上げ目を見開き怒りを込めながらそう語った。ペリー先輩は涙流しつつもクリスの言葉に泣く泣く頷き、死んだ同胞たちに全員布を被せた。
クリスは仲間が死んだところを見るのは初めてなのだろうか?それとも2回目だからああ言っているのだろうか、私にはわからない。
私も先輩たちの何人かが亡くなったのは悲しい、ただ私は涙が流せなかった。涙を流すべき時ではないと体がこわばってそういう人らしいことが何もできなかった。
これは戦士としては正しいのかも知れないが、人としては大間違いだと。私は感じていた。
「77Zに到着確認。確実に装備のサイドチェックを。」
道中は安定していた、ブレクトルコクーンを最初に追い返したおかげかこれといったアクシデントはなく目的の地点へとひとまず到着することができた。ただ、あれからしばらく立っても周りの空気はちっとも軽くはならない悲しみ満ち溢れている。
大隊に所属する人たちの意識は今、臨戦状態になっているいつ誰かが襲ってきてもおかしくないような一つの気も抜けない状態、獣人族の私はこの張り詰めた空気に慣れはしたがどうにも落ち着きはしなかった。
「プラノードさん、大丈夫ですか?」
「はい。」
声をかけてくれたのはグランドリア先輩だった。私のことを気遣っての言葉であるとすぐに察することができたが彼女の平常の裏に隠れた悲しみは私でも感じ取ることができた。
「ここまでの道のりは魔暴が手を出せないように特殊な結界で守られていましたから、少し快適でしたでしょう?」
「………先輩は、仲間が死ぬのは初めてですか?」
「────ごめんなさい、隠せていませんでしたか……。」
「いえ、」
グランドリア先輩の露骨に話を逸らそうとした態度と、なんとなくそうなのかも知れないという曖昧な予測が私にそう発言させたのだ。今思えばせっかく希望ある話を続けようとした先輩に私の質問はとても失礼だった。
「前の作戦でね。その時は小隊と一緒でした。ブレクトルコクーンは現れなかったけれど、65Zからここの77Zに辿り着くまでに、多くの仲間を魔暴に殺されてね。大隊の損傷率はたったの3%、それでも小隊にいた、苦楽を共にした仲間はもういないわ。」
小隊の平均死亡率は約50%、大隊ですら25%だ。生き残るためには相応の実力が必要でそしてその実力の差さえも乗り越えなければならない精神力が必要だ。そう考えれば今回は運がなかったともいえる、ブレクトルコクーンの奇襲は唐突でゲートを通り抜けた最も無防備な私たちを狙った攻撃だったのだから。
「……プラノードさんは強いわね。私なんて、初めて仲間を目の前で殺された時は大泣きして、ナリタクリスに叱られたのに。」
「私は、多分強いんじゃなくて───ごめんなさい、やっぱりわかりません。」
強いのではなく。なんなのか?それは私が知りたかった。なんで私は涙を流せない、なんで私は涙を流さない。覚悟をしでに決めていた?そんなことで人じゃないみたいな心得が身につくのだろうか、いいや。違う、もっと根本的に私は人じゃない部分がある。
なぜだかわからないけど、そう感じた。
「……わからない。ね、私もよ。私ももう仲間が死んだのに涙出なくなっちゃったわ。あんなに悲しかったのに、今じゃもうそれが普通だとか思っている。ここにいたら本当に心が悪くなってしまうわね。」
「はい。」
環境が人を変える。優秀な人ほどこれへの適用は早くなる。そしてこの適用が早い人ほど強く生き残る。であるのならば死んだ同胞たちは弱かったのだろうか?
(きっと、運が悪かった。)
一瞬足を踏み間違えそうになる心をグッと人に戻す。私はたまに恐ろしく達観している自分が怖い、だってそれは人ではない見方であるから、だってそれは人ではない意識であるから。
じゃあ、私は一体何者なのだろうか?
「………グランドリア先輩、先ほどはありがとうございました。」
「──なにを?」
「私の仲間を救ってくださって。」
きょとんとする先輩に向かって私はお礼を言う。先輩はブレクトルコクーンのあの紫炎の攻撃から仲間を氷の壁で守っていた、それはきっと讃えられるべきことだしそれはきっと誰かから称賛されるべき行動だ、こんなコミュニケーションしかできない私でもせめてお礼を言っておきたいと思った。
「─────、そうね。」
「先輩?」
「ふふ、ごめんなさい。感謝って本当に、心に効くわね。ありがとう、」
先輩は目元を拭くような動作をとって私に向き直って礼を言った。私は他にかける言葉も見つからずその場から離れる先輩の姿をただただ黙って見ているだけであった。
しばらくして座標99A攻略に向けてストームラビリンスへ偵察機が出された、空中偵察型は地上を闊歩する魔暴達との接触が少なく、比較的正確なデータを集められる。また座標77Zに簡易的な防御結界が張られたことによって安全性は著しく向上、観測隊は交代交代で戻ってきた偵察機の情報を読み取ってストームラビリンスが落ち着く頃合いを見計らっていた。
私も観測側に立ち、ストームラビリンスの状況を数値と保存されてあったライブラリを閲覧することで確認する。そこは魔暴達が空中に飛ばされながらも次なる獲物を探し闘争を繰り返す大地だった。地面を穿ち大地を削り続けるストームは目視でわかるほど悍ましく本来の風にあるはずの透明度は一切なく、正しくは岩と魔暴の血肉が合成した一種のゴーレムのような見た目であった。
そう錯覚せざるおえないほど、気味が悪い存在であった。
「これを、超える。」
隣で観測を行っていた先輩隊員から声が漏れる。そうだ、ここから先は誰も先輩やナリタテンマ、クリスですら体験したことのない世界、誰かが誰かを救うのではなく誰もが自分を救うことを強制される。
ここからが本当の任務だと、私は何度目かわからないであろう決意を心に決めた。




